実家のリフォームはじめます☆ -古民家再生リフォーム-
ウチの実家は結構古い。
どれぐらい古いかというと子供の頃から「古い家やなあ」って言われてたぐらいで、そんな私もいまや40代の立派なオッサンですから、まあそれぐらいは古い。
まあ、それぐらいの古い家だからこの先ずっと住み続けるには無理があるなあと思いつつ、なんやかんやズルズル今に至っていたそんなある日。
ネットで「大津の古写真」というアーカイブがあって、埋め立てられる前の昔の琵琶湖の写真や、田んぼの真ん中に建つ瀬田駅や草津駅の写真なんかがあって結構面白いのですが、たまたまそこでウチの実家の写真を発見しました。
(右側の家です)↑
大津の古写真「膳所本町」(大津市歴史博物館HP内)
http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/shashin/data/ks_756.html
サイトの説明によるとこれは昭和10年に撮影された写真らしいので、その頃にはもうウチの家は建っていたことになります。
実際あっちこっちがガタがきていたので、口の悪い友人達からは「ドリフの家」と呼ばれてたけれど(上からタライが降ってきて最後はドサッと倒れてしまうセットありましたよね?
)、そりゃもうボロボロにもなるわけさ。。。
実はリフォームの構想自体は今からさかのぼること7年前からはじまっており、ここでは書けないようなややこしい問題があってなかなか前に進められなかったのですが、何とかその問題も片付きいよいよ今回晴れてリフォームに踏み出すことになりました!
とまあ、有り体にいうとこういうことです。
我が家のリフォームの設計をやってもらっている友人 に書いてもらったプランも最初のプランAからはじまり、B→C→D→E→F→G→H→I→J→K→L→・・・・・・
・・・今のプランはなんとプランM!(-"-;A
おお友よ!辛抱強いわが友よ! ありがとう!!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
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一心寺の仏教アート
先日、大阪の天王寺区にある 一心寺という浄土宗のお寺へ行ってきました。
松屋町筋を南に突き当たったところを東に行ってすぐのところにあり、 その先を行くと、かの有名な四天王寺。
以前からよく車で前を通りがかって気にはなっていたのだが いわゆる京都や奈良に代表されるようなわびさびのある佇まいのお寺ではなく、コンクリート打ちっぱなしの外観もあって 近代的な造りのお寺という印象。
実際中に入るとトラディショナルな本堂があって、外から見るよりはお寺らしいお寺なのだが、入り口にある、お寺には珍しい鉄製の黒い門の上には 何やらアートな仁王様・・・
更にその上には幾何学的なデザインのガラス製のアーチ(?)が。
どちらもなかなか素晴らしいアート作品である、 が・・・・・・しかし
???
儲かってまんなー
、という感じでもある。
何もなければ、絶対に自分から行こうとは思わない感じのお寺 なのだが、
昔からの友人がこのお寺で修行(実際は勤務w)しているというので会いに行ったのだ。
早速かの友人を呼び出して話を聞いてみたところ、このお寺は納骨されたお骨を10年ごとにまとめて佛像にする 「お骨佛の寺」ということで知られており、そのお骨佛が評判で納骨しにくる人が引きもきらないとの事。
おかげでお坊さん達も毎日相当忙しいらしく
そのため供養や対応がシステム化され過ぎているのではないか、とお寺の内部でも問題になっているのだと教えてくれた。
本堂にお参りした後、 友人がお役御免になるまでに1時間ほどあるので「時間をつぶすのにいいところを紹介します」といって案内してくれたのが、お寺の裏にある「一心寺シアター倶楽」という施設。
中に入ってビックリ ![]()
![]()
目に入ってきたのは、そこかしこに立てられた蝋燭の薄明かりに照らされた 金色に輝く無数の仏様によって囲まれたドームと、その内部に描かれた神々しい釈迦の姿
ドームの中に入ると音とも言えない音が反響した余韻がうっすらと響き、さながら極楽浄土体感シミュレーションのごとく。
それらは純粋にただただ圧倒される存在感を放っていた。
ここの先代の住職は元々有名な建築家で、 このお寺に養子に入ってすべての施設を設計されたのだとか。
信者さんや参拝者によって供されたお布施によって成立しているアート。
採算など考えていたら、とてもこんな施設は造れなかっただろう。
しばらくその「作品」の前でじっと佇み見入っていたら さっきまでの否定的な感情もどこかへと消えていた。
一見の価値あり。
お近くへ寄られた際は行ってみてはどうですか?
MIHOミュージアムにまつわる裏話など
昨日、近江八景の一つでもある瀬田の唐橋のたもとに最近オープンした滋賀県初の本格的な画廊「ギャラリー唐橋」へ行ってきた。
中学時代の同級生で、東京の「銀座あかね画廊」という由緒正しいギャラリーのオーナー夫人のUさん(美人)という人がいて、そのコ(ってトシでもないがw)がコンサルタントしている関係で、柄にもなくのこのこ出かけていったワケだ。
ギャラリーのほうは、一枚三千万円(!)とかの洋画が飾られていて、「ほぉ~」とか言いながら見ていたのだが、それよりも印象に残ったのが陶器で有名な信楽にある「MIHOミュージアム」開設にまつわるエピソードであった。
実はこのMIHOミュージアムとは、信楽の山奥のこんなとこによくこんなモン造ったなあという、周囲の自然の景観に近代的な建築物が溶け込んだ、それはそれは素晴らしい美術館で、一度訪れて感動してから、ことあるごとに人に行ってみるように勧めていたお気に入りの場所なのである。
設計したのはI.M.ペイ。
あのルーブル美術館のガラスのピラミッドを設計したことで世界的に有名な建築家である。
実はこの「ギャラリー唐橋」の開設者でもある地元国会議員のI先生がMIHOミュージアムの副理事をされており、最初計画に難色を示していたI.M.ペイを当時大臣をされていて時間の無い中、滞在3時間の強行スケジュールでアメリカまで会いに行って、わずか1時間の面談で口説き落としたのだそうである。
その昔私が選挙事務所でアルバイトしている頃、地域の支持者を集めて各議員が応援演説をするミニ懇談会というものがあり、その応援演説の弁士として当時県会議員だったI先生が来られており、何回か演説をお聞きする機会があったのだが、このI先生とにかく演説がうまい。
I先生に限らず議員の先生というのは、人前で話をするという事にかけてはプロだし、当然ながら皆さん非常にスピーチもうまいし、話の内容ももっともな事をおっしゃるのだが、何かもうひとつ伝わってこないというか、しらじらしい感が否めないように感じていたのだが、I先生の演説はわかりやすい口調で聞いている方にもその真剣な熱意がひしひしと伝わってきて、学生ながらにこの先生だけは何か違うな、と感じたものであった。
「何を話すか」ではなく「誰が話すか」。
同じ話でも話す人によって説得力が全然違うものである。
だから、前述の話を聞いた時もI先生ならなるほどと納得できたのである。
MIHOミュージアムについての裏話が聞けたところで、前から気になっていた疑問をUさんにぶつけてみた。
山と山の谷あいに埋もれるようにして建てられたI.M.ペイ設計の建築物は見事に自然の地形を生かして設計されているのだが、これはまず建設候補地があってその地形にインスパイアされて設計されたのか、それともまずアイディアありきでそのイメージに合う立地を探し出したのか?
答えは後者だとのこと。
なるほど。
であれば、なんでこんな人里離れた山奥の、そのまた奥に造られたのかも理解できるというものだ。
長年の疑問が氷解してすっきりしたと同時に、また行ってみたいと思った。
参考:MIHOミュージアムHP
http://www.miho.or.jp/japanese/index.htm
※ギャラリー唐橋では出展を希望される作家を募集しておられます。
若手作家にも作品発表の場として是非利用してもらいたいとのことですので出展を希望される方はコメントをいただければ紹介させてもらいます。





