昨日の朝、以前住んでいた、ロサンゼルスの友達から、テレビ電話がありました。こんなに離れているのに、ロサンゼルスの海が見えました。懐かしい風景が見えました。友達の顔も見ることができました。とても便利なものですね。しかし、しかし、顔を見ながら、話していましたが、何か、恥ずかしかったです。手紙とか、メールとか、ちょっと少し分からない部分があった方が、自分としては安心して、話すことができたかもしれない。こんな気持ちは、私だけでしょうか???
大川隆法総裁先生 書籍・悟りに到る道 参照です。
生前を映すスクリーン
やがて、お城もしくは役所のようなものが見えてきます。この霊界に入ってくるときは自分ひとりだったのに、そこには整理番号をもらって並んでいる大勢の仲間がいて、「お宅さんもですか」とか、「何してましたか」とか、「どうして死んだのですか」などと話しあっているのです。
ここで集められて、整理番号を渡されてゆくのです。そして、「これから先どうなるのだろうか」と、みんなで不安そうに相談しあったりします。お互いに相手の心のうちを見ながら、「いや、あんたさんは、善行を積まれたからきっと大丈夫でしょう」とか、「私はちょっと危ないのです。家内も知らなかったことがございまして」とか、「危ないかなあ」とか、そこで不安なことを先取りして、いろいろと言っているのです。やがて順番が来ると、ちょっとした広場のようなところへ出されます。
そこは近代的なところもあれば、非常に古いところもあります。ここの役所まできますと、あの世の天界からもいろいろな方が降りてきて、見にきたりしています。そして、当会の本に書いてあるように、広場のスクリーンのようなものに、生前のその人の生き方というのがサーッと映し出されるのです。
それで、裁判の傍聴をするような、あるいは陪審員のような感じで、いろいろと感心のある人が見にきたりすることがあるのです。それは、映画のようにもなります。歳をとった方ですと、鏡のようなものに映したりすることもあります。
いずれにしても、自分は八十年生きた、百二十年生きたと思っているかもしれませんが、不思議なことに、ほんの三十分か一時間程度の間に、その人の一生が全部映るのです。
本人が忘れていることまで、あらいざらい出てきます。そこで、まわりの人のさまざまな反応が出てきますし、その前で見ている自分自身が、「自分はいったいどんな生涯を送ったのか。自分は何者であるのか」ということを、徹底的に見せられるのです。
すべての人に、その人のほんとうの人生があらいざらい見えてしまいます。この世で生きている人間は、人の目はいくらでもごまかすこともできるので、それほどわからないのですが、あの世にいったときには全部公開されます。そのときに、自分自身とは何者であるかということを知らされるのです。
そこで、「こういうふうにならないように、早めに反省をしなさい」というのが、当会の反省の教えなのです。「生きているうちから反省を始めておけば、早いですよ」というのは、このことなのです。たいていの方は、悪いことも思っていますし、悪いこともしているので、自分の一生が映ってきたときに、ゾクッとくるわけです。
「嫌だな、ああ、もうすぐ、こんなことをするんだろうなあ」と思ったら、案の定そのシーンが出てきます。「嫌だなあ。あれだけは出したくないな」と思うものが出てくるのです。その後の反省のシーンが映ったら、ほんとうにありがたいです。自分が反省しているところが映ったらホッとしますし、まわりの人も、「ああ、感心なところがあるものだな」という感じになるのです。
ところが、そういうところが全然出てくることなく、「ああ、嫌なことをするな、するな、するな」と思っていると、その通りのことをして、「次、あれ、もしかして出るかな」と思ったら、その通り順番に出てくるわけです。これを見ているうちに、その人の表情がだんだん変わってきます。
それは合格発表のときに、「やった!」と言っている人と、シュンとして「落ちたかなあ」と言っている人がいるのと同じように、これが終わるころになると、だいたい自分でわかるのです。「どうだった」ということを、審問官のような方に聞かれるのですが、「だめでしょうね」とか、そういう話になるわけです。
そこで、いろいろなコースがあって、「あなたは一応、こういう予定になっているから、ここへおいでなさい。このコースを進みなさい」と道を示されます。ただ、これでもまだ、死んでまっすぐ井戸に落ちてゆくような人よりはましなのです。生前を反省するチャンスが与えられているだけ、まだましなのです。
自分という人間とは何かを知らされ、あなたはこういう人生を生きてきたということ、あなたの魂にとって、いちばん必要な学習は何だと思うかということを確認させられ、ここがいちばんの問題だということを教えられますから、それにふさわしいところに行って修行をしなさいということになります。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。