春をひさぐ①花魁道中
ここは江戸の町、
吉原遊郭(よしわらゆうかく)。
唯一の出入り口である
大門を潜り抜けると、
仲之町(なかのちょう)と呼ばれる大通りが
奥へ向かって伸びている。
その通りには
多くの引手茶屋(ひきてぢゃや)が
軒を連ねている。
裕福な客人は
この通りにある引手茶屋で酒食をとり、
その茶屋で遊女
【ゆうじょ・寝床で客の相手をする。】
を紹介してもらう。
花魁(おいらん)と
呼ばれる遊女が居るのは
大見世(おおみせ)、
いわゆる高級店だけで、
花魁と遊ぶには
こう言った引手茶屋を
通さなければならない。
花魁は別名、
”呼び出し”とも言われ、
引手茶屋から呼び出された花魁が
道を行き来する光景が
いわゆる
花魁道中(おいらんどうちゅう)である。
花魁は馴染みの客しか
相手にしないが
他の遊女たちは、格子の中で客を待つ。
この大通りから離れるにつれ、
遊女が格子の中で
客を待つ見世(みせ)が
増えてくる。
そんな吉原遊郭で
”連れ”と はぐれたらしい
一人の侍がウロウロとしていた。
「お侍さん。ここは初めてで?」
引手茶屋の女将が
侍に声を掛けた。
「ああ、そうさね。
参勤交代でお江戸にきたからにゃぁ
一度は遊んでみたいと思ってなぁ。
連れと意気込んでここへ来たわ いいが、
やれ人は多いわ、見世も女郎も多いわで
迷い疲れてしまったわ。
連れともはぐれちまったし、
ちっとばかし、休ませてもらえんかの?」
「ええ、どうぞ。
今、お茶をお持ちします。
そこに腰掛けてお待ちくださいな。」
女将はお茶を持って戻ってきた。
「そろそろ、
扇屋(おおぎや)の花扇(かせん)さんの
花魁道中が始まるそうですよ。」
「花扇さんとな・・・。
ベッピンさんかね?」
「ああ、そりゃもう・・。
この吉原で五本の指に入ると言われておる
花魁さんですよ。」
「へぇ・・。こりゃぁちょうどいい。
休憩がてら
道中を拝ませて頂くとするか。」
「それがよろしいですわ。
花扇さんの道中は一番
見物人が多いですよ。
今にも消えてしまいそうな・・・、
儚い白雪の様な・・・・、
そりゃぁもう美しい花魁さんです。」
大通りが騒がしくなってきた。
大通りの向こう。
赤い着物を身にまとい
髪を肩あたりで揃えた
幼い女の子が二人観えた。
「始まりましたよ。禿が見えますね。」
「禿(かむろ)・・?」
「ええ、あの赤い着物を着た
幼子たちの事ですわ。
あの子たちが将来、
花魁になるんですよ。」
「へえぇぇ・・。
こんな幼い頃から
花魁になる事が
決まってるって訳かい?」
「そうですよ。
花扇(かせん)さんも、禿あがりです。
花魁は、仕込みが肝心。
幼い頃から
お琴に三味線、茶の湯にお華、
恋文の書き方から四季折々の挨拶、
客人のお相手にと囲碁に将棋・・・。
なにかと仕込まれる訳です。」
「そりゃ大変なこった・・。」
「あっ、花扇さんが観えましたよ。」
禿の後ろに
花扇の姿が観える。
多くのかんざしで
飾り立てられた頭が揺れる。
花扇は八寸(およそ25cm)もある
三枚歯の駒下駄を履いている。
外八文字を踏んで
ゆらり、また、ゆらりと
優雅に練り歩く姿が、
花魁道中の最大の魅せ場だ。
「へぇぇ・・・。
女将の言う通り、ベッピンさんやなぁ。」
「花扇さんはねぇ・・。
四つの頃に、ここに来られたんですよ。
普通は七つか八つなんですけどね。
花扇さんは特別。なにか訳アリの様で・・。
楼主から特別扱いをされていました。
しかし
そうなると他の禿たちは面白くない。
七つ八つと言えど
そこはもう”女”ですからね。
何かと意地の悪い事を
言われてきたそうですわ。
『お前は早くに親に売られた不幸もの』
なんて言われたり、
『四つ禿』
なんて馬鹿にされたりね。」
「可哀想なこった。
相当、苦労を重ねてきたんだねぇ・・。
そんであんな、
悟ったような眼をされているんかいな。」
花扇は一行を従え、
凛(りん)とした顔つきで
まっすぐ前を見据え
ゆっくりと歩みを進めている。
その瞳は、
この苦界の全てを受け入れた
仏様か菩薩様の様であった。
続く。