今日も朝から雨です。それもかなり激しく降っています。私は、仕事場まで原付バイクで通勤しているので、ばっちり、全身を雨合羽で固めて、ゴーグルをして15分間、慎重に運転していきます。特にマンホール、端の泥などに気をつけないとコケてしまうので、やばいです。一度コケて怪我をしたこともあったので、なおさら慎重になています。早く梅雨が開けて、夏にならないかな~~。行ってきます。
大川隆法総裁先生 書籍・心の挑戦 参照です。
足ることを知る生活
「反省が大事だ」と言いましたけれども、では、表面意識を澄ませて、潜在意識と同通していくために必要な心がけとしては、何があるのでしょうか。
私は、その心がけの一つが、実は、「足ることを知る」ということだと思います。人間は地上で生きていますと、どうしても、欲が募ってきます。あれもこれも手に入れたくなります。そして、自分が尊大になっていくことがあります。
そのときに、毎日毎日、「足ることを知る」ということを中心に自己反省をしてみるとよいと思います。
今日も生かされている自分。今日も、飢え死にすることもなかった。
また、どんなにいろいろなことがあったとしても、今日も一日があった。
地球が壊れてしまうこともなく、太陽がささないこともなく、食べ物に困ることもなく、今日も一日が終わった。
いろいろな苦しみや悩みもあったかもしれないけれども、今日の一日があった。昨日までの日もずーっと続いてきた。
また明日も、おそらくは一日が始まるであろうーー。
こうした、毎日をいただいていることに対して感謝をすることです。そして、何もかも高下駄を履いて臨むのではなくて、自分自身の現在の人生を愛することです。
他の人と比べたら満足がいかないところは当然あるでしょうけれども、あなたから見たら「羨ましい」と思っている他の人も、ほんとうはどうかわかりません。その人にはその人なりの苦しみがあります。
そしてまた、あなたが見て「あんなくだらない人生」と思っている人のなかにも、実は素晴らしい生き方があるかもしれません。それぞれの人がそれぞれの人生を生きている。自分自身の固有の人生を愛し、抱きしめること、それもまた「足ることを知る」ということなのです。
物質欲には限りがありません。金銭欲にも限りがありません。また、出世欲や名誉欲、異性欲、こんなものにも限りがありません。たとえば、夫婦相和し、そして子供をつくり、その家庭を大事にして何十年か生きていくこと、これも立派な、足ることを知った中道の道なのです。
しかし、足ることを知らずに、他の異性にのめり込んで、家庭を滅茶苦茶にする人が跡を絶ちません。そうなるものとは、わかっていながら、欲が抑えられなくて、家庭を滅茶苦茶にしていきます。
しかしながら、正常な夫婦のあいだで子供が生まれて、その子供を育てていくには、三十年という歳月が必要です。三十年間家庭が安定するということが非常に大事なことなのです。それが乱れたときには、子供の将来もまた滅茶苦茶になります。自分たちも、途中から人生が曲がり込んでいくこともあります。
そこで、家庭を崩壊させないために必要なことは、いったい何であるかというと、やはり、この「足ることを知る」生活だと思うのです。釈迦の時代には、妻帯さえ許されていないこともありました。
現代では、宗教家でも、宗教実践者でも、ほとんど結婚をしていますから、「現代的中道」は、昔よりは恵まれているものだと思います。家庭生活を持ってもよい。出家も在家も変わらずに、そのまま人間生活をして、尊い毎日を送ることが許されています。
それが堕落に到らないように、日々、感謝の気持ちでもって、ともに、妻のよいところを見、夫のよいところを見、そして子供たちを育んでいくなかに、幸福を見いだしていくことです。
妻にないような特色を持った女性ばかりを求めたり、夫にないような性質を持った男性ばかり求めるような心でもっては、ほんとうの幸福は開けてきません。この「足ることを知る」ということが、ほんとうは人生の最大の幸福を生むことでもあります。
ですから、家庭の幸福をしっかり守るということも、現代的「足ることを知る」生活であり、これもまた中道の道である、ということを知っていただきたいのです。
家庭をしっかりと守ることによって、その上に職業生活というものは成り立つのです。
職業のなかでも、確かに、他の人と同じようには、いかないかもしれません。自分が理想とする人のようには、いかないかもしれません。しかし、「自分としての今世の魂の修行とはいったい何であるか。宿題とは何であるか」ということをしっかりと見つめて、「私は、私の問題集の範囲のなかで最大限の努力をしよう」とすることです。
また、「来世には来世の魂修行があるであろう。今世はこういう環境に生まれついた。今世はこういう職業を選んで出ている。この職業を百八十度変えることはできないかもしれない。それならば、今世の修行のなかで最大限の収穫をあげよう」とすることです。
漁師の人が農業の人を羨んでも、しかたないことです。また、農家の人が漁師を羨んでも、しかたないことです。「今世はこの職業のなかで最高度の魂修行をしていこう」と心に決めていくなかにこそ、真実なる発展・繁栄があるわけなのです。
このような足ることを知る中道の生活をしていますと、いわゆる悪霊の侵入を防ぐことができます。心のなかに隙をつくらないことです。そうすれば、行きずまり悪霊の憑依を受けたり、また、間違った宗教に縁を持って邪霊の憑依を受けるようなことは、ありません。
また、たとえ先祖に迷っている人がいたとしても、子孫が調和した生活をしていれば、その子孫に取り憑くこともできないし、その調和した子孫の姿を見て、先祖もまた涙して反省することもあります。そのように、すべてがよくなっていくわけなのです。
まず、足ることを知る中道のなかにおいて、自分の心を守ることです。そして、次には、家庭のなかに調和の光を満たし、家庭のなかに魔や悪霊が入り込まないようにします。その隙はすべて欲から生まれてきます。
ですから、その諸欲を抑えて、その中なる道を家族としても歩んで行こう、そういう気持ちを持つことです。家庭のなかに魔を入れないこと。
それが、永遠に続いていく幸福なる道なのです。それはまた、日々の一つひとつを丁寧に踏みしめていく修行の道でもあると思います。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。