登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
E(村長&小学校教諭) 栄一 エデン
では、どうぞ。↓
見えない鬼(2)
そこへEのコーヒーが届いたので、
Eは砂糖とミルクを丁寧に自分のカップに入れ、
ゆっくりとスプーンを回しました。
その仕草をじっと見ながら男性客は言いました。
「・・・私は、戦争中、若い兵の指導をしておりまして、
毎日のように『たるんでいる』と
彼らをたたいていました。
あなたは私よりも若く見えましたので、
その延長線上で、あなたをたたきました」
「・・・」
Eは頷いて、コーヒーに口をつけます。
「ですが、あなたに暴力をふるったとたん、
とても怖くなりました。
その後は、若い兵をたたけなくなりました」
Eはカップをおろします。
「・・・怖くなった。どうしてですか?」
「・・・わかりません。たたかれたあなたは、
なぜかその後ふっと笑って、私をじっと見ました。
その時に、猛烈な恐怖を感じました」
Eは首をかしげて当時を思い出すよう少し天井を見てから、
また男性に視線を戻しました。
「あなたに対して敵意を抱いた覚えはありません。
今もそうですし」
「そうなんですか?あの刹那、あなたは
何を考えていたんですか?教えてください」
「・・・昔を思い出していました」
「昔、ですか?」男性客は意外そうな顔です。
「ええ。若い頃、似たような経験がありましてね。
あなたから受けた痛みで、ふと『懐かしいな』と。
・・・それだけですよ」
Eは苦笑しながら、目の前の男性に叩かれた方の
頬をそっとなでました。
「では、私が感じた恐怖はどこから来たんですか?」
「わかりません。
あなたの内側から自然と出たのでしょう」
「・・・」
「・・・せっかくここまでいらしたのですから、
少し雑談でもしますか?」
「雑談?」
「なんでも結構ですよ。思いつくままで。
あなたの若い頃の話でもいいですし、
戦争中のことでもいいですし、近況でも、天気でも」
「なんか、雑談をする気分ではないです」
「なるほど。では、どんな気分ですか?」
「・・・・・・」
しばらく、その男性客は黙ったのちに、
小さかった頃の話を始めました。
ーー親がとても厳しくて、毎日ぶたれていたことを。
そのときの親の顔が、鬼のようだったことを。
けれども、それは、自分が悪い子だったからだ、
悪い子は叩かなければ直らないのだ、と。
それがずっと心の奥にルールとして残ったから、
若い兵をたたくことで、
自分は正義を貫いている気持ちだった。
けれど、百輪村に来て、Eをたたいたときに、
自分の中のルールが果たして正しいのかと
突然疑問が湧いた。
そして、そのルールに従っている自分は、
血の通わない鬼になっている、
そんな己の姿に気づいた瞬間だったのかもしれないーー
男性客は話しながら自分の心を見つめ、
過去を見つめ、
何かがほどけていくかのように、
涙をほろほろとこぼすのでした。
(続く)