私たちはどこから来て、
どこへ向かって流れているのか。
懸命に息をして、
愛して、
たましいを震わせて、
存在しているかと問うてみる。
いのちの源から流れ出て、
ふたたび帰る旅路の途中で、
目に映ったもの、
耳に聴いたもの、
肌で感じたもの、
心を揺さぶったもの。
それらが私をかたちづくる。
いとしい。
もろくて壊れやすいかたちをまとい、
損なわれながらもいのちを燃やすものたち。
その営み。
私たちは忘却しながら生きる。
一瞬一瞬のすべてを覚えていることはできない。
(忘却はまた、救いでもあるだろう)
そして、かたちが風に削られて失われても、
なお残るものについて思いを馳せてみる。
見えざる記憶の貯蔵庫で、
それらは一片も失われることなく生きる。
輝きの中で、
かたちは優しくほどかれていくけれども、
いのちの営みは続いていく。
結ばれ、ほどかれていく幾億のいのち。
幾億の彼らは生きた。
幾億の彼らは懸命にいのちを燃やした。
かたちの中に宿る、
美しい火のことを思う日だ。
連綿と続く火のことを。
祈るように、
捧げるように、
私たちはその火を宿して生きている。