織田信長は

何故、敦盛を謡ってから

桶狭間に行ったのか?

不思議に思ったことがある

調べてみると

正確には能ではなく

幸若舞(実物知りません)

源平合戦にて

熊谷実篤(この字だっけ)が

平氏の若い武将敦盛を討つことを

哀れに思いつつ

討ってしまう

後悔し、敦盛を供養し

実篤は僧侶になるという

謡である

信長のイメージが変わった

実際は、争うことは本質として

好まない人間だったのかも知れない