大川隆法総裁先生 書籍・永遠の法 参照です。
肉体の記憶
ほとんどの人は、あの世の世界に来ると一様にショックを受け、また、たいていは狼狽するのですが、そのうちに、あの世での生活に慣れてきます。そして、自分は肉体が亡くても生きていけることに気がついてきます。
二十日、三十日と、何も食べなくても死なないことや、何も飲まなくても生きていられることに驚きを感じるわけです。やがては、「地上の人びとに話しかけても、もはや相手には何も聞えないのだ」ということにも気がついてきます。そこで、「こうしたことを、いつまでもしていてはいけない」ということが分かってくるのです。
こうして、霊となった人間は新しい感覚を身につけていくようになります。新しいかんかくとは何でしょうか。それは霊的な感覚です。空中をさまようことができる。物体を通り抜けることもできる。長距離であっても瞬時に移動できる。まだ地上に思いが残っていて、「親戚のあの人に挨拶をしたい」「あの友人に会いたい」と思うと、その瞬間に霊体が何百キロでも移動してしまう。こうしたことに最初は新鮮な感激を覚えるのですが、やがてはこれが普通に感じられるようになってきます。
そして、小学校一年生と同じように、「新たな世界のなかで、自分はどう生きていかなければならないのか」と、世界観と自己認識のあり方を探求しはじめるようになります。一方、生前の記憶はだんだん薄れていくのですが、なかには、それが薄れないで、ますます強くなる霊もいます。
つまり、二種類の霊に分かれることになるのです。死後、この現象界をしばらく徘徊していた霊たちも、ほとんどの場合は、先に亡くなった友人や両親、あるいは守護霊などに導かれ、やがては四次元世界にある収容所に連れていかれます。そして、その収容所において、自分が地上に生きているときのことを反省させられるのです。
その時の反省の基準は、主として、「霊的な目から見ると、自分の人生はいかに間違っていたか」ということです。すなわち、肉体中心の生き方について、つくづく反省させられることになるのです。地上で肉体中心の生活をして、霊的に目覚めていなかった者は、反省の結果、四次元にある、いわゆる地獄という世界に、自らの選択判断によって赴き、そこでさらに厳しい試練を受けることになります。
しかし、霊的な生き方をしなかったとしても、それを「過ちであった」と素直に認め、悔い改めた者は、四次元のなかでも、精霊界という、調和された霊たちがいる世界へと行くことになります。このように、肉体を持っていたときの記憶を中心にして、その後の人生が分かれるのです。
これは、いわゆる閻魔大王が裁くのかといえば、そうではなく、自分自身の良心、善なる心、仏の子としての本性が、みずからを裁くのです。つまり、「まだまだ修行が足りない」と自分自身で思い、守護霊などと相談のうえ、地獄での修行をすることになるのです。
もっとも、地獄に長年いるうちに、そのことを忘れてしまい、「自分は厳しいことをさせられている」と思うようになるのですが・・・・。ただ、凶暴な人になると、そうした過程を経ることもなく、死ぬとすぐ真っ逆さまに地獄へ行く場合もなきにしもあらずです。こうした者たちは、地上の人間を惑わそうとして暴れます。
地上にも、暴力団員、ヤクザなどがいますが、これと同じ類であると思って間違いありません。
天使の活躍
現代のいわゆる常識人たちは、天使という存在について、なかなか信じることができないであろうと思います。たとえ敬虔なクリスチャンであっても、天使という存在に対して、頭では信じていても、実感としては、そう簡単には信じることができないはずです。
キリスト教では、「父と子の精霊」ということが言われています。クリスチャンたちにとっては、「父なる神」は分かる気がしても、また、「子なるキリスト」も分かるにしても、「精霊たち」になると、よく分からないようです。
また、天使や悪魔について、「それは『グリム童話』といった童話集などに出てくる存在であり、二十世紀の時代に天使や悪魔がいるとは思えない」と九割以上の人がそれを一笑に付すことになってしまいます。しかし、これは昔話ではないのです。
洋の東西を問わず、古今を通じて、天使的な存在と悪魔的存在についての話があります。それは文明国であっても発展途上国であっても同じです。なぜかといえば、現にそうした存在があるからです。
天使とは、一言で言えば高級霊の総称です。しかし、高級霊といっても、さまざまな段階があります。のちほど説明しますが、六次元光明界の上段階あたりから、天使といわれる存在がいるのです。いわゆる諸天善神です。その他、菩薩や如来の段階の人たちも天使と言われています。
天使のなかでも、地上を去ったばかりの人たちを救う天使というのは、いわゆる第一段階の天使です。この第一段階の天使は、法を説くことよりも、人間の魂の現実的な救済のために働いています。こうした天使は非常に数多くいます。
この世を去ってあの世に行ったばかりの人たちを導いたり、その人たちを収容して、さまざまな教育をしたりしている天使、すなわち第一段階の天使は、何億人もいるのです。
しかも、一人ひとりの思想や信条、宗教環境にあわせた天使が出てきて指導をします。キリスト教圏では、やはりキリスト系の天使たちが、そうした指導をしています。また、仏教見では、仏教系の諸菩薩が指導をしていることが非常に多いのです。
つまり、指導を受ける者が信じやすいような姿で出てくるのです。しかし、天使たちはあの世にだけ存在しているのではありません。彼らの多くは、数百年から千年ぐらいの周期で、地上に生まれ変わってきています。
なぜ彼らはそうしたことをするのでしょうか。地上での自分自身の魂修行という目的もあれば、地上を浄化するという目的もあります。しかし、それだけではなく、人間としての感覚を忘れないためにも、彼らはときおり地上に出てくるのです。
天使としてあの世にあまり長くいると、地上の人間の考え方、心の持ち方が理解できなくなってしまうので、天使たちがよりよき教育者となるためには、みずからも地上の感覚を身につける必要があるのです。そうした必要から、天使たちも地上に生まれてきます。
そして、地上的な感覚を身につけることによって、対機説法ができるようになり、より多くの人たちを導けるようになるのです。このように、地上を去った人間は最初に天使の活躍を感じます。
光まばゆい魂ーーそうした人たちが来ます。キリスト教系の人に対しては、羽の生えた天使のような姿で現れることもありますし、仏教系の人に対しては、お坊さんのような姿で現れることもあります。また、新道系の人に対しては、神主のような姿で現れることもあります。
どのような天使、高級霊であっても、その姿は光り輝いており、まばゆい後光がさしています。その姿を見て、それまで仏神を信じなかった人であっても、「仏様」「神様」と、あわてて手を合わせる格好をします。
それは、高級所霊、仏神の存在というものを、人間は本能的に信じているからなのです。
長くなりました。最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。完