幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍:釈迦の本心 参照です。
🌸 悟りの真髄とは何か。
反省法の概要がだいぶ分かったのではないかと思います。次に、「なにゆえに反省法というものを行うのか。なにゆえに反省が必要だとされるのか」ということについて、説明していきましょう。
反省というのは、光り輝いた自分を取り戻すための行為なのです。光り輝いた自分とは、実相の世界にある自分です。この地上界を離れた世界には、四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元といった、さまざまな次元構造がありますが、実相の世界において、人間の魂が光り輝いているのは、主として七次元以降の世界だと思います。
仏陀の説いた反省も、結局、七次元菩薩界の境地に到達するための方法論だったのです。菩薩の境地に達するための第一歩は、みずからの心に付着した塵や垢を除いて、みずからの心を光らせることです。まず、自分自身の完結した世界のなかで、塵や垢を落として光り輝きます。そして、次に、愛他行、利他行へと踏み込んでいきます。これが「菩薩行」と呼ばれるものです。
たとえば、いくら皿を拭いたとしても、ふきん自体が汚れていたならば、皿はきれいにならないでしょう。皿を拭くためには、まず、ふきんを洗濯しておかねばなりません。同様に、ほうきをきれいにしておかなければ、部屋を掃いても、きれいにはなりません。
うわべをきれいな衣装で飾り立てたとしても、その下に何日も着替えていない下着をつけていたならば、他の人が良い印象をもつことはないでしょう。また、みずからが十分な学びをしていないにもかかわらず、生徒を一生懸命に教えている教師がいたならば、その生徒はおそらく向上しないでしょう。
要するに、愛他の思いは意外と簡単に出すことはできますが、愛他を愛他として実効あらしめるためには、充分な自分づくりができていなければならないのです。まず、みずからの心を洗濯し、光り輝いたものにしていくという、第一の作業が必要なのです。これが反省法の神秘でもあります。
人間は、少なくとも自分の心のあり方に関して、完全なる自治権を与えられています。他人の心を光らせるという実績を目のあたりにする前に、まず、みずからが、心が軽くなり光ったという実績をあげることが必要です。それを体験して初めて、「反省とは何か」ということを、他の人びとに教えることが可能となるのです。
これは、狭い意味にとれば、利己主義的に響く可能性もなきにしもあらずですが、「法」というものを学ぶ出発点はここにあります。自己を統御し、より素晴らしいものに変化させていく気持ちのない者と、「法」は無縁であると言ってよいのです。
そうした者に対し、「法」は決して意味のあるものではなく、「猫に小判」「豚に真珠」ということわざで言われることと同じになってしまいます。この出発点を、しっかりつかんでいただきたいと思います。
🐠 八正道の発見・・・・・
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(私文:反省をして自分の心が変わったこと)
反省的瞑想を通して、自分の心を見つめて、初めて自分の考え方や、行動を反省して、自分自身をまったく他人と見ることができたのならば、きっと、新たな角度から、自分を見直すことができると思うのです。
新しい自分の発見、新しいものの考え方、新しいものの見方を手に入れるためには、仏法真理の学習が是非必要だと思います。
まずはこの「釈迦の本心」をきっかけに、今までの自分自身を見直していきたいと思います。きっと新しい自分を発見できると確信しています。
💗 最後まで読んで頂いて、本当に、本当にありがとうございました。💗
是非とも、幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・釈迦の本心 を読んでください。
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