『1行物語 第1章 月神アリウスト夜祭』【ムスペル】 | メモ用紙に走り書き。

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『1行物語 第1章 月神アリウスト夜祭』



【 ムスペル 】

一方、バルドは長老と村の老人達が集まっているテントの中で、ある話を聞いていた。室内は薄暗く、煙草の白い煙が漂っている。

バルドは一通り長老の話を聞くと、眉をしかめて深く溜息を吐き、こう言った。

「すると、やはり隣国のムスペルが動き始めた・・・ということなのですね。」

村長も眉間にしわを寄せ、神妙な面持ちで答えた。

「どうやら、そのようですじゃ。今まで見かけなかったムスペルの精霊たちを、最近よく見かけておりますゆえ。」

ムスペルは、バルド達の住んでいる国、ニヴルの南方に位置し、俗に炎の帝国と呼ばれている。気候は暖かく鉄鋼が採れる為、貿易が盛んで軍事力も高い。

ニヴルはかつて、ムスペルと戦争を起こしたのだが、無残にも敗れてしまい、国の生産力の要であった多くの土地を半分以上も奪われてしまった。そして今でも、ムスペルの領土拡大のための労働源として不当な扱いを受けている。

現在は、もっと豊富な資源をもつ近隣の国を攻めようと、さらなる戦力を集めているとの噂もある。

「ムスペルと我が国はあの戦以来、火種が消えた事などありませぬ・・・。また何かよからぬ事が起きようとしているのではなかろうかと・・・。」

バルドはその話を聞きながら、昨夜見た夢を思い出していた。

『やはり、あの夢はムスペルと関係があるのだな・・・』

「精霊たちは敏感ですからな。常に雪に覆われたこの国に、ムスペルで生まれた精霊たちがやってくることはまずありませぬ。」

「確かに。」

バルドは煙草の煙をフゥと細く吐き出し、あごひげを撫でながら答えた。

次の瞬間、バルドはフッと視線を扉の方へ向けた。

「バルド殿。どうかなされましたかな?」

長老が気づき、尋ねた。

「いえ・・・なんでもありません。」

バルドには分かっていた。扉の向こうから、何者かの殺気を感じる。しかもそれは戦いの中に身を投じた者だけしか感じることのできない程の、訓練され押さえつけられた殺気。

バルドは煙草を消し、ゆっくりと立ち上がり、礼を述べた。

「長老。貴重なお話をありがとうございます。国王にもその話をお伝えしたいと思います。」

「うむ。よろしく頼みましたぞ。」

 長老たちのテントから出てきたバルドの姿を捉える四つの眼。互いに無言で合図をする。

バルドもまたそれを察し、マントの下に隠してある腰の剣の柄にそっと触れながら、祭りで行き交う人ごみの中へと滑りこんだ。

(続く)