大川隆法総裁先生 書籍・地獄の方程式 参照です。
私は地獄という世界にいる人に数多く会って、話を聞いてきました。すべての人が苦しみのなかにあります。
それが自覚的であるかどうかは別として、少なくとも普通の人間から見たら、苦しみのなかにあります。闘争と破壊、執着と混乱、惑乱、嫉妬、羨望、戦いーそれも悪い戦いであって、自己欲のための闘い、醜い争いです。そうしたものに満ち満ちた世界です。
そして、どのような霊もみな、「自分がかわいい」という気持ちでやっているのです。自分がかわいいのに、自分が苦しんでいる。このギャップが埋められないので、ますます不満感が増大する。人のせいにし、環境のせいにする。自分がかわいいがゆえに、自分を苦しめている。
こんな、まったく正反対の現象が現実に起きているのです。この地獄霊たちのかわいそうなところは、みんな自分中心だということです。「俺が、俺が」「私が、私が」と言っています。
その自分を捨てさえすれば幸福になれるのに、捨てることができないのです。そして、その「自分」というのは、本当の意味での霊的な自己、仏の光を受けた自分、仏の光から岐れた自分ではなくて、三次元的な意識のなかで薫習され、飼いならされた自分なのです。
どこそこに生まれて、どんな家柄に生まれて、どんな教育を受けて、どんな就職をして、どんな地位について、どんな収入があって、どんな奥さんがあって・・・・・という、要するに、今世、赤ちゃんとして生まれ育った過程で得られた環境や、思想や教育や信条によってできてきた自分なのです。
この自分から離れられないのです。「私は大臣である。その私がこんな扱いを受けるのは納得がいかない」「私は大企業の社長である大企業の社長がここにいるのに、車が迎えに来ない」-こんなことを地獄で言っている人がいます。本当に恐るべきことです。
「私は総理大臣である。それなのに、なんだ、この扱いは。おかしいではないか。誰か来ないか。誰かいないか」と怒鳴っている方もいます。すべて自分中心で、何が本当に間違っているのかが、さっぱり分からないのです。
「社会も悪い。家族も悪い」と言って自分を反省できないタイプは危ない
死後、暗い世界に堕ちた人は、最初は、たいていの場合、「神も仏もあるものか」と仏神を恨みます。そして、「社会も悪い。政治も悪い。家族も悪い。何もかも悪い」と、盛んに言います。
その段階が一通り終わって、自分の責任を自覚し、「自分のどこが悪いか」というところにまで反省が及んでこないと、次の段階である救済には、なかなか入れません。そこで、本人の自覚を促すという意味で、地獄という苦しい世界があるのです。
地獄では、「暗い」「寒い」「厳しい」など、人間が「嫌だ」と思うものがすべて出てくるので、そこが地獄であるかどうかは、霊界知識があれば、かなり明確に判断できます。
あの世に還って、もし周囲が暗かったら、「天国も、今は夜なのかな」と思うかもしれませんが、天国に夜はないので、「いつまでも夜が明けない。妙に夜が長いな」と思う時には、そこは天国ではないのです。
また、「ずいぶん寒いな」と感じたり、「ずいぶん鬼に叩かれるな」「お腹が空いて、しかたがない」「体が自由に動かなくて苦しい」などと言う場合も、そこは天国でないと思って間違いありません。
「苦しさ」「寂しさ」「暗さ」「孤独」などを感じる場合には、天国ではないと考えてよいのです。
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(私文:料理の黄金比率について)
🌞料理には「黄金比率」というのがあります。いろいろなものがありますが、代表的なのは、出汁8 醤油1 みりん1というのがあります。煮物に使います。そのままだと野菜の煮物ですけど、出汁の割を5に変えれば親子丼、4に変えると天つゆになります。だし汁の数を変えることによって、数多くの料理が出来てしまいます。大変便利なもので、いつも同じ味の料理を作るときに必ず使います。以前にある板前さんが、そのだし汁8のところを、すっぽん出汁8にして作った料理は絶品でした。美味しかったです。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。