この間、
といっても、あれは真夏だったのでもう随分前になるのですが、病院の待ち時間にすっかり読み耽ってしまった。
とても読み応えがあって、太宰ファンはもちろん、一度だけでも太宰作品を読んだことがある人もまだ読んだこともない人も楽しめるような内容になっています。
私は思春期にわりと傾倒していたので懐かしい思いで手に取った。
私が太宰治の作品に初めて触れたのは、いつだったろうか。気づけば身近にあったもので、強い意識を持って手に取った記憶はない。
それでもなんとなく記憶に残っている、自分の中で特別な作品がある。
中学三年生の時、現国の授業で太宰治の短編で感想文を書く課題が出された。
はて、何で書こうか。
夏休みの読書感想文以外で、自ら作品を選んぶような課題はなかったので自然と私の心は踊った。
当時の私は何でも母に話すような子供だったので、その課題のこともすぐ伝え、何で書くか迷っているという話をした。
すると母は「じゃあ”女生徒”が良いね」と言って、すぐ新品の文庫本を私に与えてくれた。
それが、初めて私が所有した太宰治の本。
今でも初めてその装丁を見た瞬間が頭に残っている。なぜだろうか。太宰治の本を手にした静かな興奮があった。
そんな中読んだ”女生徒”に、15歳の私は共鳴し運命すら感じた。
そこの紡がれる言葉はすべて自分の言葉のようで、そこに秘められた思いはすべて私の胸の奥にあった。
それだけで、世界が180度変わってしまうような感覚がして世界が色づいていくようにも思えた。
こんなことを書くのは恥ずかしいけれど、当時の私のリアルだったのです。
"これは自分の物語なのではないか"
太宰を好きになった誰しもに訪れる錯覚。
東京人に文章を寄せていたのはその錯覚を知っている人たちでした。
そういう錯覚というか思い込みってとても貴重だけど、若気の至りでもあり、少し恥ずかしい部分でもあるから今となってはそんなことを話す機会もなくて。
当時は当時で、この気持ちを独占したいから絶対誰にも言うことはなかった。
唯一、その思いを打ち明けたのが例の課題の感想文だった。それを先生がえらく褒めてくださって、素直に嬉しかったな。
中高6年間、私は同じ先生に国語の授業をしてもらった。これってつくづく贅沢だよなあと思う。
その先生はめちゃくちゃ適当で、雨の日になると必ず学校をお休みするし授業もゆるゆるだったけれど、とても大切なことを教えていただいた恩師です。
たくさんではなくて、大切なことをすこし教えてくれた人。そのすこしが、本当に大切なことだったと今では思う。
もうその先生はご存命ではないことをふと思い出してはどうしても寂しくなる。
東京人を読みながら学生時代に思いを馳せ、やっぱりその先生の顔が浮かんだ。
授業の内容なんてもうほとんど覚えていないし、一度も担任を持ってもらわなかったから交わした言葉も決して多くないけれど
それでも、きっとずっと忘れない存在です。
そういう存在がいることが嬉しい。
