幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍:漏尽通力 参照です。
🍋 現代的霊能力の極致
本章では主として、「心の穏やかさ」「平静さ」「平安」ということについて話しをしていこうと思います。まず、私は、「静寂ということの大切さ」について語ってみたいと思います。
現代文明のいちばんの問題点がいったいどこにあるかといえば、結局のところ、「忙しすぎる」、あるいは、「喧噪のなかにある」という点にあるのではないかと思います。とにかく騒がしい文明です。
この文明の側面を音楽的に見るとするならば、例えば、ジャズであるとか、ロックであるとか、心静かな人にとっては騒音としか思えないような音楽になると思います。これが現代文明の一つのあり方であろうと思います。
一時代の前のクラッシック音楽の時代が過ぎ、そうした高級霊が指導していない場合の地獄的なる音楽が氾濫している時代と言えるかもしれません(例外はある)。
これはビジネスマンにとっても同じであって、「とにかく忙しい。電話、ファックス、メール、あるいは、来客、訪問といった分刻みの厳しいスケジュールのなかに生きていて、心が休まるときがない」と言えると思います。
そういう意味で、静寂というものの値打ちが失われているのではないかと考えられるのです。時折、人々は休みを取って、古都の京都であるとか、奈良であるとか、鎌倉であるとかを、ふと無性に歩いてみたくなることがあります。
「そうした所で古仏の顔を見ながら心を休めたい」と思うことがあるわけです。しかし、それも束の間であって、また、日常の喧噪のなかに、その姿が消えていくことが多いのではないかと思います。
静寂の大切さは教えられないとなかなか分からないものですが、人は時折、一年に一度、あるいは、数年に一度、そうした静寂ということに対して思いを巡らせます。
例えば、新宿の副都心のような大都会の、五十階建ての超高層ビルのなかで忙しく仕事をしていて、「これこそが人間のあり方だ」と思っていた人が、ふと京都のような山寺の軒先に佇んでみて、自分の世界とのあまりの違いに驚くことがあります。
そして、そうした所に座って、書物を読んだり考え事をしたりして、石庭などを眺めながら一日いろいろなことを考えてみると、「はたして、人間の値打ちとは何なのか。人間の幸せとは何なのか」ということをふと思い、分からなくなってしまいます。
こうしたことに関しては、人々は、ほとんど指導されることもなく、それぞれの感性のままに流されていると言えるのではないでしょうか。こうしてみると、「大都会の何十階建ての高層ビルで忙しく立ち働く」ことと、
「庵、あるいは、お寺のような所で静かに自分の心を振り返ってみる」ことの、どちらがはたして人生にとって値打ちがあることかといえば、一概には言えません。人は華やかな世界を求めるわけですが、ふと、「心の故郷はそこにない」という感じを受けます。
いろいろな書類を書いたり、電話で忙しく話したりすることのなかには、本当の心の安らぎはないのではないのではないかと思うのです。その感は、地上を去って、あの世の世界、すなわち霊天上界に還ってみると、もっと深くなっていきます。
地上的な忙しいビジネス世界というものは、霊界においては、非常に低い世界です。高級霊界にいくほど、心は調和され、安らかな世界が展開しています。山々は緑であり、野原は美しいのです。花が咲き乱れ、蝶が舞い、鳥が飛び、人々は安らかな会話を交わしています。
心は穏やかであって、「永遠の今」を生きているという感じがします。ところが、下層霊界に行くと、人々は、時間に追い立てられるように忙しく立働いていることがよくあります。
もちろん、上段階の指導霊であっても、仕事そのものはたいへん忙しく動いていることはあるわけですが、それでも、心の安らぎというものを常に持っています。そのようなことが言えるのではないかと思います。
こうしてみると、静寂というものは、やはり、心の奥深いことろにある根源的なる欲求だと考えたほうがよいと思います。人間には、そうした静寂を求める気持ちがどこかにあるということです。
何ゆえに静寂を求めるのでしょうか。それは、かつての魂の故郷において味わった感覚であるからです。魂の故郷において、そうした静寂のもたらす幸福感というものを味わったからです。
修道院では、一日に一定の時間、観想、あるいは、沈黙ということをさせるわけですが、誰とも話してはいけない時間というものがあります。そうした時間を設ける理由は、
「自分の内を見つめて、自らの内なる心を掘り出す。内なる心と対話する」ということを通して、昔、魂が味わった郷愁を想い起こすことができるからではないでしょうか。これは、人間のいちばん根源的なる欲求のうちの一つなのです。
外面的な派手さを求めるのは、どちらかといえば、魂において偽我に近い方向です。外側の面であり、偽りの部分です。ところが、静寂を求める心は、魂の奥の奥にあるものを求めていく行為、すなわち、神仏へと向かっていく行為でもあるわけです。
こうした静寂の持つ意味というもの、その大切さということを現代人は忘れ去っているように思います。「静寂のままに生きる。静寂のうちに考える。
静寂のうちに生活をする」ということは、それで一つの価値ある生き方なのです。忙しい毎日であればあるほど、忙しくいろいろな人と会っていれば会っているほど、「静寂な時間を取る」ということが大事であろうと思います。
そして、自らの内を振り返り、いろいろなこの世的な波動に乱されることなく、心の楽しみを味わってみることです。この心の王国、心の王国における自由の満喫は、何人にも侵されない永遠の幸せです。この永遠の幸せを守ることが大事なのです。
忙しく生きる人であればあるほど、もう一度、自らを振り返り、そうした静寂の時間を取ってみてください。何も話さず、何も聞かず、静かにしている時間です。それは五分でも十分でも十五分でも構いません。
そうした時間があるだけでも、人間の魂はそれだけ霊的な瞬間を持つことになるのです。その霊的な瞬間を忘れてはならないと私は思います。
🔴 平坦なる道・・・・・・
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(私文:シーンとした、音のない瞬間)
私は若いころ、山に登っていて、山小屋の外で、夜空を見上げながら、目の前に降り注ぐ星空を見ているときに、気がつけば、音のない、シーンとしたところにいる自分というものに気がついたことがありました。
何とも神秘的で、何とも心が休まる、瞬間でした。こんな、音のない時間をもっと味わいたいと思って、東京の自宅で、戸を閉めて、音が入ってこない空間を作ったことがあります。
でも、なかなか山で味わったときのようにはいきませんでした。だから、静寂には力がある、人の心を本来のものに戻す力がある。と心底思っています。
是非この ”漏神通力” の本を読んでください。きっと、その深い意味が、その深い人間の本質が分かると思います。
💗 最後まで読んで頂いて、本当に、本当にありがとうございました。💗
是非とも、幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・現代的霊能力の極致:漏尽通力 を読んでください。
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