今回の記事は、松本かりんさんとは一切(少しだけ関連づけるかもw)関係ない、単なる独り言の記事になります。


、、、 


突然ですが


ワシがガチなアイドルヲタクになったのは


モー娘。がきっかけです笑笑


それより前、、80年代におニャン子が流行った時は、メンバーはワシと丁度同世代ではあったし、確かに部活の練習サボって(おいw)コンサートやイベントに行ったりはしたけど、当時は野球をやって甲子園に出る!事が人生最大の目標だったので、そこまで彼女らにガチる時間も余裕もありませんでした。


1997年、秋。


ワシが社会人になり、最初に就職した職場を社長とケンカして辞め、再就職のアテもなく毎日フラフラとパチプロで生計を立てていた(ホントに立てられていたのか?w)そんな日、パチ屋の中にかかってる有線放送?で

女の子達が歌う、とある曲が流れてきました。


アイドルか?


どうやら曲名は「愛の種」


というらしい。


ASAYANという人気番組の企画で、大人の力でアイドルグループが作られた、のは話には聞いていたが、朝から夜までパチ屋に入り浸りで、この時期は競馬ガチ勢でもあった当時のワシは、日曜の9時台は土日の競馬で稼いだ軍資金を更に増やすべく笑笑 パチ屋で奮闘していたので、それまで番組は一度も見たことがありませんでした。


この曲を聴いたあと、メンバーの1人と思われる透明感のある歌声が妙に引っかかり、その子が誰なのか確かめるべく、次の日曜日は競馬場から真っ直ぐ帰宅し(当時はネット投票などなかったwASAYAN待機して番組を見た。


その透明感のある歌声の子


「安倍なつみ」さん


を見た瞬間に、、


ワシの体内に、電流が走りました!笑笑


そしてワシの、現在までの25年余の長きにわたる、これまでの人生の約半分を費やしたドルヲタライフが幕を開ける事になりました。


、、、


この後の時期、、AKB結成の遥か前、かつ地下ドルなど存在しなかった当時、女性アイドルを応援する、イコール、モー娘。の応援、と言っても過言ではないくらい、女性アイドル界はモー娘。の一人勝ち状態になります。まだ握手会・特典会商法もないので、メンバーに会いにいく、のは、モー娘。の時代になって以降は、年に数回開催されるコンサートツアーに行くか、ごくごくたまに開催されるイベントに参加するしかありませんでした。


のですが、、


この「愛の種」が発売された時期は、モー娘。も握手会商法をやっていたのです。このCDを一定枚数売り切れば、本格的なCDデビューができる、という事だったので、そのキャンペーンで全国を回っていました。


福岡でイベント場所に選ばれたのは、今でも福岡アイドルイベントの聖地である。キャナルシティ。


メンが横一列に並び、ファンがCD購入して一人一人メンの前を移動する、という、今ではすっかりお馴染みのアイドル握手会スタイルですが、何せそれまで一度もその様なものに参加した事がなかったワシは、その未体験の環境・並びに生まれて始めてアイドル、という人種と会話をする、、という状況にすっかり舞い上がってしまい、緊張の余り、なっちを目の前にして、、


あ、、あ、、あわわわわわ、、、


宮川大助師匠(メガネ姿のイケオジの宮川大輔ではなく、関西の重鎮の漫才師さんの方です)の様になった!といえばわかりやすいですね笑笑

25年もドルヲタやってると、今では、推しメンにぷ●●んとか、あざかりんとか言いまくり、散々いじり倒す様になってますけど、当時のワシには勿論そんなスキル?はありませんでした。


すると、それまで既に何箇所かの握手会を経験し、場慣れしていたと思われる彼女は、ワシに笑顔でこう語りかけてくれました。


「会いに来てくれてありがとう!これからも応援してくださいね!」


は、、ハイ!


明らかに場違いな大声で、ワシはこう返しました笑笑


そしてワシは、、この時彼女がガチな天使に見えました。


ドルヲタとしての経験値を重ねた今、冷静に考えて彼女のこの対応は、定型文andビジネス笑顔、の何者でもないのは間違いありません笑笑

けど、この時のワシには、緊張してロクに会話も出来なかったワシに優しく話しかけてけれた彼女が、世界一優しくて素敵な女性に見えたんです。

(ちなみに、他のメンバー4人とは何故か殆ど緊張せずに普通に会話出来た事も付け加えておきますw


こんな素敵な子が居るグループなら、間違いなく素敵なグループに違いない!

そもそも、応援してください!って言われて

ハイ!って言ったんだから、その約束は守らなきゃ!


、、、


ビジネストークを間に受けたw約束ww

今考えたらホントに笑っちゃいますけど

当時のワシは、びっくりするくらいに純粋

だったんです笑笑


それ以降、なっちのモー娘。としての山あり谷あり、、のアイドルとしての歴史、、を、ワシは彼女の卒業までの5年半の長きに渡り、ずっと追いかけて行く事になるんですが、それはまた機会があれば、改めて語る事にしたいと思います。 


この時の彼女、、なっちの「神対応」があったから、ワシは今でもドルヲタを続けてるのは間違いないです。そっけない対応されていたら、二度とアイドル現場に行く事もなかったかもしれないですからね、、つまり、彼女が居たから、かりんとも出会う事が出来ました。ホントに感謝です。


彼女がアイドルを卒業して、丁度20年が経過した今、懐かしくなって昔を振り返ってみました、そんな記事です笑笑



、、、


今、博多 ORIHIMEの現場に居ると


 ORIHIMEではじめてアイドルにハマった!


というファンの方が、他現場比(ワシがこれまで応援して来たグループ)で圧倒的に多い事に改めて気付かされます。彼(彼女)らは、なっちを初めて直接前にして緊張の余り宮川大助師匠になった、25年前のワシと同じ様に、アイドルそのものにも、推しメン本人にも、ホントに純粋で新鮮な気持ちで向き合って居ます。ワシ自身も、その立ち振る舞いから教えられる事が大変多いです。そしてドルヲタをやりすぎて、これまでの現場で見たくないものまで沢山見てきてしまったが為に、気持ちをすり減らし、捻くれてしまったワシの心をも浄化してくれています。


いつもありがとうございます。


ワシは、推しメンを守らなきゃ!って気持ちが人並み以上に強いヲタクで、また頑固な性格でもあるので、ファンの方に対しても、時に、何やコイツ!みたいな事を言ってしまう事があると思います(自覚はちゃんとありますw)。推しメンファーストで立ち振る舞ってしまう(そのつもり)が故の発言であり、他意がない事を理解して頂くと幸いです。

今後もよろしくお願いします🙇‍♂️


終わり。