幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍:大悟の法 参照です。

 

🍋 自分と他人を許す勇気を

 

ここで、自殺の原因について考えてみたいと思います。人間は、この世に生き、幸福を求めて、さまざまな努力をしています。また、幸福を得るための教えも説かれています。

 


しかし、不幸体験というものは、どうしても避けられません。幸福というものがあるならば、相対的な意味において、その反対の不幸というものも、この世的には存在します。その不幸体験のなかで、人は自殺をするわけです。

 


自殺をする人のなかには、幸福のなかで死んでいく人もいるかもしれませんが、数は少ないでしょう。通常は、不幸のなかで死んでいくことのほうが多いのです。なぜ人間は自殺をするのでしょうか。

 


その背景をたどってみると、幾つかの原因が考えられます。たとえば、病気を苦に死ぬ人もいます。「もう、これ以上、苦しみが続くのは嫌だ」という思いから自殺する人は数多くいます。最近は老人の自殺も増えています。

 


「体の具合が悪く、家族に迷惑をかける」「生きがいがない」というようなことで自殺する老人も跡を絶ちません。若い人の場合には、恋愛感情のもつれや結婚問題、離婚問題などで自殺する人もいます。

 


また、不況が続くと、経済問題での自殺があります。経済問題を苦にして、逃避したくて自殺をする場合です。それから、パーセンテージとしては低いですが、名誉を理由とする自殺もあります。

 


政治家などの場合は、何か事件に巻き込まれたり、不名誉なことが起きたりしたときに、名誉の死を選ぶ人もいます。

 


このように、自殺には幾つかの原因がありますが、いずれにしても、この世で生き抜くのがあまりにも下手な人が多すぎるようです。そこで、その理由を少し考えてみたいのです。

 


通常の宗教家の教えでは、仏の子、神の子としての生き方というものがずいぶん説かれているので、ここでは、それとは逆の話になるのですが、自殺する人は、自分自身や他人に対して、あまりにも完全主義的傾向が強く、その潔癖性のあまり、死に急ぐ人が多いように思うのです。

 


こういう人は、”病原菌” に対する抵抗力、すなわち、生きていくうえでの挫折や失敗、あるいは他人からの非難や批判などに対する免疫、抵抗力が、少し弱すぎるのではないでしょうか。

 


その根本にあるのは、やはり、自分に対する完全主義的な要求、あるいは他人に対する完全主義的な要求でしょう。

 


🍋 人間は不完全な生き物

 


しかし、自分自身のことをよく考えてみるならば、完全な人、完璧な人などいないことが分かるはずです。そして、自分が完璧ではないように、他の人もまた、完全でもなければ完璧でもないのです。

 


完全性は、自分に求めることもできないし、他人に求めることもできないものです。ところが、完全性という、自分にも他人にも求めることのできないものを求めて、結局、不完全な生き方をしていく人が跡を絶たないのです。

 


みずから完全主義を名乗っている人で、完全な人生を生きている人などいません。そういう人に限って、きわめて不完全な生き方をしています。

 


普通の人が普通に生き、普通に行っていることをせず、普通ならば、当然、戦うべきこと、当然、乗り越えるべきことから避難していながら、完全主義を自称している人が数多くいるのです。

 


それは責任の回避であり、失敗の回避であり、「これ以上、戦闘を続けたくない」という逃げでもあると思います。

 


完全主義、ナルシシズム、自己を美化する心、他人を美化する心など、いろいろありますが、完璧を求めすぎて、あるいは美を求めすぎて、その結果、醜く生きている人が多いのです。

 


それは、言ってみれば、毎日、「新しく購入した服や下着でなければ着られない」と言っているようなものでしょう。服や下着は、汚れても、洗濯をし、クリーニングをすれば、また着ることができるのです。

 


それは、まったく新品ではありませんが、それを新品同様にきれいなものだと思って着ていくのが普通の生き方なのです。それと同じように、あまりに自分を美化し、窮屈にし、縛り上げてはいけないのです。

 


「一度でも失敗があったら、もう人生は終わりだ」というような考え方は、取るべきではありません。それは、何十年かのあいだ、みなさんを育て、護り、励ましてきた人々に対する、非情な冒涜行為です。

 


人生は、そういうものではありません。そのような、感情的に極端から極端へと走るような生き方は、反省すべきだと思います。

 


したがって、「人間は仏の子、神の子である」という考え方はもちろん大事ですが、その一方で、「人間は不完全な生き物である」ということも、ある程度、認める必要があります。この世に生きている以上、やはり、肉体を持って生きている人間として不完全さは残るのです。

 


この世においては、霊的に、完璧な存在として生きることはできません。この世では、数多くの抵抗のなかを生きなければならないので、不完全にしか生きられないのです。

 


そのため、失敗や挫折もありますが、だからこそ、そこに反省があり、学びもあるわけです。そして、他の人も、同じように、失敗や挫折をし、また新しい気づきを得て立ち直り、よりよい人生を生きようとしているのです。

 

 

🍉 不器用な自分を認める ・・・・・・

 

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(私文:自分と他人を許すことの大切さ)

 

自分のことは中々わからないものです。病名は忘れましたが、私の妹は、自分で自分の細胞を壊してしまう病気だそうです。強い薬を飲むために、骨が弱くなってしまい、ろっ骨が簡単なことで、折れてしまいました。この妹を遠くのほうで観ていると、やっぱり、”完璧主義” だと思います。

 


特に自分に対してとても完璧主義を求めているのです。それがどうしてもできないためにさらに自分を責めてしまうようなことをしているのだと思います。

 


”自分は不完全な生き物である” ということをもっと認めなければ、どんどん自分で自分を壊してしまうのです。

 


💗 最後まで読んで頂いて、本当に 本当にありがとうございました。💗

 

是非とも、幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍:大悟の法 を読んでください。

 

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