大川隆法総裁先生 書籍・発展思考 参照です。

 

今、一年にどれだけの人が亡くなられるのか、私も正確な数字は知りませんが、たとえば百万人の方が亡くなるとしたら、そのうちの五十万人以上は、間違いなく地獄といわれる世界に行くのです。

 

現に行っているのです。いきつつあるのです。みなさんがのんびり生活し、ゆっくりと個人の学習をしている間に、毎年毎年、何十万人もの方が地獄という世界に行っています。彼らのうちで、生きているときに真理を知っていた人は極めて稀です。

 

真理を知っていて、なおかつ間違った生き方をするのはなかなか難しいことです。しかし、知らないがゆえに間違った生き方をしている人が大部分なのです。知らずに犯す罪の重さは、非常に大きなものであるのです。

 

みなさんは地獄の世界というものを、昔の仏教か何かが、人びとを脅して、恐怖でもって教育するためにつくった思想のように思いがちですが、現にあるのです。仏教で言われている地獄が、そのまますべて存在しているのです。

 

私はそうした世界で苦しんでいる人たちを毎日見ているのです。毎日です。これが人間かと思います。哀れです。生きているときは同じようにネクタイをし、背広を着、そして、肩書もあり、収入もあった方がたです。

 

それが死んで、あの世に還って肉体がなくなると、心そのものがその人の存在となるために、悪いことばかりを考えてきた人は、残念ながら最も心の特徴に合った姿に変って生活しているのです。

 

たとえ今、この世において、どのように美しい顔だちをした女性であっても、その心が悪に染まり、間違った道を生きていたならば、表面をいかに取り繕っても、肉体がなくなった後は、その心がそのまま出てきます。

 

その美しい姿はたちまちにして、見るからに醜い姿へと変わっていきます。また逆に、たとえこの世では恵まれない容貌をした女性であっても、その心が信仰に満たされ、人びとへの愛に満ちて正しく生きていた人は、死んで後、だんだん本来の魂の生地が出て、その姿は神々しい光に満ちた美しい姿に変っていきます。

 

男性は女性の美醜を見るときに、この世的な表面ばかりを見てはいけません。その心を見なければなりません。それがその方の将来の姿を決するのです。

 

それは男性でも同様です。頭脳明晰で優秀な方、愛をもって、世のため人のためと思って人を指導している方は、死んだ後、優れた世界に還ります。私たちが神界と呼んでいる六次元世界に還ります。

 

この世界は、人びとを教えるような人物が行く世界です。人に教えられるような内容を持った方であって、心が清く正しかった方の行かれるところです。

 

ところが、同じく頭脳明晰で優秀であっても、その心を誤り、権力欲や自我欲のままに生き、容赦なく他人を引きずり下ろし、辛辣に人を批評し、いろいろな人を間違った道に導いた、政治的な指導者、学問的な指導者、経営者などという方は、地獄でも深いところに堕ちていきます。

 

無間地獄というところに堕ちているのです。人は死後、それぞれの心境に趣いたところにいきますが、これを視覚に訴えるようなかたちで説明するならば、真っ暗な世界で、深い沼のなかにつかっていたり、洞窟のなかで身動きのとれないような姿をとっている人がいます。

 

あるいは、真っ暗な砂漠のなかを歩けども歩けども、誰とも会わないというような世界を彷徨する人もいます。また、そうした孤独地獄的なところの他に、阿鼻叫喚地獄という非常に厳しいところもあります。心の休まるときなく責め苛まれる地獄です。

 

それはまたある意味において、自分を責めるという自責の念でもあります。多くの人びとを狂わせ、惑わしてきたその思いが、それだけの反作用を引き寄せているわけであります。そうした地獄もあります。

 

そしてまた、現代人に多く現れる地獄は、かつて畜生道とも動物界ともいわれた地獄であります。そこでは、動物の姿をした人間がたくさん生活しているのです。かつて人間だった老婆が大きな蛇の姿をとって、のたうちまわっている姿、そしてときどき地上に出てきては、生きている人間の首や腰に抱きついています。

 

過去、霊現象などで、蛇であるとか狐であるとか、いろいろな動物の霊が出されていますが、それらは本当の動物ではなく、実は人間の心がそのように変化しているのです。実際はそのように、最も特徴的な姿に変化しているのです。これが現代人の多くが間違って行く地獄です。

 

ではそれがなぜかというと、本当に人間らしい、人間としての心を見失って、動物のような生き方をしているからです。欲望のままに生きるような生き方は、動物の生き方と変わりません。そのために、そういう姿をとって反省の期間を迎えることになるのです。

 

私は、人間として同じく生きている人がこうした世界に行くことは、どうしても避けたいのです。百万人のうち五十万人以上がそういう世界に行くならば、それは危ないと、そういうふうになってはいけないと教えるのが人間として当然のことだと思うのです。

 

赤信号を渡ろうとしている人や、危険な崖から落ちそうな人がいるというのに、見て見ぬふりをするのは最悪であります。とうてい見過ごせないことです。しかしそういう人は、相当数存在しているのです。

 

そうした人が死んだ後、何十年、何百年と苦しまれるのです。その苦しみをなくすには、生きているうちに真理を知って、真理に基づいて生きることができるならば、そうした苦しみから逃れることができるのです。人間の尊厳とはそういうことではないでしょうか。

 

地獄というものは、罰や責め苦として与えられているのではなく、自分自身の心が起こしているもの、そのものであるのです。この地上は物質世界であるために、思いのとおりにはなりませんが、あの世ではそのとおりになってきます。そうした世界があるのです。

 

もし同じ人間としてこの日本に生きている、他の人びとの将来がそのようなものであるならば、私たちが、そこから救ってあげたいと思うのは当然です。これを疑うのは自由、しかし事実は事実。私は毎日見て実体験しているのです。疑う余地はゼロです。百パーセントそのとおりです。

 

ところが、もし現代の無神論者、あの世を知らず、魂も知らない人びとがそういう状態になったらどうなるのでしょうか。どうやったらそこから抜け出せますか。救えますか。

 

そこから抜け出すには、正しい道に入る以外にないのです。己の心を正し、神の方向に向かって精進する以外に道がないのです。しかし、そのルールを知らなかったらどうしようもありません。迷路のなかにいるのとまったく同じです。抜け出せないのです。

 

それゆえ、生きているうちに真理を学ぶということは、非常に大事なことであるのです。

 

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(私文:今ましてき20回以上の引っ越しをしてきた影響)

 

18歳に実家を出てから、27歳まで三回引っ越しして、29歳にアメリカに渡り、20回以上引っ越しを繰り返してきました。仕事とか広さとか家賃とかいろんな理由で引っ越してきました。48歳までは独身だったので、簡単に引っ越しが出来ました。すでに73歳になって、今は九州の奥さんの実家で暮らしていますが、どう考えても、ここの生活ももうすぐ終わるだろう?次はどこの行くのだろうと、つい考えてしまいます。私は、住んでいる場所の不満はなくて、なぜかいつも海の近くに住んでいるので、いつも70%~80%満足しています。でも習性として、次はどこに行くのだろうか?もうここで死んでいくのだろうか?何か、そんな気分になることがここの所よくあります。どうなるんでしょうか???


最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。