新しい「エネルギー基本計画」策定に向けて、原子力発電を使わないように要求します。第1の理由。事故のあとのリスクを補うことができないこと。
東京電力の原子力発電所事故で示されたように、原子力発電は事故を起こした際のリスクが計り知れず、その賠償には日本の国家予算規模を持ってしても補いえないほどの巨額を要します。今回起きている事故では、様々な条件が偶然に悪化を防いだためにこの程度の被害に留まっていますが、現在の規制基準を全て満たした原子力発電所を実現できたとしても、一旦制御を失った原子炉がどの程度の規模の出来事を引き起こすのか、現在の人類は予測もリカバーもできません。もし一旦事故が起きてしまえば、今回と同じように手段を選ばずに冷却するしかなく、事故後の収束作業、廃炉作業に関しては技術の方向さえも確立しているとは言えません。事故後、収束前に放射性物質が拡散することを防ぐ方法も未だ発見されていないので、チェルノブイリ原発事故を上回る規模で汚染物質が拡散しないと断言することはできません。汚染が拡大した場合、旧ソ連のように国家が崩壊でもしない限り、諸外国からの賠償補償の要求が来ることは避けられません。要するに、原子力発電所は、国益を著しく損なうおそれがある発電方法である、というリスクを補うことができないのです。
第2の理由。原子力発電は、高価であること。
原子力は、周知の通り、新しい技術です。それを発電に利用する方法は、イギリスや旧ソ連が使っていた黒鉛炉を除けば、米国由来の2社による沸騰水型と加圧水型の2系統しか商業化できた技術は資本主義下では存在しません。他の国の、他の企業も様々に開発を進めたようですが、成功していません。その米国の2社でさえも、商業的には行き詰まり、日本の企業に原子力発電技術部門を売却しました。21世紀に入るころまでは、原子力発電技術は行き詰まり、採算が取れないものになっていたのです。地球温暖化が話題になると同時に、再び原子力発電に注目が集まって来ましたが、その時点での日本の原子力発電は、コストカットを図り、定期点検の周期を伸ばし、定期点検の項目を減らして点検期間を短縮するという、安全性を軽視した経費優先の状況でなんとか維持できている状況でした。そのような安全性軽視の姿勢をとらなければ、運転継続さえも困難な高価な発電方法なのです。まして、原発事故発生を経験した現在、事故発生前のような安全性軽視の姿勢を続けることは許されないのですから、事故発生前と比較してさらに高価な発電方法になっています。
さらに、廃炉の技術が確立していない現在、廃炉費用を算出することは不可能なので、他の発電方法との比較ができない、高価な発電方法です。加えて、使用済み燃料の保管に10万年以上の時間がかかることを考えれば、経費の上限がどこまで行くのか、想定することさえも困難です。後の世代に負債のツケを回すという意味では、原子力発電を選ぶことは、不道徳とも言える選択です。
以上、2つの理由を述べましたが、その他にも技術的な課題、電力消費地から遠いところに発電所を置かねばならないエネルギー上の損失の問題、作業員や周辺住民への健康影響の懸念など、原子力発電を選択すべきでない理由は様々にあげることができ、そのいずれについても現在の科学も日本政府も、有効な回答を提出できていません。
原子力発電を除外したエネルギー計画を立案することを、強く要求します。