大川隆法総裁先生 書籍・愛 無限 参照です。
真実の人生とは
信仰における試練
みなさんのなかには、「私は日々、正しき心の探究をしています。『愛』『知』『反省』『発展』の四つの原理を念頭において、日々過ごしています。しかし、私は幸福になれません。私の家族はよくなりません。私が住んでいる社会はよくなりません。日本がよくなるようには思えません。どうしてでしょうか」というような疑問を持つ人もいることでしょう。
また、「神の義を守って生きているのに、どうして私の生活は幸福にならないのでしょうか。どうして私の病気は治らないのでしょうか。どうして私の悩みが解決されないのでしょうか」と思う人もいることでしょう。
そこで、もう一つだけ述べておきます。確かに、仏神から示された掟を守れば幸福になれることを、人間は約束されています。しかし、それだけだと、ともすれば考え違いをする人間がでてくることもあるのです。
たとえば、「自分は仏神にこうするから、仏神は私にこうせよ」と、要するに、仏神に奉仕させようとする人間が出てくることがあります。まさにギブ・アンド・テイクです。「自分に奉仕するために仏神、利益を与えてくれる仏神ならば信ずるけれども、利益を与えてくれない仏神ならば信じない」という人間が出てくるのです。
そのような、まことにエゴイスティック(利己的)な人間の存在を見るにつけ、私は哀しく思うのですが、そうした人が跡を絶たないのも歴史の真実です。利益だけを求めて仏神を信仰し、利益を与えてくれなければ仏神を信じないという人がいるのです。
これは、「真実の信仰は、霊的なる世界とこの世との懸け橋である」ということを忘れた姿であると言えましょう。そうした人は、哀しいことに、信仰をこの世的に解釈しなおすことしかできないのです。
このような人のために、信仰はときおり、「試し」「試み」が訪れることがあります。長い人生のあいだには、これは必ず何度かあるものです。
「私は熱心に仏神を信じ、その教えを奉じて生きている」と自己認識している人であっても、いつのまにか御利益信仰となり、利益を与えてくれる仏神だけを信じる自分になっていることに気がつかないことがあります。
そうしたときには、必ず試練がやってきます。他の人にとってはそれほど重要ではなくても、その人にとっては、たいへん重大な試練だと思われるものがくるのです。身内の不幸が起きた。病人が出た。あるいは、自分自身が病気になった。経済状態が悪くなった。勤めていた会社が倒産した。こうしたときに、どのような言動をするかを試されるわけです。
人間は逆境と順境で測られる
人間を見るためには、それほど難しい試練は必要ありません『常勝思考』(幸福の科学出版刊)でも述べましたが、二つの試みをするだけで、たいていの人間はその本質が分かることになっています。
一つは、その人を逆境におくことです。失意の状態におかれるとどうなるかで、その人が分かります。ここで、まったくだめになってしまう人、節を曲げてしまう人がいます。しかし、歯を食いしばってがんばる人もいます。これを仏神は見ています。
もう一つは、その人を有頂天の状態、最高の成功状態におくことです。そのとき、自分に甘い人はすぐ転落が始まります。ある意味においては、逆境よりも有頂天の状態のほうが怖いと言えます。逆境に対しては、「ここを切り抜けないかぎり、道は開けない」ということが、人間は本能的に分かるので、歯を食いしばって耐え、身を引き締めて、なんとか乗り切ろうとします。
しかし、順境のとき、非常に調子のいいとき、何をやってもスイスイとうまくいくときが、ある意味では危なくて、すぐそばに転落が待っていることがあります。このように、「人間は有頂天のときと失意のときの二か所で測られる」ということを知っておいてください。
もちろん、それ以外のときもあるでしょうが、基本的には、この二か所を見れば、その人がどのような人間であるかが分かるのです。
厳しさには耐えられても、甘さには耐えられない人がいます。甘さには転落しないで耐えても、厳しさには耐えられない人がいます。この両者に耐えてこそ真の人間と言いうるのです。
「私は仏神を信じている。私は真理を信じ、それを実践している。私は多くの人びとを導いてきた。私にはこれだけの功績がある」と思う人もいるかもしれません。しかし、失意のときに、信仰を持ちつづけることができますか。
すべてが逆風のとき、それに耐えられますか。石のつぶてを投げられても、仏神を信じきることができますか。経済的苦境のなかでも、信じきることができますか。嵐のなかでも、信じることができますか。病のなかにあっても、信ずることができますか。病になるとすぐ信仰を鞍替えしてしまうような、弱い人間ではありませんか。
あるいは、成功に慢心していませんか。自我力になって、すべては自分の努力によって成ったのだと考えてはいませんか。自分に甘くなり、修行をしなくなって、堕落してはいませんか。気をつけなければいけません。
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(私文:さあ!ここからが勝負です。)
私は、過去にいろんな苦しいことがありました。苦しくて、自暴自棄になってしまった事が何度もありました。しかし、幸福の科学のロサンゼルス支部の支部長に ”ここからが勝負ですね” と言われたことがありました。どこからも力が出てこないときに、その支部長にそう言われたとき、”ここからが勝負だ” と自分で思ったときに、エネルギーが、パワーが出てきたことがありました。以来、苦しいこと困難な時にはこの言葉を繰り返し、繰り返し心の中で言っています。