大川隆法総裁先生 書籍・正しい供養 間違った供養 参照です。

 

これは、たとえ話で言えば、こういうことです。父親が多大な謝金を背負っていて、また息子は息子でまったく別に同じような借金を背負っているとしましょう。その借金を背負っている息子が父親の借金を返すことができるでしょうか。

 

こういう問題を提起してみると、「できない」というのが答えです。ところが、「事業に成功して大きなお金を持っている息子が、父親の借金を返すことができるか」という設問の場合には、「できる」ということになります。

 

これが先祖と子孫の関係であるわけです。「先祖が浮かばれていない」、「地獄で苦しんでいる」ということは、 ”借金” を背負っているのと一緒です。精神的な借金、この世で生きたときの借金を背負っているわけです。

 

その借金を払うために、子孫がそれを供養し、先祖を成仏させようとするとき、子孫が悪霊に憑かれるような滅茶苦茶な生活をしていた場合には、子孫もまた負債を背負っているわけです。借金を持っている者が、借金を持つ人の借金を、代わりに返すことはできないのです。

 

その借金を返すことができるためには、自分自身が蓄財をしておかねばならないのです。豊かであればこそ、他人の借金を払うことができるのです。この「豊かである」ということは何かと言うと、「今世において徳を積んでいる」ということなのです。

 

それは、仏法真理に基づいて日々の修行をしているということです。光の徳を積んでいるということ。光を蓄積していること。天の蔵に富をつんでいること。

 

それがあってこそ、苦しんでいる人に対して、その光を廻向することができるのです。光を手向けることができるわけです。これが、先祖を供養する場合の正しい考え方なのです。

 

ですから、先祖供養団体に対しても、ここのところをチェックしてください。ご先祖様にすべて任せてしまって、「ご先祖様が悪ければ自分は幸福になれない。ご先祖様がよければ自分は幸福になれる」というワンパターンの考えをしているところは、ことごとく間違いです。

 

先祖が迷っている場合の注意点 

 

先祖が迷っている場合、その原因は先祖自身にある 

 

愛と慈悲の心で先祖を供養したいという気持ちがみなさんにあること自体は、非常によいことなのですけれども、ただ、先祖が迷っているのは、決して子孫の責任ではないのです。これは原則ですから、よく知っておいていただきたいのです。

 

地獄に堕ちたのは、やはり、本人の生き方に問題があったのです。思いと行いに問題があって、地獄に堕ちているのです。この大前提は知っておいてください。

 

そうしないと、みなさんが一生懸命供養をしていても、先祖のほうは「自分が悪い」とは絶対に思わない人が多いのです。子孫のせいにしてきます。「立派な墓を建てないから、俺はこんなに苦しいのだ」「仏壇が安物だから、こんなに苦しいのだ」「位牌が悪い」「戒名をつけなかった」とか、いろいろなことを言うわけですが、これは言いがかりというものであって、そういうものによって救われることは実際にはないのです。まったくありません。

 

ですから、この前提のところを教えてあげる必要がどうしてもあります。「お墓が悪いからだ」とか、そんなことを言っていたのでは、要するに自分の責任は何もなくて、子孫だけの責任になります。そこで、「ときどき、懲らしめてやらないといけない」などと、バカなことを考えて出てきては、いわゆる、 ”障り” というものを起こす先祖がいるわけです。

 

とんでもない間違いです。「生きていたときの思いと行いに基づいて、天国・地獄が分かれるのであり、あなたが地獄に堕ちているのは、やはり、それだけの責任があったからですよ」ということを教えてあげることです。

 

冷たく感じるかもしれませんが、そうではないのです。これは愛なのです。

 

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(私文:暑い夏が終わり、秋が来てそして、寒い冬が来ます。)
だんだん涼しくなってきました。毎日、バイク通勤なので、天候には敏感です。雨の降りそうなときは合羽を持って、寒くなりそうだったらジャンバーーを持っていきます。今年は冬の来るのが早いと聞いていたので、10年ぶりに分厚いジャンバーを買いました。完全装備で行かなければ、寒い冬は駄目です。程よい緊張感、程よい疲労、程よいタイトな生活が年寄りには良いと思っているので、まだまだ、頑張っていきたいと思っています。

 

最後まで読よいんで頂いて、 本当にありがとうございました。