軍事ジャーナル(10月28日号)

サウジアラビアの皇太子が死去した。サウジは日本から遠い中東に位置するが、日本を含めた世界全体にとって極めて重要な国である。第1の理由は言うまでもなく世界最大の産油国である事。
 日本も大量の原油を買っているが、最も安価な原油を大量に供給できる国であるから、もしこの国が原油の供給を停止するようなことがあれば、世界の原油価格は暴騰して世界経済が大不況に陥る事は必定である。
 第2の理由はスエズ運河である。サウジとエジプトの間を通るこの運河は欧州とアジアを結ぶ海上輸送路の首根っこに当たる。もしこの運河が閉鎖されればこれまた世界経済が大混乱に陥る事必至なのである。
 第3の理由はイスラム教の聖地メッカとメジナがこの国にある事。世界中のイスラム教徒は毎日この聖地に向かって土下座している。そして毎年巡礼にやってくる。イスラム教は教義上国境を認めないから、この聖地があるサウジアラビアは世界イスラム帝国の観点からは首都の位置付けになる。ちなみにアラビア語は世界中のイスラム教徒の共通語であるが、この地域のアラビア語が標準語となっている。
 1990年、イラクのサダム・フセインはクウェートに侵攻したが、最終的な狙いはサウジアラビアだったとされる。サウジを手に入れれば原油価格を支配し、欧亜の貿易を支配し世界中のイスラム教徒に号令できるのである。
 そのサウジの皇太子スルタンが22日、86歳で死んだ。現国王アブドラは87歳。年齢を見れば分かるように彼らはいまだに兄弟相続をしている。初代国王(1953死)が200もの部族の酋長の娘と次々と政略結婚を繰り返して出来たのが今のサウジアラビアだ。その間に生まれた数百人の王子達に等しく王位継承権がある。

まさにアラビアンナイトさながらの世界が21世紀に存在している。サウジアラビアには憲法も議会も国政選挙も言論の自由もない。地方議会は認められていると言うが各部族の自治が認められているに過ぎず民主主義には程遠い。法律はと言えばコーランに基づくイスラム法があるだけ。日本でいえば御成敗式目をそのまま現行法として適用しているようなものである。
 民主主義の御本尊である米英はこの国を戦略的な要衝であるが故に保護してきた。民主主義の推進国が最も非民主的な国を保護しているのだ。英国民はこうした偽善に耐えられるようだが、米国民はさすがに耐えられなくなった。
 米大統領のオバマは、大統領に就任した時にホワイトハウスに飾ってあったチャーチルの胸像を英国に送り返した。チャーチルは英国の首相で米英同盟の生みの親だが、同時に現在の中東の秩序はサウジを含めてチャーチルが作ったものだ。
 オバマは中東の非民主性に辟易し、英国から貰ったチャーチルの胸像を返す事で中東の民主化の意思を明確にしたと言われる。果たして米英の協力者であったエジプトのムバラクもリビアのカダフィーも除去された。次はシリアと言われるがここはフランスの勢力範囲であり米国の一存ではどうにもならない。
 となると米軍の駐留するサウジアラビアこそ次の民主化のターゲットにならざるを得ない。だがエジプトやリビアを見れば明らかなように、オバマの民主化とは単に独裁政権を崩壊させ混乱と無秩序を現出させる事でしかない。
 世界の戦略的要衝を混乱と無秩序に陥れる?恐らく黒人のオバマ大統領の心の底には、白人による世界支配に対する憎悪がわだかまっているのではないか。もしオバマが来年大統領に再選されればサウジアラビアは崩壊の道を歩むことになるだろう。