7月28日の地震から10日が過ぎました

我が家は特に被害はなかったものの

占いのお客さんの中には 

八代の方もいらっしゃって

猛暑で断水の中 片付けをされている

 

地震直後は ガソリンスタンドは長蛇の列だったが

地震の前に ガソリンは満タンにしていたので

それは大丈夫だった

車には週末に乗るぐらいなので

最近は1000円分しか入れてなかった

 

それが 遠出の予定もないのに

なぜか満タンにしたのは 虫の知らせかな

 

8月4日は 済生会で健康診断だった

毎年6月だったのを 東京に行っていたので

延期してもらうことになり

7月末でもいいけど 8月にしてもらったのだった

 

済生会の検診センターは 地震後3日間は

建物と機械の点検でお休みだったらしく

私の予約の前日から再開したということだった

 

もし 7月末で 

検診中に地震だったらと考えるとゾッとする

ところどころ ひびが入っていますという貼り紙もあったけど

どこにひびが入っているかは わからなかった

 

会社は 地震後の調査業務がたくさん入ってきていて

現場に出る人たちは お盆休み返上で仕事になった

だけど 私は通常業務のままなので

8日から16日まで休みになった

 

9連休で いくつか予定もあったが

地震の影響ですべてキャンセルになった

 

車の点検と歯医者と整体の予約はそのままだけど

何かまとまったことをしたいなあと思っているところ

まだ これといって決まってはいない

 

8月3日は 熊本市は最高気温40.3度を記録した

人生で38度までしか経験したことがなかったので

40度をわざわざ外に出て 体験してみた

体温より3度以上も高い気温は初めてだった

 

ほんの少し 日陰に出てみただけで

熱風が顔にあたってすごかった

空気の存在なんて あまり実感したことはないけど

熱い空気のせいで 周りに何かあるのがわかった感じだった

 

長く居ると息苦しくなりそうだったので

すぐに室内に戻ったけど

ずっと外にいるのは無理だった

上からの熱気と 地面からの照り返しと

さすがに40度はすごかった

 

週間予報では 翌日は41度の予想だったけど

台風の影響か そこまで暑くなることはなかった

33度を 涼しいと思った自分はバグっているなあと

少し笑えた

 

8月7日は 立秋で暦の上では

この日が暑さのピークで

だんだんと秋めいてくると言われている

 

だけど そうとは 全く思えない

これから どんな暑さになるのだろうか

 

 

7月5日(日)はお寺でお写経のお焚き上げの日だった

あいにくの雨で 外でお焚き上げはできなかったが

御堂でご祈祷をしていただき

その後 ライアー演奏とお茶席だった

 

終ってから スタッフで残っていたら

ひとりの人が蝶々のブローチをしてる人を見て

「それは ミナペルホネンですか?」とたずねられた

 

ブローチをしていた人は アトリエの先生で

「これは 違うけど ミナペルホネンは大好きで

福岡の美術館に 洋裁をする母と

一緒にミナペルホネン展に行ったことがある」

と お母様と一緒に写った画像を見せてくれた

 

その時 私は ミナペルホネンを知らなかったが

「ミナペルホネンのお洋服は コートで数十万円するけど

母から娘と親子の代で着られる」と話されていたので

洋服の生地や仕立てた服なのかなあ?と思っていた

 

その日の夕方 いつも行くタルト屋さんに行ったら

大阪出張から帰って来られたばかりで

大坂で出張タルト販売のお世話をされた女性からと

私にお土産をいただいた

 

タルト販売をしたマルシェの他のお店で買われたものだろう

布の缶バッチが2個入っていた

 

 

それを見た瞬間 昼間に聞いた ミナペルホネンを思い出した

そのシンクロが不思議に思えたので

お昼話した人に この画像を送ってみた

 

その時 ミナペルホネンという名称を覚えてなかったので

スマホでそれらしい文字を入力して検索したら なんと! 

7月4日から熊本市現代美術館で

ミナペルホネンの展覧会が始まったばかりだった

 

なんというシンクロ!

 

ちょうど お写経仲間と 7月12日(日)に

塩沼亮潤大阿闍梨の講演会に行くことになっているので

講演会の前に ミナペルホネンの展覧会に行きませんか?と提案したら

皆さん快諾してくれた

 

最初の予定では 講演会は13時からなので

美術館は 10時の開館時間から見て

みんなで一緒にランチをして 

講演会のある熊本城ホールに移動となっていた

 

ところが ミナペルホネンの展覧会は素晴らしすぎた

5人で見に行ったのだが みんな熱心な人たちで

ひとつひとつをじっくり見すぎて

あっという間に11時を過ぎ 

移動しないといけない時刻になってしまった

 

屋外は暑かったので 電車で移動すると12時になっていた

先に会場に着いた 別の仲間が

講演会は自由席なので  

たくさんの人が並んでいると伝えてきてくれた

 

ゆっくりランチをしている場合ではなくなった

あわててハンバーガーを食べ

会場に入ると 先に着いた仲間と合流することができた

 

 

そんなわけで 

蝶々のブローチから 布の缶バッチへとつながり

ミナペルホネンの展覧会に行ったのでした

 

あの日 缶バッチをもらっていなかったら

きっとミナペルホネンの展覧会には行ってないし

その時かぎりのお話で終っていたでしょう

とっても 不思議なご縁でした

 

「つぐ」というタイトルの

ミナペルホネン創設30周年の活動をひもとく展覧会は

7月4日から9月6日までの開催なので

時間があったら もう一度見ようと思っています

 

蝶々の意味もわかりましたが

蝶々のブローチを見て ミナペルホネンと言った人も

すごいなあと思います

 

 

 

 

 

 

東京に産後のお手伝いに行った時

1年生の孫と一緒に出かけることがよくありました

 

猫の鳴きまねが上手で

本物の子猫が鳴いているような声を出すのです

言葉で「ニャー」というのではなく

言葉ではない(?)音を口から出すのです

 

耳で聞こえた通りの音を出しているようで

すれ違った老夫人2人が

不思議そうに振り返ったほどでした

 

その音真似で 横断歩道の「カッコー」も真似していました

しかも「カッコー・カカコー」と

2種類の違った音をいうのです

 

私は ずっと「カッコー:カッコー」と

1種類と思っていたので

「カッコー・カカコー」と必ず言うので

実際の音をよく聞いてみると 確かに

「カッコー」と「カカコー」と聞こえます

 

この音の違いに 孫の声真似から不思議に思って検索してみると

歩行者信号のカッコーは 『視覚障害者用付加装置』の誘導音で

「カッコー」と「カカッコー」の2種類の音が

進行方向の前と後ろで違うらしく

交差する横断歩道は 別の「ピヨ」と「ピヨピヨ」の

2種類の音が出るようになっている

 

「カッコー」は 東西方向の西側 「カカッコー」は東西方向の東側

「ピヨ」は 南北方向の北側 「ピヨピヨ」は南北方向の南側

のように ひとつの交差点で 4つの音の違いがある

 

と説明してあるのを見つけたので

家の近くの交差点で その違いを確かめてみると

たしかに 前後で出ている音が違っている

だけど 意識して聞かないと気づけない

 

さらに 早朝や夜は 音は出ていなかった

そんなことを 孫が歩行者信号を渡るたびに

音のない所でも 声真似をしていたので

知るきっかけになりました

 

子どもの感性の豊かさなのか

楽しい孫との場面のひとつになりました

 

ただし この歩行者信号の音は

地域によって違うようです

6月15日から7月2日まで 東京に住む

娘の産後のお手伝いに行きました

 

娘の旦那さんが仕事がお休みの日は

私は自分の用事でお出かけすることができました

 

御朱印帳を持って行っていたので

東京で御朱印をもらえたらいいなあと思っていました

 

6月22日は 東京大神宮と靖国神社に行きました

どちらも 参拝客の多い神社でしたが

まったく雰囲気の違う 参拝客も全く違う神社でした

 

最初に 数人に靖国神社の画像を送ると

弟から「遊就館は一見の価値あり」と返信が来たので

お参りして御朱印をいただいた後に

遊就館に行きました

 

時間がたっぷりあったので 

ゆっくりと見ることができました

展示物を隅々まで読んだわけではありませんが 

それでも 長い時間見ていました

 

1階には 喫茶コーナーがあり

海軍カレーをお昼にいただきました

 

 

6月24日は おばのお墓参りに所沢に行きました

いとこ2人と航空公園駅で待ち合わせをして

バスでお墓に行きました

 

おばは 昨年の10月に亡くなり

本当は お葬式に行かなくてはいけなかったのですが

たまたま二女が 推しのライブに行くために

東京行きの飛行機を予約していました

ところが ライブには外れ

そのライブの日が 葬儀になったので

二女に葬儀に行ってもらっていました

 

おばには とてもお世話になっていたので

いとこに連絡をしてみました

すると その日がおばの誕生日で

とても驚いていました

 

次の日はふたりとも空いていたので

お墓参りに連れて行ってもらうことになりました

いとこの姉も一緒に行くことになり

航空公園駅で待ち合わせて

3人でバスに乗ってお墓参りに行きました

 

隣も 親戚のお墓なので

両家のお墓の草取りをした後

お参りをしました

その後 駅前でお昼を食べながら

おばのことや 亡くなった後の片付けの話など

つもる話を延々としました

 

6月29日は 私より20歳年上の80代の女性とランチをしました

その方は 東京の方ですが ご主人が熊本の方で

52歳から25年間 熊本にお住まいで

その間に とてもよくしていただきました

 

東京に行くことを伝えると 会いたいと言ってくださったので

成城学園前で待ち合わせとなりました

イタリアンレストランでランチを食べ

場所をかえて 風月堂の2階でケーキをいただきながら

この日も 延々と話していました

 

お別れした後は 成城石井の1号店に行ったり

娘の働くパン屋さんの成城店に行ったり

本屋さんで本を買ったりしました

 

 

そして 6月30日は 大祓いの日で

世田谷の神社巡りをしました

世田谷線に乗って 宮の坂で降り

世田谷八幡に行き 最初の茅の輪くぐりをしました

 

そして 豪徳寺に行きました

招き猫がたくさんあるお寺ですが

ここは 外国人ばかりでした

 

次は 歩いて 国士舘大学の前を通り

松陰神社に行きました

ここで 2回目の茅の輪くぐり

吉田松陰のお墓参りもしました

小さな茅の輪も買ったので

これは熊本に帰って 玄関につけました

 

そして 次は 太子堂八幡です

どこも 歩いて15分ぐらいの道のりだったので

周りの景色を楽しみながら 次を目指しました

 

太子堂八幡でも 茅の輪くぐりしました

1日のうちに 3箇所で茅の輪くぐりをしたのは

はじめてのことでした

 

この日は 9キロ 13000歩も歩いていました

梅雨の最中の曇り空の日で

暑くもなかったので こんなに歩けたと思います

 

世田谷線は だいぶ乗った東京滞在でした

御朱印は 6箇所でいただくことができました

 

6月15日から18日間

東京の娘の家に 産後のお手伝いに行きました

 

行ったものの 最初は何をしていいかわかりません

娘も退院したばっかりで

ゆっくり休みたいのもわかるので

基本 その時に思いついたことをすることにしました

 

行った時は 梅雨の季節だったので

週間天気予報は雨が続いていました

赤ちゃんが増えたので 洗濯物も増えるはずです

 

洗濯物は 基本 部屋干しです

窓の外に 物干しざおもあるのですが

窓に 椅子を持って行かないと届かないので

ほとんど使っていないようでした

 

雨が続くと 干すところがなくなりそうなので

少しの晴れ間でも できるだけ 外に干すようにしました

 

でも 結果的には 梅雨なのに それほど雨は降らず

私が滞在している間に 雨が降った日は 数日で

洗濯物が乾かないということは ほとんどありませんでした

 

次に気になったのは 片付けでした

狭い家に いろんな物がごちゃごちゃとしていました

娘は もともと 片付けが苦手で

お腹が大きかったので なおさら片付けられなかったでしょう

一応所定の位置はあるものの

雑然と物が押し込められていました

 

私は 特にきれい好きではありませんが

1年前から会社が建て替えのために 

狭い仮事務所に引っ越したり

新社屋への引っ越しもしたので

限られたスペースに 使いやすく片付けたり

時間をかければ さらにきれいに

収納することができるようになっていました

 

そんな私なので 娘の家の片付けをしたくなりました

余計なお世話とは 思われたくないので

してもわからない所から始めました

 

テレビの棚の裏のホコリ取りや

サッシの隅の汚れなどはすぐにしましたが

私が勝手にできない所は 娘に聞いて片付けました

 

小1の孫のおもちゃは 一番 雑然としていました

私がお誕生日やクリスマスに 

リカちゃん人形や シルバニアファミリーの家や

小物をたくさん送っていましたが

私だけではなく いろんな人が送ってくれていました

この狭い家に こんなにたくさんどうするの!レベルで

遊ぶけど 片付けられなくてホコリをかぶっていました

 

それをきれいに拭いて 空き箱やジップロックに入れて片付けると

シルバニアの2階建ての家に 空き箱がシンデレラフィットして

遊びたい時は このまま移動して出して遊べるようになりました

ぱちぱちぱち

 

ホコリ被ったおもちゃでは 遊びたくなかった孫も

何度も出してきて 遊んでいました

片付けもしやすくなったので ママも大喜びです

(多少自画自賛)

 

おもちゃは 他にもあり

私が送ったちょっと高価な大きなぬいぐるみも  

もったいないと袋に入れて収納スペースに押し込まれていましたが

出してみると 黒カビが生えてるところがあり

全部処分することになりました

 

反省点は 物が居住スペースを圧迫するので

余計な物は送らない かさばるものは送らない

本人たちが本当に欲しいものを

聞いてから送るのがいいようです

 

おもちゃを片付けた翌日も 娘に

「他に片付けて欲しい所があったら 片付けるよ」と伝えると

タンスがわりに使っている 引き出し式の収納ケースの

奥を片付けたいと 遠慮がちに言ってきました

 

私は 水を得た魚のように

全部を一度出して ひとつひとつを

娘に要るか要らないかを聞いて分別しました

 

娘は 旦那さんにLINEで 「片付けの神降臨」と画像を送り

これまで手付かずだった 昔の資格試験のテキストや雑誌など 

要るか要らないかを聞いて 処分するものは紐で括りました

 

処分する本の束を 旦那さんはもう一度確認していたそうなので

やりすぎ!と言われることはありませんでした(と思います)

片付けた後に 部屋全体も掃除機をかけてると

なんだか 部屋全体の空気も澄んできたような気がしました

 

片付けは 毎日 気づいた所を少しずつしました

小1の孫の学習机はありませんが 専用の棚はきれいになり

自分でも片付けやすく 取り出しやすくなったようです

 

一番最後に 娘が言ってきたのは アイロンビーズでした

小分けケースに色ごとに入れるようになっていますが

分けてないアイロンビーズもたくさんありました

 

これを色ごとに分けていると

だんだんと楽しくなってきました

私は こんな作業がたぶん好きです

最後は 色がグラデーションになるように並べ替えて 

いくつものケースを見て うっとりしました

 

さらに アイロンビーズで何かを作りたくなりました

孫に教えてもらって スマホで図案を出して

キティちゃんを作りました

 

最初は 複雑な図案を選びましたが

大きいとかわいくないとわかり 何度かやり直して 

単純なキティちゃんの図案にしました

 

完成したら 孫も同じ物を持っていたので

交換して家に持って帰ることにしました

子ども達が小さい頃も アイロンビーズをしたと言いますが

私はその時の記憶がなく 初めての作品となりました

 

片付けは どんどん進み

娘も感化されて 薬など大量に捨てて整理していました

スペースの狭い空間で 心地よく暮らすためには

不要な物はほんとうに邪魔だなと思いました

 

月曜日と木曜日のゴミ出しの日は 

朝から大量のごみを捨てました

 

東京のゴミは 

ゴミ袋は有料ではなく 

透明か半透明の袋で出していました

 

ゴミを出すのも ゴミステーションはなく

家の前に出すので びっくりしました

ゴミ収集の人は 1件1件の家の前のゴミを

収集車に入れながら 走って回収していくようです

 

広い空きスペースがないし道路も狭いので 

ゴミステーションのスペースも確保できないのかもしれませんし

誰が捨てたのかわからないと 

マナーが悪くなるかもしれないなあと思ったり

ゴミ捨ても 場所が変わると 大きく変わるんだなあと思いました