🐔 幸福の科学 主エル・カンターレ 大川隆法総裁先生 書籍・瞑想の極意 参照です。
🍓 奇跡の神秘体験
本日来ておられる方の大多数は、やはり仕事を持っておられる方だろうと思います。サラリーマンが多いであろうと思います。こうした方がたは、なかなか時間とか場所が取れないということが悩みであろうと思います。
こうした方がたは、山にこもって一週間ぐらい自分を見つめてみたいけれども、残念ながらそういう時間もない。それでどうしたらいいかわからないという方が多いと思います。こうした方に、私がお勧めしたい方法があります。それは、「読書瞑想」とでも言うべきものであります。
瞑想の状態に入るためには、一定の心の波動で一定の時間、維持できるようになっていかなければ入っていけません。そういう習慣がなければ入っていけないのです。いつもいつもいろいろなことが気になって、さまざまなことに気が向いたり、いろいろな思いが心の中をよぎるようでは瞑想状態には入れません。
その意味において、現代ビジネスマンが入るべき瞑想の第一段階は、読書瞑想とでも言うべきものであります。この読書瞑想というものはどういう種類のものかと言うと、これはもちろん週刊誌を読みながら瞑想できるはずはないのでありますし、写真雑誌を見ながら瞑想できるわけでもないのであります。
読書瞑想の対象となるべきものは、やはり精神性の高い書物ということになります。ただ、精神性が高くても、むずかしい哲学のように頭を極度に使用するようなものは向かないことも事実であります。そこで、幸福の科学に関心を持たれた方であるならば、私は幸福の科学から出している理論書や霊言集を使ってまず読書瞑想に入られることを勧めたいのであります。
これはどういうことかと言うと、読書をしているあいだというのは、心の針が一定の方向に向いているのであります。その著作物の波動に合っているのです。ところが普通の人は、本を五ページ読むと飽きるとか、二十ページ読めばテレビのチャンネルが気になる。こういうことで気が散るのです。
この気の散るのを防いで、まず意識の集中をする訓練をしなければならない。そうすると、霊言集なら霊言集を一冊読むのにかかる時間は人それぞれでしょう。一冊全部を読まないにしても、半分でも三分の一でもよいのですが、まず二時間なら二時間、雑念を思い浮かべることなく読み続けられるかどうか。これもひとつの訓練であります。
没頭できるかどうかということです。赤線を引きながら読む方もいるでしょうが、これ以外のことを考えずに一時間二時間没頭できるかどうか。これも瞑想に入っていくための最初の準備訓練として、ひじょうに有効な手段なのであります。
一定の時間、集中することができない人にとっては、瞑想に入ることはきわめて困難なのであります。これは訓練によってできるのであります。したがって、サラリーマン諸氏にお教えしたい方法は、通勤電車の読書瞑想です。みなさんは通勤時間というのがあるでしょう。
電車の中は満員でしょう。いろいろな人が乗ってくるでしょう。いろいろな音が聞こえてくるでしょう。いろいろなものが見えるでしょう。この満員電車の中にいて、一時間私たちの書物を読み続けてそれ以外のことを考えずにいられるのなら、相当な段階まできているのであります。
集中力ができているのであります。その集中力も高次な方向、精神性に向けての集中力ができているのであります。この訓練をまずやっていただきたいのです。そして、これが長くなればなるほどほんとうに定に入ることができるようになります。まずとりあえずめざすべきは一時間でありましょう。
一時間没頭できるかどうか。それができない人は三十分、十五分からはじめてもいいですが、一時間没頭できるかどうか。それが二時間三時間と没頭できて、雑念が浮かばないようになれば、かなりのレベルまで来たと言っていいでしょう。
その状態に入る人は、第一段階の切り替えがひじょうに早くなってきます。なぜならば、電車の中というのはいろいろな情報が入ってきます。人の声が聞こえますし、目にいろんなものが見えて、人の新聞が見えたりします。あるいは会社のことが気になります。
朝で出かけに奥さんとけんかをしたことが気になります。こうしたことをいったん電車に乗ったら切ってしまって、目的地で降りるまでのあいだ没頭できるかどうかです。本を読むほどのスペースもない満員電車であるならば、今度は考えるということでも結構であります。
ひとつのテーマについて考える。これならば「希望の瞑想」でも、「頭のよくなる瞑想」でもよいですが、このテーマについて一時間考え続けることができるかどうか、あるいは幸福の科学の言う、「与える愛」なら与える愛というテーマについて考え続けられるかどうかです。
この訓練をやったいただきたいのです。これをやることによって、一種類目の瞑想をパスし、そして二種類目の瞑想がかなり容易になってきます。二種類目のこの目的性を持った瞑想をやるためには、念の集中、意識の集中ということはどうしても必要になってくるからであります。集中力を欠けば、これができなくなります。
高級な波動に合わせて、一定の時間維持することができる、そういうことを努力してみてください。これができるようになれば、この本に書いているいろいろな瞑想が、実践段階に移せるようになってきます。
やっている途中に雑念がわかないということがいちばんだいじで、次はその目的性に向かって意識を集中できるということがだいじなわけです。
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(私文:読書瞑想を長く続けることの難しさ)
一定の時間、本を集中して読むということを、何度もしました。何とか一時間、雑念が何度も入りながらも一時間。でも、次の日もまた一時間の読書瞑想をすることが難しいのです。その雑念が湧かないようにあらかじめ、思うであろうということを、先にやってしまっていても、今度はまた次のことが気になってきはじめるので、いたちごっこになってしまいます。
読書瞑想を一時間、二時間と続けるようになるには、よほどの精神力が必要です。しかし、しかし、好きな仏法真理の本を、何度も読みたいという気持ちに嘘はありません。訓練だと思って、やり続けたいと思います。