今読んでいる本

「27歳の決意・92歳の情熱」は、

日野原重明先生(「生きかた上手」の著者)と

乙武洋匡さん(「五体不満足」の著者)が

対談をしている。


65 27歳の決意・92歳の情熱 対談・日野原重明×乙武洋匡/日野原 重明
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その中で、

こんな話を日野原重明先生がおっしゃっている。


(以下はその抜き書き。

 改行と行間だけ、読みやすく修正してます)


『私はよくこういうことを言うんですね。

 私たちは死ぬときに閻魔大王の前で

 秤に載せられる。


 反対の錘は自分のために使った時間ーーー

 これは会社でお金を得るために、

 マイホームを作るために、あるいは

 出世や名誉のために自分が使った時間です。


 反対の錘は、誰かのために使った時間。

 これをボランティアの時間とすれば、

 たいていの人は、秤が自分のために

 使った時間に傾きすぎて、垂直になってしまう。


 せめて30度ぐらいボランティアの方に傾けば、

 「君は極楽へ行けますよ」と閻魔大王に

 言われる。そんな話です。』


この話を読んだとき、

じゃあ主婦である自分は

なんとラッキーだろうと思った。

自分の時間なんて、ほとんどないようなものだから。


ところが、その続きで、乙武さんが

『家族のために使った時間も

自分の方に入るんですかね。』

と尋ねると、

日野原さんは『そうです。』

と答えていた。


・・・。がっくり。

やっぱり、そんなに甘い話じゃなかった。


他人のために奉仕する時間を

もっと増やすことが出来たら良いなあ。


とはいえ、これは人間界の

実質的な時間とも言えないような気がする。


たとえば、家族をないがしろにして、

ボランティアばかりしていればいい

という話でもないと思う。


目の前の助けを求めている人に

どれだけ愛情を込められたかという

質量の問題でもあるような気がする。


本の中では

閻魔大王の秤が30度の傾きとあったが、

せめて10度くらいになれるよう

精進したいなあと思っている。