私は、現在73歳ですが、毎日、スーパーの鮮魚部で働いています。かつてはバリバリの板前として、頑張ってきたのに、今は、若い人の下で、言われたとおりに働いています。悔しかったり、プライドが傷ついたり、いじめのように感じることもあります。しかし、最近は、一人の若い人に「お刺身のやり方」を教える機会を頂きました。今までの私の総決算として、教わる人よりの私のほうが、エキサイテングしているかもしれません。やっぱりこんなことも、 ”感謝” ですよね。

 

大川隆法総裁先生 書籍・あなたの知らない地獄の話 参照です。

 

この世的には、社会的地位や年収、学歴など、いろいろな物差しがありますが、そういうものとかかわりなく、死後は、上(天国)にいくこともあれば下(地獄)に行くこともあります。

 

この世的な価値観と同じではないのです。平安時代ごろの地獄観は、「地獄の鬼が、亡者たちを追い回して食べたり、釜のなかへ投げ込んで油で煮たり、火で焼いたりする」というものでした。

 

現代では、外科医、看護師、検察官、裁判官、マスコミの人などのなかで悪人だった人たちが、鬼の代わりをしています。(もちろん、善人が多数ですが)。昔であれば、鬼が鉄棒で人の頭を潰すところを、今は、地獄の病院で、口の裂けた外科医がマスクの奥でニタッと笑い、 ”患者” をメスで切り刻んで殺すわけです。こういう悪い外科医がいます。

 

そして、殺された人は、「殺されては生き返り、また殺される」ということを繰り返しています。地獄の看護師もいます。生前、本当は愛の心もなく看護師をしていた人が、医者と一緒になって、患者を拉致・監禁しては殺したりしているのです。

 

検察官で悪人だった人は、亡者をしょっぴいてきて、いじめることを、生きがいにしています。警察官で悪人だった人も鬼の代わりをしています。「あの世には閻魔大王がいる」と言われていますが、あの世には裁判官もいて、黒い法衣を着ています。

 

しかも、天国の裁判官と地獄の裁判官がいます。彼らは人を裁くのが好きなのですが、生前、自分の良心に照らしたら、ほとんど間違った判決ばかりを下していた人は、地獄に行きます。そして、地獄で亡者たちを裁き、「こいつは八つ裂きじゃ」などと言って、判決文を書いているのです。

 

そのようなことをしている人もいます。この世的な偉さとはかかわりなく、あの世では両極端に分かれるのです。地獄の医者もいますが、天上界の医者もいます。同じ外科医でも、天国のほうの外科医になると、地獄から霊が上がってくるときに、霊体のなかの悪い部分を取り除いたりしています。

 

「この人は、心のこの部分が悪いため、幽体のこの部分が非常にひずんでいる。この部分を切除しなければならない」と言って、手術をしている医者もいるのです。それから、地獄から上がってきた人に一生懸命リハビリをさせている、天国の看護師もいます。

 

裁判官でも、天国の裁判官になると、「正しい人生観から見て、あなたの行くべき所は、ここだ」という分類をしている人もいます。このように、いろいろです。

 

堕ちたらどうなる❓ マスコミ人の場合

 

マスコミの人でも、生前、良心に従い、「悪を正して、世の中をよくしよう」と、本当に思っていた人は、天上界において、テレビや新聞で「天上界ニュース」を流したりしています。

 

地獄のやや上のほうには、「地獄新聞」を発行しているマスコミの人もいて、「今回、地獄に送られてきた人たち」というような記事を新聞に載せています。特に、地上界で有名だった人がきたときは、大きな見出し付きで、「今回、○○株式会社の社長が地獄へ来ました。みなさん、やっつけましょう」などという「地獄ニュース」を流しています。

 

そして、その人が、その後どうなったかについて、「人々の弾劾に遇って八つ裂きにされた」「火あぶりに遭った」「もう一つの地獄に堕ちた」などということを記事にして載せています。新聞をつくっている人は地獄にも天上界にもいるのです。

 

地獄は百パーセント存在する

 

私は、人間として同じく生きている人が、地獄に行くことは、どうしても避けたいのです。百万人のうちの五十万人以上が、そういう世界に行くのであるならば、「その生き方は危ない。地獄に堕ちてはいけない」と教えるのが、人間として当然のことだと思うのです。

 

赤信号を渡ろうとしている人や、危険な崖から落ちそうな人がいるというのに、見て見ぬふりをするのは最悪です。とうてい見過ごせないことです。しかし、現代においては、地獄に行く人は、大変な数に上っています。数多くの人々が、死んだあと、地獄で、何十年、何百年と苦しんでいるのです。

 

その苦しみに陥らないためには、生きているうちに真理を知り、真理に基づいて生きることです。それができれば、そうした苦しみに陥ることから逃れられるのです。人間の尊厳とは、そういうことではないでしょうか。地獄というものは、罰や責め苦として与えられているのではなく、自分自身の心がつくり出している世界です。

 

この地上は物質世界であるために、なかなか思ったとおりにはなりませんが、あの世では、思ったとおりになってきます。そうした世界があるのです。

 

もし、同じ人間としてこの日本に生きている他の人々の将来が、そのようなものであるならば、「そこから救ってあげたい」と思うのは当然のことでしょう。

 

私が述べていることを疑うのは自由です。しかし、「事実は事実」です。私は、毎日、それを見て実体験しているのです。疑う余地はゼロです。百パーセントそのとおりです。

 

ところが、もし、あの世も魂も知らない現代の無神論者たちが、そういう世界に行ったならば、どうなるのでしょうか。どうすれば、彼らを救えるのでしょうか。地獄から脱け出すには、正しい道に入る以外にありません。

 

己の心を正し、仏の方向に向かって精進する以外に道がないのです。しかし、そのルールを知らなかったら、どうしようもありません。迷路のなかにいるのとまったく同じです。脱け出せないのです。

それゆえ、「生きてるうちに真理を学ぶ」というのは非常に大事なことなのです。

 

最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。