今日 50歳の誕生日を迎えた
たまたま 昨日は 月に一度のヒーリングを受ける日で
あと 5時間後ぐらいに 超難産で生まれた話をしたら
ヒーラーが
「じゃあ その時の自分を感じてみましょう」と提案してくれ
50年前の出産時の自分を 今の自分が感じてみる
というのを やった
母や祖母から聞いた その時の様子をイメージするでもなく
最初に「50年前の出産時の自分を感じてみる」と意図した後は
イメージもすべて手放し 考えることは止めて
ハートに手を置いて ここで何が起きるかを感じる
感じるというか 観察し続ける
ただ それだけ
ひとりだったら 手応えを感じないので
すぐに辞めてしまいそうになるけど
ヒーラーが目の前で一緒に感じてくれているので
感じることから逃げる事だけは 免れて
しばし 50年前の自分を感じる事ができるのかもわからないまま
ハートを感じ続ける
田舎の公立病院の古くて冷たい建物の中で
真夜中に 難産でなかなか出て来ないので
お医者さんは こめかみに鉗子(かんし)をひっかけて引っ張り出す
鉗子分娩をしようとしたらしいが
祖母が 間違って目にひっかかったら失明するから絶対に止めて!と言い張り
最後は お医者さんが母のおなかの上に馬乗りになり
押し出した!ということだったらしいが
そんな記憶は もちろんない
が ふと 『重苦しい』感した
冷たくて 暗くて 重苦しい
それから 50年たつけど
私の人生を振り返ってみても なんだか重苦しい感じで
けっして 軽い伸びやかな感じはなく
一瞬だったけど
生れてから 重苦しいことが多かったなあと
なんだか 涙が出そうになった
で これが 私の人生なのか?
これからも ずっと重苦しく過ごすのか?
それは 自分らしいのか?と 振り返ったら
どうも 自分らしいとは 言えない
全然 私らしくない!と 思えた
なんだか その時の本当の自分のイメージは黄色だった
自分の感情を出せない
ありのままの自分を出せない
それが これからの課題なのかもしれない
テーブルワークの後
いつになく 頭痛がして しばらくぼーっとしていたら
夫と一緒に秘境に行く夢を見たことを思い出した
その夢は 2年越しの連続もので
最初に見たのは 2009年の12月31日
夫と秘境に行くと行って
生まれ故郷の小さなバス停に2人で立ってる所から始まる
トラックやフェリーを乗り継いで秘境に向かうのだが
どうやら 秘境は関西らしいということで目が覚めた
その頃 紫微斗数の勉強に
神戸の西宮に行こうかどうしようか迷っている時だったので
この夢が関西に行くGOサインだと思ったりした
そして 先月の23日 今度は夫と秘境に居る夢を見た
それは 関西ではなく どこか未開の地で
原住民の住む場所に 何日間か滞在して帰る日の朝
「ここにテレビカメラを持ち込んで 無事だったのは貴方だけだ!」
と 過去の過激な映像をたくさん見せられ
怖くなって 一刻も早くここを出よう!と
呑気な夫をせかせ
怖いので トイレについて来てと頼み
ニコニコしながら「いいよ」と 言われてる所で夢は終わったのだった
昨日 ヒーリングのでは
自分のハートはすぐに防衛が働いて
なかなか感じ続けることは難しいと 言われ
それは これまでも 何度挑戦しても
ひとりになると ハートを感じることさえ忘れてる自分がいて
また同じ事を言われていると 苦笑いをした時
秘境って どこか遠くにある訳ではなく
自分の中にあるんだなあと思った
まずは 生まれた瞬間の重苦しさを自分のものとして感じてみる
「重苦しくてもいいんだよ」と その感覚や感情をゆるし
重苦しさをひとりで抱え込んでいる生まれる瞬間の自分に
寄り添ってみる
あ~私は こんな経験をしていたんだ
まずは これが秘境の入口だろう
重苦しい感情のその奥に 自分の殻を破って踏み込んでいく
そんなスタートにしたいと思う 50歳の誕生日