おはようございます。

今日は、「無常を観ずるは・・。」
と言うお話です。


無常と言うのは、常が無い事。

いつ何時、何が起こるか分からない。
変わらぬものなど何一つない。
と言う事です。


その無常を観ずる。

”観ずる”とは、
余計な解釈を入れず、事実だけをありのままに観る事です。


ですから、無常を観ずるとは、
「ああ、私の身体も衰えてきたなぁぁ・。」
「ああ、新築の家も、劣化していくんだなぁぁ。」
「ああ、去年は流行っていたお店も、今は流行っていないなぁぁ。」
と観察すると言う事です。

そうやって無常を観察していくと、
心が強くなっていきます。



”人はいつか必ず死ななければならない。”
と言う事が
身体にかけて分かってくるのです。


この、
身体にかけて分かっていく。
と言う事が大切です。

”分かっていく”
と言うプロセスは、

・始めて聞く
・「嫌だ」と言う感情が湧く
・その感情が収まったらまた聞く。
・また、「嫌だ」と言う感情が湧く。
・その感情が収まったらまた聞く。
・ちょっと受け入れる。
・ショックを受ける。
・悲しいと言う感情が出てくる。
・時間が経ってやがて受け入れる。

と言った事を何度も繰り返す事で完了するものです。

つまり、本当に、”分かる”為には、
かなりの時間がかかると言う事です。

ですから、
常に無常を観じていく。

何度も何度も、無常を観察する。

そうすることで、
今まで分からなかった事が、分かるようになっていきます。

一度聞いて理解出来るようなことではありません。

何度も何度も、心に、身体に、
教え込んでいく。


そうやって教え込み、
無常と言うものがチョットずつ分かってくると、
あなたの人生が変わっていきますよ。


今日は、「無常を観ずるは」
と言うお話でした。

ありがとうございました。


 

 

(仏教講座・2017年10月28日のお話しより)