大川隆法総裁先生 書籍・地獄の話 参照です。

 

そのように、ごく簡単なことなのです。ところが、この簡単なことが、仏教学や宗教学の泰斗(その道の大家)というか、大先輩というか、大先生といわれるような人が分かっていないのです。

 

仏教系の大学で、名誉教授になったり、学長になったりしているような人が、「人間は死んだら何もかも終わりだ。魂なんていうのは迷信だ。釈迦もそれを否定して、『体が壊れたら、それでなくなる』と言っている。仏教は唯物論なのだ」というようなことを言っています。

 

「仏教も末だな」と思います。ここまで来たら、もう最後の段階です。キリスト教にも、霊的なものをなかなか認めない部分がありますが、それは、教えている人が ”凡庸なサラリーマン” になってしまっているからそうなっているだけで、本来の宗教家であれば、霊的なものを感じないではいられないのです。

 

仏教でも、本職として住職をしているような人であっても、「死んだらどうなるか分かりません」などと言っています。

 

「魂はあるのですか」と訊かれたら、「分かりません」と言い、「死後、どこに行くのですか」と訊かれても、「分かりません」と言って、全部答えられずに、「仏教の大学や専門学校では、教授から『魂はない』と教わりました。『死んだら何もかもなくなる』と答案に書いて卒業し、僧侶の資格をもらいました」などと開き直るような人もいるのです。

 

これは、もう正反対です。完璧に引っ繰り返っています。こうゆう状況で、「新しい仏教を説き直してほしい」というニーズ、需要がないはずがありません。

 

現代の仏教は、極端なところまで来ていて間違っているので、これはもう許せません。やはり、古文・漢文の難しい言葉は横に置き、現代語でもって、きちんとした内容を人々に通じるように説明しなければならないでしょう。

 

「人間は霊的存在」という一点は、絶対に外してはならない

 

結局、悟りの原点の第一点として、「人間は霊的存在であると自覚する」ということです。これができた人は、「悟りの原点の第一歩を記した」と言うべきでしょう。

 

みなさんは、「このことを百パーセント確信できていますか」と訊かれたら、どうでしょうか。「五十パーセント以上、確信しています」という人もいれば、「六十パーセント」「八十パーセント」という人もいれば、「九十九パーセント確信していますが、残りの一パーセントは死んでからでないと分かりません」という人もいるかもしれません。

 

人によってそれぞれでしょうが、私は、「これが百パーセント事実である」ということを証明するために、三十年以上戦ってきたのです。その間、二千四百冊(2018年七月時点)もの本を出し、数多くの講演も行ってきました。

 

私の身近にいる人たちは、霊的な現象を数多く目撃しています。ですから、疑問の余地は、私自身にはまったくありませんし、私と接している人たちにもまったくありません。これが、悟りにおいて、いちばん大事なことであると思われます。

 

これを外し、仏教解釈として、「死んだら終わりだ」「釈迦は唯物論を説いたのだ」と言う専門家がいるのでしたら、言い方は悪くて申し訳ないのですが、「そういう人たちは、 ”詐欺師” である」と言えます。

 

そういう人たちには、「もう黙ってください。むしろ何もおっしゃらないほうが天国に行きやすいので、口を開かないでください。それを他の人に教えたら、あとが大変です。事実に反することを教え続けていたら、あの世へ行ったあと、大変なことになりますよ」と言いたいのです。

 

繰り返しますが、「人間は霊的存在である」ということを自覚すること、これが悟りの第一点です。

 

幸福の科学の精舎(参拝・研修施設)などで、いろいろな瞑想体験等をしているうちに、これを感じることもあります。あるいは、たまに、霊的なものの姿が視えたり、守護霊の声が聞こえたり、そのようなことを経験する人もいます。これは、絶対に外してはならない一点なのです。

 

いかなる有名な学者や仏教家が、「霊なんかない、あの世なんかない。死んだら終わりだ」といくら言ったとしても、それを絶対に信じてはいけません。これは、コインの表と裏のように、「どちらか一つ」「二社択一」であり、中間はないのです。

 

「霊はない」などと言っている学者等は、釈迦が説いた数多くの教えのなかから、唯物論的に解釈できるものを探し、そこだけを引っ張り出してつなぎ合わせ、そう言っているのですが、お経のなかには、釈迦が霊的なものの存在を認めている部分はたくさんあります。

 

お経を読めば、あちこちに載っているのです。釈迦は、神々、すなわち、当会で言う高級霊たちの存在も認めており、お経には数多くの神々が出てきます。一方、悪霊も出てきています。学者などは、悪魔について、「心の迷いか何かの象徴ではないか」と思い、現代的解釈を入れてしまうのですが、悪魔に関する部分は本当の話であり、その通りのことなのです。

 

これについて、私も釈迦と同じことを実体験しました。したがって、悟りの原点として大事なことの第一点は、「人間は霊的存在である」ということを自覚することです。

 

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(私文:ハッキンカイロの季節になりました)
私は、スーパーの鮮魚で働いています。長靴をはいて作業をするのですけれど、長靴って意外と冷たいのです。下がコンクリなので、足が冷えて、私の両足はすでにしもやけになっています。魚の活きの良さを保つために、できるかぎり暖房は控えています。お腹のところに、ハッキンカイロを入れておくと、とても暖かくて、寒さは感じなくていい感じで働くことができるのです。7~8時間持つので、冬場は私にとって必需品です。

 

最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。