幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・復活の法 参照です。
🥕 ぼけない人かどうかを見る基準ー読書の習慣があるか
死因として三番目に多い、脳や血管系の病気も、いまの生活習慣病と関係があるでしょう。脳の病気には、「脳の血管が破裂して起きるもの」や「脳に腫瘍ができるもの」、あるいは、いわゆる「ぼけ」など、いろいろなものがあります。脳の病気の場合も、悩みから来るものが多いのです。
もちろん、脳を使いすぎて疲労している人もいますが、やはり、取り越し苦労や持ち越し苦労などによって心労が絶えず、何かを悶々と考えている人は、内臓のほうに問題が生じなければ、普通は脳のほうに問題が生じます。
その意味では、悩みの面から脳の健康のコントロールに努めることも大事です。くだらないことで、あまり悩みすぎてはいけません。これは、”掃除”の問題でしょう。毎日毎日、きちんと悩みの掃除をしておき、なるべく、心のなかがいつもすっきりしているようにしておくのです。
それから、ぼけない工夫のようなものが大事になります。一般的に言って、「年を取ってから、ぼける」というのは非常に怖いことです。頭がしっかりしていれば、家族も何とか相手にしてくれますし、自分でも納得がいくのですが、頭がぼけてしまうと、自分が自分ではないようになり、かつては尊敬された人であっても、邪魔者扱いされてしまいます。
これは、かなり辛いことなのです。ところで、「ぼけない人かどうか」ということを見る一つの基準があります。実は、「週に一冊程度の本を読む習慣のある人は、年を取ってから、ぼけない」と言われているのです。
これは大事なことだと考えてください。ぼけないためには、週に一冊ぐらいの本を読んだほうがよいのです。
🌈 目や足腰が弱り知的活動ができなくなると、ぼけが始まる
ぼけの原因として何があるのでしょうか。年を取ると、目が老眼になってきます。普通は、四十代、四十五歳前後からですが、早い人だと三十五歳ぐらいから老眼が始まるそうです。
老眼になると、近いものが見にくくなるので、新聞の小さな文字が読めなくなります。週刊誌なども字が小さいので読めません。若いころに読んだ文庫本も、字が小さくて読めないのです。字が読めないため、新聞や雑誌、本などを読まなくなります。
そうすると、さまざまな情報が入ってこなくなります。ところが、体に栄養が必要なように、脳にも、”栄養”が必要なのです。そのため、勉強的な知識が入らなくなってくると、訓練が行われなくなり、脳が、だんだん枯れてきて、弱ってきます。このように、目が弱ってくるあたりから、ぼけが始まるのです。
また、目が弱るのと同じころに足も弱ってきます。眼と足は連動しています。足の裏と目の脳は、みな、つながっています。お年寄りはよく散歩をしますが、足が丈夫で散歩ができているうちは、血液の循環がよくなるので、脳も健康になり、目も健康になるのです。
足をよく使って運動ができていると、目も頭もよくなるので、本も読めるのです。しかし、足が弱ってくると、血流も悪くなるため、頭もすっきりしないし、すぐくたびれてしまいます。本を読むとくたびれ、テレビを観てもくたびれ、すぐくたびれるのです。
したがって、血流の維持が大事です。歩けるうちは、なるべく歩いたほうがよいでしょう。散歩は最も安上がりな運動です。「散歩をすると目と頭によいのだ」ということは知っておいていただきたいと思います。
ただ、四十歳を過ぎてからは、体が痛みやすくなるので、ハードな運動をすると足や腰などを痛める人が出てきます。ゴルフをしても腰を痛めることがあります。「足を捻挫した」「転んで腰を痛めた」などということがきっかけになって、運動が止まってしまいます。
その結果、目も頭も弱くなり、知的活動ができなくなって、ぼけが始まるの
です。このように、目がきっかけになったり、足がきっかけになったり、腰がきっかけになったりして、ぼけが始まります。
その意味で、健康管理は、とても大事です。四十代以降もハードな運動を続けられる人もいるのですが、それを続けられなくなったとしても、体の健康管理のことを考えると、ソフトな運動でもかまわないので、なるべく運動を続けたほうがよいでしょう。
運動の内容については、自分が若いころにやっていて慣れているものがあれば、それをやればよいと思います。中年以降はハードな運動ができなくなるので、もう少し体に優しい運動に替えたほうがよいのですが、やり慣れた運動であれば、ハードな運動でも、やりやすい面はあるでしょう。
ただ、あまりにもハードなものは、心臓に負担がかかったり、体を痛めたりする原因にもなるので、用心が要ります。
🌈 水中での運動は体を痛めにくい・・・
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(私文:読書はボケ防止にもなる)
人間の身体って、本当に分からないものなのですね。でも、単純に考えたら、普通のことなのかもしれません。”風吹かば、桶屋儲かる” の譬えにあるように、原因があって、結果があるということなのかもしれません。
私は、74歳で、大病もしたし、少しですが運動もしています。本もできるかぎり読んでいます。老いに逆らって頑張っていますが、やはり、最後は「人間は死ぬものだ」といつも思っています。少しづつ、断捨離をしています。
周りの友達も、少しづつ、減っているので、覚悟をして生きているというところでしょうか。
最後まで読んで頂いて、本当に、本当にありがとうございます。是非とも、幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・復活の法 を読んでください。