大山倍達総裁は極真空手の創始者です。
その極真空手の組手ルールとして直接打撃制の極真ルールを提唱しました。
現代ではフルコンタクト空手ルールとも呼ばれ、より広く認知され、極真空手以外の空手家も実践しています。
また、極真ルールの影響でグローブ空手や総合空手等も生まれました。
その流れから現代のK-1やライジン等が生まれたと言っても過言ではないでしょう。
つまり大山総裁とは現代格闘技の神様のような存在と言えます。
その大山総裁の強さは主に空手バカ一代のイメージによって神秘化する人もいれば、その空手バカ一代の殆どがフィクションである事から、大山総裁の強さに懐疑的な人もいます。
私は大山総裁に関する資料や証言等による証拠を調べる能力も無ければ、興味もありません。
興味があるのは動画として残っている大山総裁の動きそのものです。
大山総裁の動きを直接分析する事の方が、大山総裁の強さを想像する事ができると私は考えています。
さて、先ずは大山総裁の基本稽古に於ける正拳中段突きを見てみましょう。
今の極真空手の選手(世界チャンピオン)の正拳中段突きと比べてみましょう。
パッと見た限り以下の違いがあります。
〈大山倍達総裁:チャンピオン〉
肘が伸び切らずに突いている:肘を伸ばして突いている
体軸が左右にズレている:体軸がズレていない
突きの際に顔が瞬間的に横を向く:終始真っすぐ向いて突いている
いかがでしょうか?
一切の先入観抜きに比較した際、どちらが“良い基本”に見えるでしょか?
おそらく殆どの人がチャンピオンの基本の方が良いと感じるのではないでしょうか?
今の時代、大山総裁の真似をして基本稽古をしたら、少なくとも白帯~色帯の間は注意される可能性が高いでしょう。
では実際のところ、大山総裁は基本が下手だったのでしょうか?
そのように考える人もいます。
「大山倍達はケンカは強いかも知れないが、型は下手くそだ!」
というような声を聞いた事があります。
私の見解は違います。
結論から言いましょう。
大山総裁の突きは武術的観点で見た際に究極とも言える突き方です。
なぜ究極か?
その理由を順を追って説明します。
1.腕の形
先述したように大山総裁の突きは、肘が伸び切らずに突いています。
この時の腕の形の利点を言語化するのは難しいのですが、強いて言うなら五重塔理論
手首と肘が、前から見ても横から見ても“やや曲がる形”にします。
その形にする事によって、手首・肘・型関節が微細なクッションとなりますが、トータル的には崩れなくなります。
逆に現在の極真空手の突きの多くは、拳と前腕の角度を揃えたり、肘を伸ばします。
これは骨を揃えた突き方です。
骨を揃える突き方も強いのですが、どこかを揃えると、どこかは脆くなる性質が人体にはあります。
五重塔で例えるなら、一部の柱だけを鉄骨で補強し絶対にぶれないようにするようなものです。
そのような事をしたら、かえって耐震性は低下するでしょう。
五重塔が数百年の間、地震でも崩れなかったのは現代でも未だに解明されていないそうですが、塔全体が適度に揺れる事で逆に衝撃が分散する柔構造だからという説が有力です。
この五重塔理論を人体の骨格に当てはめて考えると大山総裁の腕の形は理に適っている、のですが、五重塔も大山総裁の腕の形も本当にその説明が正しいのかは断言はできません。
しかし断言できる事があります。
「大山総裁の腕の形は強い」
論より証拠です。
以前、私と妻で腕相撲の実験をしました。
ちなみに私の体重は80キロ台、妻は40キロ台です。
当然、普通に勝負をしたのでは、男女の差、体重差で私の圧勝です。
そこで妻の腕を“大山総裁の腕の形”にして、私は普通に腕に力を入れて行いました。
結果は互角。
この男女差と体格差ではあり得ない現象です。
またこの時は座った状態のまま行ったので、下半身の技術は殆ど使えません。
合気的なベクトルずらし等も使っていません。
純粋(厳密には違いますが)に腕力勝負による腕相撲で互角だったのです。
ちなみに
「この腕の形を覚えたら腕相撲の大会で勝てる!」
と考える人がいるかもしれません。
しかし腕相撲のチャンピオンは既にその腕の形を使っています。
腕相撲は単純な腕力だけで勝てる競技ではありません。
勿論、技術が互角ならば筋力が勝る方が勝ちます。
技術と筋力、両方必要な事はどのスポーツでも同じ事です。
よって、むしろ腕相撲のチャンピオンから“腕の形”を学んだ方が良いという話になります。
話を戻しましょう。
「腕相撲で“大山総裁の腕の形”が優位だからと言って、それが実際の突きの強さにどう関係するんだ?」
と思う方もいるでしょう。
そこで次の秘密に移ります。
2.体当たり
誤解を恐れずに結論から述べると大山総裁の突きは体当たりの一種です。
「どこが体当たりなんだ?」
というツッコミは当然あるでしょう。
そこで先ずイメージしていただきた事はショルダータックル。
ショルダータックルとは文字通り肩をぶつけるタックルです。
相手と対峙した際に
「死なばもろともじゃ!」
という気持ちでショルダータックルをぶちかまそうとイメージをします。
可能であれば防具を装備して実際に実験してみましょう。
その際、そのショルダータックルに対して相手はどのように対処するでしょうか?
あるいは自分がショルダータックルを受ける立場であればどのように対処するでしょうか?
おそらく「受け止める」「後に下がる」「横に躱す」等でしょう。
しかしショルダータックルの直後に胸部中心に突きを放てばどうでしょうか?
胸部中心は人体で一番躱しづらい部分です。
故に拳銃の訓練でも胸部中心を狙うのが定石です。
動かしやすい顔への突きは躱される可能性がありますが、胸部への突きは頭部に比べて格段に当たりやすいのです。
ましてショルダータックルへの対処法を行っている最中に突きが放たれるのですから、より突きは当たりやすくなります。
この時の突きを“大山総裁の腕の形”にする事で、ショルダータックルのエネルギを拳に伝える事ができます。
しかし普通の突き方、あるいはパンチでは仮に当たっても、その衝突時の衝撃は肘や肩に逃げます。
それでは一撃必倒の威力に繋がりません。
あくまで“大山総裁の腕の形”にする事が条件なのです。
3.軸のブレと顔の向き
フルコンタクト空手ルールは安全の為に顔面への突きが禁止です。
しかし、いわゆるケンカ、厳密には昭和時代の日本でのケンカを想定した際、当然のことながら顔面への打撃攻防があります。
そして言うまでもなく、まともに顔に突きを受けると大怪我をします。
そこで、相手の突きの際も、自らが突きに行く際も、体軸をずらすのがセオリーです。
また、自分の顔を相手に対して正対し続けると顔に突きを受けるリスクが高くなります。
そこで、相手の突きの際も、自らが突きに行く際も、瞬間的に横を向く事で、自身の額から頭部上部を相手に向ける形となります。
その形は相手の突きに対しては防御の役割を果たすと同時に、相手の拳を壊せる事も期待できます。
拳よりも頭部の方が圧倒的に硬いからです。
また自らが突きに行く際も、間合いが近い際は頭突きとして機能します。
大山総裁の突きが失伝した理由
主に以上の理由から私は大山総裁の突きは究極だと主張しました。
勿論、この主張には反論はあるでしょうが、先ずは充分に防具を装備して実験して欲しいと思います。
この際、顔に拳を当てたら「やった!」「やられた!」という感覚ではなく、ショルダータックルや頭突きを含めてガチで戦う意識で行う事が重要です。
ただ、この実験はリスクがありますので、再三言うように充分に防具を装備して行う事が必須です。
ちなみに拳の防具は以前、浜井識安師範にお会いした際に頂いた「ドラグローブ」がオススメです。
さて、大山総裁の突きは究極だという私の主張が仮に正しいと仮定した際、
「それほど良い技術がなぜ今では誰もやっていないのか?」
という疑問も生まれます。
つまり大山総裁の突きが今は失伝状態である事を意味します。
その理由については以下の通りです。
1.極真ルールで使えない
顔面突き、ショルダータックル、頭突きは全て極真ルールでは反則です。
頭突きは殆どの格闘技で反則です。
故に組手で使えない技術は、大山総裁の突きに限らず、時間経過によってどんどん形骸化するのが自然の摂理です。
2.下手に見える
大山総裁存命時に、大山総裁の突きを直接批判できる人間はいないでしょう。
なんたって創始者ですから。
そして大山倍達伝説もあります。
パッと見下手だと感じても、
「誰にも真似できない大山総裁オリジナルの突き」
と脳内解決をはかるのではないでしょうか?
しかし大山総裁以外の人間が行うとパッと見下手なので、自分で気にして修正するか、他人から指摘されて修正されるでしょう。
また根拠のない私の仮説ですが、極真空手の対立関係にあった全日本空手道連盟(主に日本空手協会)の影響もあると思います。
格闘技的な強さに関する世間一般の価値観は、少なくとも空手バカ一代時代では極真空手に分があった事が予想されます。
本当にどちらかが強いかという話ではなく、あくまで世間一般の価値観の話です。
しかし基本や型に対する世間一般の価値観は、
「基本や型のうまさは全空連の空手が上、極真空手は下手」
だったと予想されます。
そこで人間の心理として、下手だと思われるのは面白くありません。
その為、極真空手の門下生は月日を重ねる毎に全空連の基本や型の上手さの価値観に反発しつつも、どこかで無意識的に寄せていったのではないかと思います。
その結果、冒頭で紹介した現代チャンピオンが行う“キレイな基本稽古”に変化していったのだと考察しました。
3.「ルールへの適応」と「守破離」を混合
例えば、
「正拳中段突き」
を習得しようとする際、真面目な人ほどフォームを気を付けます。
フォームを気を付ける事自体は大切な事です。
しかし武道や芸道では守破離という考え方があります。
守破離の守の段愛では基礎や基本を重視します。
破の段階では守で培った基本を応用します。
しかし、先述したように応用をしようにも、極真ルールでは基本の正拳中段突きはとても使いづらい。
その際、現在のボクシング寄りの突き方に変化させる必要があります。
ただ、この変化は“守破離の破”ではありません。
ルールへの適応という、守破離の概念とはまったく異なるベクトルの話です。
つまり極真ルールの守破離の守は、はじめからボクシング寄りの突き方なのです。
その辺りの話がごっちゃになりがちです。
本当の意味での「正拳中段突き」の守破離の守は現在の“キレイな正拳中段突き”
守破離の破は大山総裁式の“崩れた正拳中段突き”
守破離の離は“崩れた正拳中段突き”の本質を理解し、“正拳中段突きの形”に拘らなくなる領域
というのが私の考え方です。
しかし殆どの極真空手の門下生がそのような流れにならないのは、先述したように「ルールへの適応」と「守破離」を混合してしまった事によると思われます。
さて、以上の考察からの私に結論は
大山倍達総裁は本当に強かった!
です。
冒頭で語ったように資料や証言等を一切調べず、動画の動きのみを見て考察した上での私の結論です。
反論はあるかもしれませんが、一つ確かな事は
大山倍達総裁の正拳突きはケンカ(素手対素手)ではメチャクチャ効果的
だという事です。
と言う事は「大山総裁は強い」という単純なロジックになる訳です。
勿論、正拳突きだけを見て「大山倍達は強い」という結論を出した訳ではありません。
次回は「大山倍達総裁の下突き」について解説予定です。
乞うご期待!
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