幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍:太陽の法 参照です。

 

🍑 エル・カンターレへの道

 

人間としての愛、そして、天使としての愛について、いろいろと考えてきたわけですが、こうしてみると、この三次元はもちろんのこと、四次元以降の多次元世界、高次元世界をつらぬいて流れる愛とは、一体なんでしょうか。

 


それは、ひとつの生命の奔流であり、滔々と流れ出してつきない、生命の水であるといえます。実際に、霊的な目で、霊眼でもって、九次元から三次元までを眺めると、はるかなる高次元に源を発した愛の大河が、巨大なるエネルギーの河となって、九次元→八次元→七次元→六次元→五次元→四次元→三次元→へと流れくるさまは、まさしく壮大な景観、一大パノラマです。

 


愛というのは、すなわち、このようにひとつの大河なのだといえます。それは、上流から下流へと流れ出してとどまることを知らないひとつの力であり、あらがいがたい生命の勢いなのです。愛に敵なし、実際に、この霊的な愛の大河のパノラマを見てしまうと、愛に敵するいかなるものもありえないことが、はっきりとわかります。

 


みなさんは、地獄というのは、天国つまり、神(仏)の世界と拮抗するだけの勢力だとお考えでしょうか。また、天国・地獄と大別されるような、一大世界だとお思いでしょうか。そうではないのです。神(仏)から発した愛という名の大河は、はるかなる上空に端を発して、強烈なる勢いですべてを押し流しているのです。

 


地獄がある四次元世界というのは、はるかなる下流、河口のほうであり、物質万能とか、欲望とか、迷いとか、悪という名の塩の入った海水が、いかに河の水を塩化させようとしても、滔々と流れきたり、押し寄せてくる愛の大河の力には、あらがいがたいのです。

 


愛は光りです。光に勝てる闇がないように、愛に勝てる悪も、愛の大河を最後までふせぎきれる地獄もないのです。地獄は、天国に抵抗できるような勢力ではありません。それは、神(仏)のつくられた世界の一部に巣くうガン細胞であり、真水の河のなかに忍び込もうとする海水にしかほかならないのです。

 


昔から、地獄というのは、天国と同じような大きさで、天使と悪魔が対立しているように思われてきておりますが、実際はそんなものではないのです。天国ーー天上界というのは、四次元の幽界をスタートとして、はるかなる高次元にまでおよぶものです。

 


それにひきくらべ、地獄界というのは、四次元のなかのよどみ、光のあたらないかげの部分にしかすぎません。もちろん、そのよどみも相当大きく、何十億人もの地獄界人口を擁していることは確かです。太陽の光が照射されて、解けない氷がないように、いつか必ずなくなることになっているのです。

 


地獄界の影響力が、過大評価されているのは、その基盤となっている霊域が、非常に地上界に近く、相互に容易に波動を受けやすくなっているからです。では、地獄界をつくっている要素とは、一体なんでしょうか。そこにうずまいている要素、想念エネルギーには、つぎのようなものがあります。

 


ねたみ、そねみ、感情や本能にもとづく怒り、愚痴、足ることを知らない心、不平不満、悲観的な心、消極的な心、優柔不断、憶病、怠惰な心、自己嫌悪、うらみ、にくしみ、のろい、情欲、自己顕示欲、利己主義、毒舌、二枚舌、躁うつ、酒乱、暴力、排他主義、うそ、いつわり、唯物主義、無神論、孤独、独裁主義、金銭欲、地位欲、名誉欲、不調和。

 


これらは、すべてマイナスのエネルギーです。しかし、マイナスのエネルギーも、決して、実在のエネルギーではありません。増悪とか、嫉妬、怒りや不平不満も、結局は、愛の不在なのです。愛のエネルギーがたりないだけなのです。

 


つまりは、地獄霊といっても、天上界の光に対抗しえるような強力な存在でもなんでもなく、やはり彼らも、「愛されたい存在」なのです。悪霊たちも、ほんとうは、もっともっと愛されたいのです。いろんな人からやさしくしてもらいたいのです。

 


彼らの本心には、「愛がほしい、もっと愛がほしい」という気持ちがあります。ですから、地獄霊とは、ほんとうは、不幸な、気の毒な、救ってあげなければならない方がたなのです。彼らは、不幸な病人、「愛欠乏症」という病名の病人だといえます。

 


私は、さきに、愛とは、まず与えることだといいました。しかし、地獄界にいるのはつねに、与えてほしい、何とかしてほしいという人たちばかりです。結局、愛の本質が何かを知らずに、「奪う愛」の人生を生きてきた人たちが、いま、地獄界で苦しんでいるのです。地獄界をなくすのは、いまからでもおそくはありません。どうすればいいか。つまりは、すべての人間が、愛の本質とは与えることだと悟ることです。

 


では、あなたは、まず何から与えてゆきますか。与える愛とは、まず「感謝する」ということからはじまってゆくのです。仏からすべてを与えられていることをまず感謝することです。さすれば、その報恩行として、仏のつくられた世界になんらかのお返しがしたくなります。他の存在への愛を与える第一歩が、そこにはじまるのです。

 


🍓 悟りの極致・・・・・・

 


🐬🐬🐬🐬🐬🐬🐬🐬🐬🐬

 

(私文:与える愛を悟るとは、最大の心の指針であり、人生の永遠のテーマであると思います)

 

この仏法真理を沢山の人に知ってもらうことは、与える愛の最大の一つだと思います。人に優しくしたり、人に親切にしたり、沢山の人の幸福を祈ることも与える愛の一つだと思います。

 


でも、でも、まずは、自分自身が自己確立することは絶対条件だと思います。自分自身が、立派に独立していることが条件です。その上に ”多くの人に愛を与えよう” と思うことが大前提ではないかと思います。

 


自分は神様から、「すべてを与えられている」ということをしっかり知るところから、与える愛の実践が始まりす。与える愛 これ自体が悟りの言葉として、いつも、いつも、自分の心に言い聞かせなければいけないことだと思っています。

 

 

 

 

 

 

💗 最後まで読んで頂いて、本当に、本当にありがとうございました。💗

 

是非とも、幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・太陽の法 を読んでください。

 

幸福の科学に興味のある方は、03-5793-1727
 

ネットからも入会できます。【幸福の科学 ネット入会】検索

 

幸福の科学 自殺防止相談窓口 ウツやいじめ、経済苦、恋愛、病気など、お気軽にご相談ください。

 

【受付時間】火曜~土曜(祝日含む)10時~8時
 

相談料は無料です。別途、通話料・通信料はかかります。
 

📞03-5573-7707