大川隆法総裁先生 書籍・繁栄の法 参照です。
この世とまったく違う「空間と時間」
現代においては、科学技術がかなり進歩してきたため、霊界によく似たものが、この世にもずいぶん出現しています。その一つがテレビです。テレビは、地球の裏側の出来事であっても、その映像を一瞬にして画面に映し出し、情報を伝えます。
テレビという箱型の機械を家のなかに置いてスイッチを入れると、イギリスの様子であろうとインドの様子であろうと、その映像が画面に映るのです。これは霊界と非常によく似ています。その意味で、この世は霊界にかなり追いついてきた面があると思います。
ただ、霊界には、地上と同じ意味での「空間」という概念がありません。なぜなら、霊界には「広がり」はあっても、地上的な尺度としての「距離」がないからです。
霊界では、何十キロ、何百キロも離れたところにいるように見えても、非常に親しい関係にあるなど、心の位置が近い者同士の場合には、思いを向けた瞬間、それが相手に通じます。テレビのスイッチを入れると映像が映るようい、すぐ相手に通じるため、距離があるようで、ないのと同じなのです。
反対に、すぐ近くにいる者同士であっても、お互いの心が離れていると、非常に遠くにいるように感じます。そのため、同一の空間の中にいても、お互いの存在にまったく気づかないまま通り過ぎてしまうことさえあります。
心の向いている方向が違うと、相手が視界に入らないので、そのまま進むとぶつかるほど近くを歩いていても、お互いにまったく気づかないのです。このように、霊界では、空間や距離の認識がこの世とはまったく違っており、あえていえば、テレビや電話などに近いのです。
電話では、特定の番号を押せば相手につながり、意識が通じます。また電話で話をしていると、相手と何百キロ離れていても、相手の守護霊や憑依霊が、一瞬のうちにこちらへ移動してくることさえあります。電話は非常に霊的なものなのです。
電話と同様、霊界では、思いが通じて相手を結びつけば、お互いが非常に近くにいるような状態になります。このように、「空間の概念がこの世とはかなり違う」ということが霊界の特徴の一つなのです。また、霊界では、時間の概念もこの世とはまったく違っています。これも霊界の特徴の一つです。
この世では、「現在は〇年〇日の〇時である」と特定することができます。そして、「時計で計る一時間という時間は、だれにとっても一時間である。一日はだれにとっても一日である」ということになっています。ところが、あの世では時間の概念がまったく違います。
あの世には事実上、共通の時計がなく、それぞれの人がばらばらの時間を生きているのです。これも、この世の間隔では非常に理解しにくいことです。しかし、あの世の感覚からは、この世の時計のほうが”うそ”に見えます。この世の時計的時間がないあの世から見ると、この世の時間は実時間ではなく虚時間、嘘の時間に見えるのです。
時間で計れる時間があり、だれもが共通の時間を持って、同じ時間帯に生きているということは、あの世の人には非常に不思議に感じられます。あの世にいると、「共通の時間などないのではないか」という感覚が非常に強いのです。
このように、この世とあの世では時間の感覚がまったく違うので、あの世の霊人と時間の話をするのは非常に難しく、話がまるで通じないこともあります。この世の時間は、過去から現在、現在から未来へと、川が流れるように一方向にのみ流れていきます。
この世界では、時計で計れる物理的時間を、だれもが「当然だ」と思い込んでいます。あの世において、この世の時間に相当するものがあるとすれば、それは意識の流れです。
「どちらが先で、どちらがあとか」という前後関係、「これが原因で、これが結果」という連鎖は、あの世にもあります。したがって、「こちらが先で、こちらがあと」「こちらが過去で、こちらが現在、あるいは未来」という連鎖は、ある程度、あの世でも分かります。しかし。それが確定しているかどうかは、いま一つ分かりません。あの世では、過去・現在・未来が一直線につながるのではなく、円環のようになって螺旋状に回っているため、それが過去の時間なのか未来の時間なのか、分からないところがあるのです。
たとえば、未来に向けて進んでいると思っていたのに、実は過去に向かっていたということもあります。そのように、霊界における時間は、円環状に回っています。この円環には小さなものから大きなものまであり、最も大きな円環になると、おそらく何百億年という時間が入っているでしょう。
そうした大きな円環のなかに、小さな円環がいくらでもあるのです。霊界における時間の円環、渦巻きのなかに入ると、この世とは違うかたちで時間が動いていくので、自分が未来を見ているのか過去を見ているのかが分からなくなります。未来から過去に遡っているように見えることもあります。
霊界の人びとは、このような時間のなかを生きています。霊界では、未来のビジョンだと思っても、実は過去のことだったりするので、霊界での経験は、現在ただいま起きていることなのか、それとも何百年か前に起きたことなのか、あるいは未来に起きることなのか確定するのが非常に難しいのです。
また、「これは確定的に起きることだ」と思っても、それが実は、ある霊人の心のなかで起きている現象にすぎない場合もあります。一人ひとりの心のなかでは、さまざまな想念が展開しています。
そして、霊界においては、だれかの心のなかにある想念を受けると、それを未来のビジョンだと思ってしまうことがあります。しかし、それは未来のビジョンではなく、単に、ある人が心のなかで考えていることにしかすぎないのです。
こうしたことは言葉では非常に説明しにくいのですが、はっきり言えるのは、「霊界では、過去・現在・未来が、洗濯機のなかの渦のように回っている」ということです。
しかも、その渦は一つではなく、さまざまな回り方の渦があり、それぞれの人がその渦のなかに入るかは個人の意識によって異なるため、確定できないのです。霊界における時間は、洗濯機のなかの水が回っているようなものであり、そこに小さな洗濯物を入れたとしても、その洗濯物が何分後にどこでどうなっているかを予想するのは、きわめて難しいものがあります。
霊界の時間は、「右側に行けば過去の世界、左側に行けば未来の世界」というような動き方をするので、霊界では時間の把握が非常に難しく、翻弄されることがよくあります。
ーーーーー〇ーーーーー〇ーーーーーーーーー〇ーーーーーーーー〇ーー
(私文:妻が熱を出しました)
先日、妻が熱を出しまして、近くの病院に行って、インフルエンザ・コロナかどうかの診察を、外に設置してあるテントで、車のなかで受けました。二時間位かかったと言っていましたが、中々大変だと思いました。本人も大変、看護婦さん医療従事者も大変です。妻は教育関係で働いているので、しっかりと検査を受けないと、子供たちにも迷惑をかけるというので、精神的にも大変そうでした。今はもう収まって、結局ただの風邪だったと思いますが、本当に、病人も医療従事者も、頑張っています。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。