昨日の記事で、根本的な間違いがありました。
朝鮮戦争の戦後と書いてしまいましたが、
朝鮮戦争は、休戦しているだけで、終わってはいないんですよね。
休戦と終戦は違いますから。
休戦協定が結ばれて休戦はしていますが、
「戦争が終わった」
と言えるのは、戦争当事国の間で、平和条約が結ばれ、国交が回復した時です。
朝鮮戦争では、平和条約は結ばれておらず、
終わったとは言えません。
休戦協定は結ばれていますが、実は、韓国と北朝鮮の間では結ばれてはいないのです。
朝鮮戦争の休戦協定は、
北朝鮮、中国、国連軍(事実上は米軍)の間で結ばれ、
当時の韓国大統領李承晩は、協定を不服として調印式に参加していません。
直接の戦争当事国であるはずの韓国と北朝鮮の間には、
休戦協定は結ばれていないのです。
両者の頭越しに、
中国と国連軍(事実上は米軍)が協定を結び、
それに北朝鮮がおまけのようにくっついているという
なんとも変な形の休戦になっています。
韓国軍なんて、ほとんど役立たずでしたから、
協定に参加していなくても、別にどうということはないんですがね。
朝鮮戦争当時は、
北朝鮮のほうがはるかに豊かで、韓国は最貧国にランクされるほど貧しい国でした。
この事実は、桜井誠さんの『大嫌韓時代』によって知りました。
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重工業地帯を擁する豊かな北朝鮮とは違い、
大した産業のなかった韓国は、
その出発時点では「世界最貧国の一つ」として数えられていました。
この両国の明暗は朝鮮半島の極端な気候分割に起因するものです。
現在事実上の国境線になっている三十八度線あたりの山脈を境にして、
高地に位置する北部は
大陸性気候のため乾燥寒冷地が大半を占めており、
一方で低地に位置する南部は
比較的穏やかな日本の本州に似た気候となっています。
そのため、朝鮮半島を併合統治した大日本帝国は、
農作地に適していない半島北部を
重工業地帯として多くの発電所や工場を建設し、
半島南部を農業生産地としたのです。
南北朝鮮の独立後、北朝鮮は
大日本帝国が残したインフラを最大限活用して
工業製品の輸出によって外貨を稼ぎ、(現在の状況からは信じられませんが)
経済規模で韓国を圧倒していたのです。
農業や軽工業が主要産業であった韓国は、
1950年6月25日から始まった朝鮮戦争(1953年7月27日休戦)によって、
僅かに残っていた工場を焼き払われ、
農業も戦乱で壊滅状態になり、
国民生活は最低水準にまで追い込まれました。
韓国は1965年6月22日に締結された日韓基本条約で
多額(有償無償合わせて約8億ドル。この金額は当時の韓国の国家予算の倍にあたる)
の経済援助を日本から受け、
いわゆる「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を成し遂げるまで、
長年に渡って世界最貧国の地位に甘んじていたのでした。
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『大嫌韓時代』桜井誠 青林堂 から抜粋して引用。
『大嫌韓時代』を読むまで、
北朝鮮のほうが豊かだった、
「漢江の奇跡」まで韓国は最貧国だった、
という事実を知らなかったので、
この本を読んだときは、驚きました。
もともと最貧国で、貧しく、戦争で国土が荒廃したため、
韓国人が日本に渡らざるをえなかったのは、やむをえないことだった。
と、お花畑の人は思うかもしれませんが、
そんなことは理由になりません。
この当時の日本は、高度経済成長前ですから、
まだまだ貧しい国でした。
行くなら、日本よりはるかに豊かなアメリカに行けよ、という話です。
それに、戦争で国土が荒廃したなら、
荒廃した祖国を立て直すため、
祖国に留まって復興に尽くすのが、国民の責務のはずです。
日本だって、空襲で国土を焼き尽くされましたが、
日本人は、国を捨てて出て行くことはなく、
復興のために、国を挙げて頑張ったのです。
危機のときこそ、祖国に留まって祖国のために尽くすべきです。
それをしようとしなかった韓国人(韓国から出て行った者たち)は、
クズだと言われても仕方ないですね。
もう1つ、
漢江の奇跡以前は、”韓国では食えないから”出て行く、
というのは、一応理由として成り立ちましたが、
韓国が高度成長し始めて以降は、
どんな申し開きも通じません。
豊かになったのだから、出て行くのはおかしい、
経済建設に邁進している祖国に貢献するため、
出て行った者たちも、
輝かしい祖国の経済成長に一役買うために、帰国すべき、
ですよね。
貧しかった祖国が、経済成長し始めた、
よし、俺も祖国のために、何か役に立ちたい、
と思うのが、普通の国の国民でしょう。
鮮人というのは、こういう普通の考えを持たない、
異常な連中だということになりますね。
普通でないなら、異常と言うしかありません。
次、というか、こちらが本題ですが、
福島県いわき市の取り組みを紹介します。
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地域防災リーダーに自衛隊OB
いわき市は、
大きな被害を受けた5年前の震災を教訓に、
災害が起きた時
市内に住む自衛官のOBなどに
地域の防災リーダーとして活躍してもらう取り組みを始めました。
いわき市は、
震災を教訓に
地域の防災力を高める取り組みの一環として、
自衛官OBなどで作る団体、福島県隊友会いわき方部会と
災害時の協力協定を結ぶことになりました。
30日は会の代表の大竹峯二協議会長が
いわき市役所を訪れ、清水敏男市長と協定書を取り交わしました。
この会は、
いわき市に住む自衛官OBと予備自衛官の73人が会員で、
協定には、会員が
▼市や地域が行う防災訓練などの取り組みに積極的に参加することや、
▼災害時には被害状況を市に報告し、食料や水の供給、避難所の運営を支援すること
などが盛り込まれています。
いわき市では、
昨年度から市民を地域防災を担う「防災士」として養成するなど
住民主体の防災力の向上に取り組んでいて、今回の協定もその一環だということです。
いわき市の清水市長は
「隊友会のみなさんが地域の防災リーダーになってくれることを期待したい」
と話していました。
県隊友会いわき方部会の大竹協議会長は
「我々は生まれも育ちもいわきなので、
これまで培った教育や訓練を生かして地域の皆さんと一緒に取り組んで行きたい」
と話していました。
06月30日 12時05分
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http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6053584431.htmlから引用。
隊友会という組織があることを始めて知りました。
隊友会という名前からして、
自衛隊OBしか入れないのか、と思いましたが、
そうではありませんでした。
隊友会のHPの入会資格には、
・自衛隊退職者(事務官等含む)及び
予備自衛官補で採用された方で入会を希望される方。(正会員)
・法人・個人で入会を希望される方。(特別会員)
とあります。
予備自衛官補も入れますし、普通の個人でも入れるのです。
このニュースは、テレビでもやっていました(福島県のみのローカルニュース)。
テレビを見て私は、
「これは、活用の仕方によっては、面白いことになりそうだ」
と思いました。
『余命三年時事日記』で、
余命さんに対して、
自警団情報の収集と掲載、
組織立ち上げのための指導・旗振りを乞うコメントがありました。
それに対して、余命さんは、
消防団や防犯協会などに在日が入り込んでいるから危険だ、として、
予備自衛官補に応募することを勧めています。
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「国民保護法では
国民の協力を求め消防団や水防団、防災協会や防犯協会、
町内会や自治会をはじめとした
自主防災組織(自主防犯組織)の活躍が期待されている」
とありますが、その実態は超危険です。
調べてみるとそのほとんどが通名在日で汚染されています。
自主防災組織その他、みなボランティアですが
防災、防犯のほぼすべてに、
タクシー関係、パチンコ関係の在日が通名で入り込んでいます。
たとえば警察には
防犯協会とか交通安全協会というような民間組織があるが、
その中身はというと、
防犯協会はパチンコ屋、
交通安全協会はタクシー会社というように、
ほとんどが在日に汚染されている。
そういう状況の中での在日対策の組織作りは危険きわまりない。
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↓
http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2016/03/15/516-2016%E5%B9%B43%E6%9C%8815%E6%97%A5%E6%99%82%E4%BA%8B/
から抜粋して引用。
消防団、水防団、防災協会、防犯協会、町内会、自治会
を活用して、在日蜂起に備えることができれば、いいのですが、
その肝心の組織に、在日が入り込んでいるのでは、
せっかくの構想も絵に描いた餅です。
予備自衛官補に応募すれば?
と余命さんは言いますが、
若くなければ入れないでしょう。
若すぎても入れないですし。
そこで、隊友会の活用、というアイディアが浮かんだのです。
年を取っていても、国のために働きたい人はいるでしょうし、
中高生でも、そういう人はいるでしょう。
そういう人たちは、主力にはなれなくても、
やれることはあるでしょう。
幕末の会津藩では、藩士を年齢別に分けていて、
その構成で、戊辰戦争を戦いました。
18歳から35歳が朱雀隊。
これが主力。
36歳から49歳が青龍隊。
朱雀隊に次ぐ正規軍の中核でした。
50歳以上が玄武隊。
予備の部隊でしたが、いくつかの戦いで奮戦しています。
16歳、17歳が白虎隊。
戦闘には投入されない予定だったようですが、
前線に投入され、それなりに戦果を挙げています。
この4つ以外にも、部隊はたくさんありますが、それは割愛します。

白虎隊といえば、自刃の悲劇で有名ですね
http://blogs.yahoo.co.jp/mamazo1206jp/25851989.htmlより転載
中高生で隊友会に入るというのは、現実的ではありません。
(卒業後に自衛隊に入隊するか、予備自衛官補になったほうがいいでしょう)
ですが、予備自衛官補に応募したくても、自分は年を取り過ぎて無理、
という人の場合、
隊友会に入って、それなりの仕事をやらせてもらう、
というのは、なかなかいいアイディアではないかな、
と思ったのです。
会津藩に例えるなら、
自衛隊、予備自衛官、予備自衛官補は、朱雀隊、
隊友会は、青龍隊および玄武隊、
というわけです。
隊友会のHPを見ると、実際に何かの仕事をやる
という感じではなさそうですが、
予備自衛官補が活用の仕方次第で、かなりの戦力になりうるのと同様、
活用の仕方しだいで、どうにでもなると思います。
自衛隊の最高司令官は、総理大臣ですから、
直接、隊友会に口出しはできなくとも、
影響力を行使して、会のありようを変えていくことは、可能だと思います。
いわき市と隊友会いわき方部会が協定を結んだのも、
実は、そういう動きである可能性もなくはないと思います。
消防団や防犯協会などが、あてにならない以上、
隊友会を活用するのは、よい方法ではないかと思うのです。
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