昔から男友達はいる。

男と女の間に友情は存在すると思っているけど、
世間の目はなかなかきびしいようで(苦笑)

でも。さすが、還暦になるとその目の厳しさもゆるくなる。
それって、私にとってはとても嬉しいこと。

もっと、もっとフランクに付き合えそうだから。
で、連休は、もっとも若いBFと京都へ。
BFというときっとカレは怒るに違いない。
彼は、私をお母さんと思っているわけだから・・。


還暦ってけっこういいことが多い。

都合の悪い時には、
「私は、もう還暦で・・・年寄りだから・・」と言えるし、
TSUTAYAのビデオも安く借りられるし
JRの割引もあるし・・

なんかお得感の方が今のところ勝っている。

「Y君の死を悼んで、みんなで彼の想い出語りでもしようよ」というNの発案で昔の友人たちと会った。
バーに入ったとき、Nを除いて、一瞬誰かわからなかった。
そう、30年近く会っていなければ、たぶん道で出会ってもわからなかっただろうと思う。でも、不思議なことにしばらく話しているとそれぞれの顔に昔の表情が戻ってくる。
一応、名刺なんかを交換して・・・「へぇ~」とその肩書に驚いたりもした。でも、私は相変わらず、彼らを~~君呼ばわりである。最初~~君と言うと「ギョっとした顔をしたり、怪訝そうな顔をするけど、そのうちそれもまた、心地よさそう。
Yくんに関しては、これといった目新しい話はなにもなく、献杯をしたあとは、ほとんどが昔の想い出話と現在の状況話に花がさく。
全員が似たような分野、あるいは関連分野で仕事をしている人間なので、話題には困らない。

ほとんどの人は、長年会っていなくても、意気投合。でも、Y君の知り合いということで、Nが呼びかけた人のなかには、毛色の違う人もいたりする。
彼女がなにか話す度に、どこか空気が冷める。そんな人もいた。

人は、年齢をともに変わるし、さりげなくオトナの気遣いができるようになる。
でも、学ぶことなく、年を重ねる人もいるのかもしれないと・・できれば、そうなりたくないと思った夜だった。


何年かぶりにNから電話がかかってきた。
「どちらさまですか?」と問う私に
「声忘れたの?」と嘆くN
当たり前でしょ? 何年ぶりかなんだもん、忘れるよ。
「で、どうしたの?」という私の問いに
「Y君が死んじゃたんだ」と声を詰まらせる。
死に対して、どこか冷淡な私だが、その後の彼の話には、少しショックだった。
十代の終わり頃からの友人であるNを通じて、Y君と出会ったのは、私たちが東京へ越してきてまもなくのことだった。
Nの周りにいるどこか風変わりな友人たちの一人であるY君を含めて、私たちはよく遊んだ。
私にとって、Y君は気取り屋な部分があり、偏屈な雰囲気であまり好きではなかった。とくにいつも首に結んでいたハンカチ?かネッカチーフがやけに私の神経に触った。

Y君に最期に会ったのは、彼の母親のお葬式に行った時だった。
15年ほど前のことだと思うが時期はすっかり忘れてしまった。
ただ、暑い日で、団地の集会所で心ばかりの葬儀の席に座っていた彼は、
年齢よりもずっと老いて見えた。それは、彼が母親の介護のために仕事さえも失い、母に寄り添わざるを得なかった年月の辛さを物語っているようだった。
葬儀の帰り道、Nが
「Y君やっと解放されたんだね。お母さんが死んで悲しいけど、それよりほっとしたと言ってたから」
とつぶやいた。
その後、Y君は自らの人生を取り戻すために新たな仕事も見つけて、働いているのだとばかり思っていた。
でも、人生のもっとも充実すべき時期に、社会の一線から退いた彼にとって、再出発はかなり厳しいものだったようた。彼は職を転々とした後、生活保護を受けていたという。
そして、ある日。病気で入院した彼は、入院費さえ払えなくて、Nがそのお金を払ったらしい。それ以前から、私たち友人たちと距離を置いていた彼は、その時を境にNとも疎遠になった。
いくらの金額だったかは聞かなかったけど、裕福なNにとっては大した額ではなく、返してもらうつもりもなかったらしい。それだからこそ、Y君にとっては、辛かったんだろう・・とも思う。些少な金にさえ困り、友人を頼らざるを得ず、それを返すあてさえないのは、プライドの高い彼にとって屈辱以上のものだったに違いない。
彼は、昨年の11月にひとりでアパートで死んだ。死因は、わからない。
Nは、誰も彼に寄り添ってあげなかったことを嘆いた。
あの頃一緒に笑い、討論し、遊んだ風変わりな友人たちは、それぞれ社会の中でそれなりの地位を築き、家庭を持った。
Nが
{Y君は、生活力がなかったからなあ」と話したとき、
私は、ふと出自がその後の暮らしに影を落とすのか・・と思った。風変わりな仲間たちは、質素な暮らしを楽しんでいたが、各々の実家はそれなりに裕福だった。もし、Y君が彼らと同じように裕福な実家なら、介護に押し潰されることなく、ひとりで死ぬこともなかったのかもしれない。
Y君の一生が幸せだったかどうか、他人の私には、わからない。

今、私の手元には彼の描いた一枚のデッサンが残っている。
そのデッサンを携えて、あの頃風変わりだった友人たちと語る会に出かけることにした。
あの頃の私たちには、とても考えられない銀座のホテルのバーでその会があると知ったら、Y君はなんと思うだろうと考えながら。


還暦になって嬉しいことのひとつに映画がいつでも1000円で見れることがある。
これは大きい。
で、帰国後さっそく気になっていた映画を見に渋谷へ。
SHAME : セックス依存症の兄と恋愛依存症の妹のお話。 子供時代の経験が彼らの依存症と関わりがあるようだが、その経験はこちらの想像に託される。友人のひとりがやはり似たようなケースなので、見に行った。だからといって、参考になるわけではないが・・。

あしたのパスタはアルデンテ
:へんてこなタイトルだけど、ほのぼのとしたとてもいいイタリア映画だった。

今年になったから見た映画もついでに記録
ミケランジェロの暗号
トスカーナの贋作
親愛なるきみへ

ほかにも見た記憶があるんだけど、タイトルが思い出せない。