吉原の遊女・花扇の物語

春をひさぐ
 

 

 

愛する人に何を残しますか?

 

 

 

春をひさぐ②高嶺の花

 

「しかしまぁ・・

ほんに鳥肌が立つほどの

べっぴんさんですなぁ。

 

決めた!

女将!

あの花扇って花魁を

買う事にするわ。

よろしく頼む。」


侍がそう言ったのを聞いて

女将は苦笑いしながら言った。

 

「お侍さん・・。

あいにく花扇さんはこの後、

ずっとお馴染みさんとご一緒です。

それに、

こんなこと聞いちゃ失礼ですがね・・・・。

お侍さん、懐具合の方は?」

 

そう聞かれ、

侍は財布の中身を女将に見せた。
 

財布の中身を見た女将は

思わず吹き出した。

 

「お侍さん、これじゃあ、
花扇(かせん)さんとは

お食事もご一緒できませぬよ。

 

花魁(おいらん)と言うのは

この遊郭(ゆうかく)の中でも

とびきり金のかかる

女郎なんでございます。

 

花魁を抱きたきゃ

それなりの覚悟が必要ですよ。

 

いいですか?

はじめは引付と言う、

顔合わせの儀式があります。

 

その日はただ杯を交わすだけで

お膳に箸をつける事も

出来ませぬ。

 

その日から間を開けず

もう一度お会いし、

更にもう一、二度会って

ようやく馴染みのお客と認められ、

晴れて枕を交わす事が

出来るのでございます。

 

そこまでには

ご祝儀やらなんやら

何かと物入りで・・・。

ざっと五十両から百両はかかります。」

 

「ひ・・、百両!?」

 

百両と言うのは

現在の価値にして

およそ1000万円前後と言った

大金である。

 

侍は目を白黒させた。

 

「そうさね・・。

花扇さんくらいのお方には

それくらいかかります。

 

悪い事は言いません。

扇屋(おおぎや)さんの様な

大見世(おおみせ)ではなく

その辺りの小見世で

お遊びになられた方が

よろしいかと・・。」

 

「いやはや・・・。

世間知らずでお恥ずかしい。

しかしまぁ・・・。

百両とは たまげた。

まさに高嶺(たかね)の花

ですなぁ・・・。」

 

 

 

「花扇さんはねぇ・・・。

ここ吉原では

とびきりの上玉と

言われております。

 

ご覧あそばせ。

触れたらとけて無くなっちまいそうな

白雪の様ざんしょ?

 

あの儚さが旦那さま達を

虜にしちまうんですよ。」

 

「ああ・・・。

まったくだ。

今にも消えちまいそうですなぁ。」

 

「手に入らなそうなものほど

欲しくなるってぇのが

この世の道理。

 

花扇さんをめぐって

旦那さん達が争っておるんですよ。

お馴染みさん達は

花扇さんの”いいひと”になりたくて

そりゃもう散財するわ、するわ・・。」

 

「花魁とは、皆、そういうものかいな?」

 

「いえいえ。

他の花魁さん達はそこまでじゃない。

花扇さんは特別ですよ。

花扇さんは

無常を知っている風だからねぇ・・。」

 

「無常・・・?

諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり

ってぇ・・、あれかい?」

 

「そうですそうです。

昔から無常を悟った女はいい女

と決まっております。

 

あの、桜がはらりはらりと散っていく様な

全身から醸し出される雰囲気ってぇのが

男衆の心を狂わせるんですよ。

 

で、金のある男衆は

花扇さんが欲しくて、

狂ったように散財するんさね。」

 

「へぇ・・・・。」

 

そんな話をしている目の前を

花扇達の一行が

ゆっくりと通り過ぎてゆく。

 

侍はその”高嶺の花”を

ただただ眺めていた。

 

続く。