大川隆法総裁先生 書籍・復活の法 参照です。
あの世で霊界体験をして、自分が死んだことを悟る場合もありますが、なかには霊界体験をしない人もいます。困ったことに、自分だけの世界に閉じこもってしまい、新しい経験を積もうとしない人がいるのです。
たとえば、「自分は洞窟のなかで寝ていて、夢を見ているのだ」と思い、ほんとうに、寝ているような状態、寝たきりのような状態になっている人がいます。また、カラオケボックスのなかにでも入っているような感じで、自分の世界のなかに閉じこもり、そこから出ようとしない人もいます。
そういう意味では、あの世における「引きこもり」もあります。あの世の世界で経験を積んでくれるとよいのですが、「この世界は、変なことばかりが、たくさん起きるから、もう嫌だ。この世界は信じられないようなことばかりが起きて、おかしいから、嫌だ」と思って、周囲と交渉を絶ってしまい、自分一人で孤立し、動こうとせず、何も見ようとせず、何も聴こうとせず、何も話そうとしない人が出てくるのです。
こういう人を救うのは難しいのです。こういう人は、どこかで心が、”雪解け” を迎えないかぎり、どうしようもありません。「孤独地獄のような所に一人ポツンと置かれる」という場合もあるのですが、霊的な自覚がそこまで行っていなくて、自分が地獄にいることさえ分からない人もいるわけです。そういう人は、「自分はどこにいて、何がどうなっているのか」ということが分からず、とにかく孤絶しています。
あまりにも変なことが起きるので、精神病院、精神病棟の一室にでも隔離されているように思ったりするのです。そのようなかたちで、心を開かない人もいます。こういう人を救うのは、かなり難しいわけです。
「永遠の生命の世界」には、「殺しても殺しても、相手は何度でも生き返ってくる」「自殺しても生き返るので、そのうちに悟る」ということが書いてあります。そのように、あの世では、いろいろな出来事が起きています。
しかし、仮に、そういうシーンを見たとしても、最近は文明の利器が進んでいるため、「洗脳用の映画か何かが上映され、それを観せられているのではないか」などと思う人もいます。とても疑い深いので、こういう人には、ほんとうに手を焼いています。
この世に生きているあいだに真理を知る必要がある
したがって、できるだけ、この世に生きているあいだに真理を知っておいていただきたいのです。どのようなかたちでもよいので、何らかの縁によって、宗教的なものを理解してもらう必要があります。
学校教育と実社会の仕事だけでは、宗教的なものを経験することは、ほぼ不可能です。いまの状態ではどこにおいても、そういうものに接する機会がありません。そのため、「家庭のなかで宗教的な活動がある」「友人のなかに、宗教的な活動をしている人がいる」ということなどによって接触でもしないかぎり、真理の知識がまったく身につかないのです。
まったく真理の知識を持っていない人は、なかなか救えません。浅い知識でもよいので持っていてほしいし、「ばかげている」と思っていても、お盆のころの心霊特集など、心霊番組をたまには観てくれたほうがありがたいのです。できれば、子供時代に知っていただきたいものです。
子供の場合は、わりに素直に知識が入ってきます。大人になってからでは、なかなか難しいのです。特に、インテリの人ほど頭が固くて頑強です。「唯物論者で、左翼運動を何十年も続け、八十歳、九十歳まで活動した」という人々や、生前、物理学や化学、医学などの科学者で、がちがちの唯物論者だった人がそうです。
こういう人たちは、もうどうしようもなくて、救う側も、ほとんど匙を投げます。死後、よほど時間がたたないと、どうにもならないのです。普通の人は、死後、この世の時間で一年から三年ぐらいたてば、少なくとも、「自分は死後の世界に移行したのではないか」という程度のことは、だいたい分かります。
しかし、頑固な唯物論者の場合は、時間が完全に止まっているので、どうしようもありません。残念なことに、彼らには、勉強したことが、かえって、頭をわるくしているような面もあります。そういう人は後回しになってもしかたないのです。
そして、少なくとも入り口に立っている人、何かをきっかけを与えれば導ける人から、順番に救っていかなければならないでしょう。それから、霊的なものを信じていても、間違ったものに染まっている人たちには、正しい考え方を教えてあげる必要がありま
す。救える人から救っていかなくてはならないのです。
あの世では、いったん平等の世界がスタートする
私は、死後の世界で迷っている人々を見るにつけても、「人間として情けないな。このようになりたくないものだな」と感じ、つくづく情けない思いになります。悟っていないというのは、ほんとうに悲しいことです。
この世での成果を、社会的な地位や名声、肩書、金銭的な対価、年収などで捉えていた人にとって、そういうものがすべてなくなるのが、あの世の世界です。そこでは、お金もなくなるし、肩書や地位もまったく通用しません。
要するに、あの世は、「死の下の平等」という言葉のとおり、ほんとうに、白装束を着て「三途の川」を渡らされる世界なのです。共産主義でなくても、あの世に行けば、いったん平等の世界がスタートするのです。全部をいったんゼロにされて平等になります。持ち物も何一つありません。
しかし、その世界で、「自分の考えていたことや人生観が間違っていた」ということを反省し、それを脱ぎ捨て、取り去るのは難しいことです。「これが自分だ」と思っていたものを、否定しなければならないからです。なかには、鎧兜を被ったように、間違った思想で、がちがちに固まっている人もいます。
そういう人は、やはり、強烈な死後体験をしなければいけないわけです。たとえば、臨死体験をして生き返った人の報告を聞くと、意外なことに、「あの世の存在を信じていて宗教心に溢れた人は、それほど、お坊さんなどとは会わないのに、まったく信じていない人ほど、そのような宗教的な存在に会っている」という事実があります。
「まったく信じていなかったのに、阿弥陀様やイエス様のような存在が出てきて、びっくりした」などという報告もよくあります。あの世の存在を信じない人の殻をパーンと割るために、そのようなことをしている霊人たちがいて、そうとう頑張っているのでしょう。
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(私文:私の信仰心について)
50~60年前、私の子供のころに、母親に連れられて、浅草の浅草寺によく行きました。当時の浅草寺には何か御利益のある白衣を着た女の方がいて、えい!えい!と何かを祓ってくれるようなことをしてくれて、体のなかの悪いものを引きずり出してくれるようなことをよくやってもらいました。それが何だったのか定かには分かりませんが、この世の理屈以外、この世以外の何かがある、そんな霊的パワーがあるんだということを子供のころから、感じていました。私の信仰心の基礎には、このようなことがあるんだと思います。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。