俺が細々と小説を書くブログ

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 *

 彼らの抱擁を見て、青い髪の少年はうるうると目に涙を溜めていた。私も彼と同じようにこみ上げる涙を堪える。
 「……ヒノたん?」
 小声で話しかけてくる赤い目のドッペルゲンガー。彼女は不安そうにもじもじと、抱き合う彼らを見つめていた。
 「何ですか? 微妙な顔しちゃって」
 「よかったねぇ。恭司くんがちょこっと感情を出せるようになってきたみたい」
 「そうですね。この件で得たものは大きいです……」
 「でも、今度は夏帆たんがまずそうなの。見てよあの顔」
 言われるまま、白い制服を着た少女へと目を向けた。
 その幼げな双眸は幸せそうに涙を流している――自分の瞳から光が消えかけているとも知らずに。
 「あれってさ、あの時の恭司くんと同じ目付きだよね?」
 「え、えぇ……」
 「夏帆たん、どうしたんだろう?」
 「私には分かりません……夏帆さんの記憶を覗いてみてはどうでしょう?」
 「あー、何か分かるかもしれないね。それじゃあ記憶を覗きに行ってくるよ。何度やっても気が引ける事だけど」
 メディシンの体から光が迸る。黒いマントがばさばさと幾度か揺れ、その体は光の渦に呑み込まれるように消えた。
 「あれ、メディシンちゃんはどしたの?」
 「急用です」
 「急用ねぇ。ドッペルゲンガーも結構忙しいんだな」
 「ええ、メディシンはそれなりに忙しそうです」
 「そうか……それじゃ、私もそろそろ現実に戻るよ。あの二人の邪魔をしてるみたいで居心地悪いからな」
 「分かりました。さようなら、古城さん」
 「じゃあな、ヒノビウスちゃん」
 古城さんは片足のつま先で地を叩き、離脱していった。
 満たされた表情で涙を流す青年。微笑みながら聖母のように青年を抱く暗い目付きの少女。
 メディシンが戻ってくるまで待つか、それとも後を追うか暫し迷う。
 「ヒノビウスさん?」
 少年の高めの声が耳に入ってきた。たしか、古城さんと行動を共にしている〝クリフト〟という名前のドッペルゲンガーだったはず。
 「何です?」
 「メディシンの用事って、もしかして夏帆さん絡みですか?」 
 「ええ、そうですが……」
 「断言しますけど、夏帆さんの状態はヤバイです。恭司さんほど酷くはないにしろ、近いうちにツールの暴走を起こすでしょう」
 「……本当ですか?」
 「ええ、本当ですよ。オレは人の心を読めるんです。夏帆さんの今の精神はすごく不安定で……とにかく、メディシンの後を追いましょう。今すぐに」
 そう言って、青い髪の少年は光に包まれて消えていった。
 間髪を入れずに私も後を追う。
 恭司さんは幸運だった。何故ならば、ツールの暴走を乗り越えた先に待つのが安息とは限らないからだ。
 ツールに精神を歪められ、永い地獄を味わう事になった人が数人居た。暴走によって大切なものを失った人は数え切れないほどだった。
 夏帆さんのツールが暴走してしまう前に、その原因を取り除く必要がある。
 普段は使用する事の無い、非常用のツールを用いて。
 
 

 がしゃんと音を立てて、彼は地に足を着けた。そして僕らの方へとゆっくり歩み寄ってくる。
 その刺すような黒い眼は恭司くんのものだ。決してあの怪物のものではない、はず。
 「平沢……」
 久しぶりに聞く低い声。それは僕の心を強く震わせた。
 「恭司くん、だよね?」
 「ああ」
 思わず、目から涙が幾つか零れた。頬を伝う生暖かい感触。
 「……僕、心配したんだから」
 「悪かった。勝手に居なくなったりして」
 「それもあるけどさ……覚えてる? 恭司くんの体がツールに乗っ取られて……」
 「ツール?」
 彼は意味も分からなさそうに言った。それを見て、灰色の髪の少女は苦笑する。
 「おいおい、そりゃねぇだろ恭司ちゃん」
 「……誰だ?」
 「私は古城 陸。古い城で古城、陸戦の陸。あんたと同じ高校の同じクラスなんだけど、話すのはこれが初めてかな?」
 「そういえば、聞いた事があるような名前だな」
 「恭司ちゃんよ、とりあえず自分の体を見てみな。その格好は何だい?」
 「……服が鉄っぽくなってる。何だこれ」
 「あんたのツールが暴走したんだよ。だから五人がかりで鎮圧したんだ。危うく怪我人がでる所だったんだぞ」
 「そうなのか……その、悪かった」
 恭司くんは真剣な声音で謝罪を口にした。
 彼は悪くない。きっと、他のみんなもそう思っているはずだ。
 「ま、あんたも辛い人生を送ってたわけだろ? なら私の仲間だよ。責める理由はない。そう思うだろ? クリフトも」
 「そうですよね。オレは正直冷や汗が出ましたけど……」
 「私も怖かったですよ。でも、この中に深く傷付いた人間は一人も居ません。むしろ彼の心の歪みが消えつつあるようです。それだけで十分ですね」
 「ぼくはチマチマ支援しただけだけど、まぁ役に立てて光栄かな。恭司たんはそこまで悪くないし、はやく元気出してほしいよう」
 「僕もそう思う。えへへ、恭司くんが無事でよかった……」
 「……ありがとう、な」
 目を細めて笑む彼の顔には、色濃い安堵が滲んでいた。人間らしい表情だ。
 今まで心の休まる事すらなかったであろう、心が壊れかけた魔剣使い。彼はやっと安らぎを得ることができたのかもしれない。
 僕はまだ少し泣いたまま、恭司くんを腕の中に抱きしめた。少しびくっと震えた彼の体から、すぐに力が抜けるのを感じた。
 しばらくこうしていよう。僕と、彼の涙が止まるまで。

 ――――。
 気が付けば、僕は校庭で眠ってしまっていた。
 まぶしい太陽の光と薄水色の空が視界いっぱいに広がっている。草のそよぐ音がする。
 全身の疲れに身を委ね、また眠りそうになってしまう。
 直後、僕の顔を覗き込む四人分の視線。ざわざわと話し声。
 「平沢さん……!」
 「おー、やっとお目覚めかな」
 「……大丈夫、か?」
 「大丈夫ですか!」
 メディシンとヒノビウス。それから見知らぬ人が二人。
 頭の中で色々な事が駆け巡ったけれど。
 「……ありがとう」
 僕の口から漏れたのは、その一言だけだった。


 *


 長い間眠っていたような感覚がする。
 視界に映る照明器具から、ここは自室なのだと悟る。
 三日ほども寝てしまったような不安定な時間の感覚。
 頭に装着されていたヘッドホンを外し、息を吐いた。
 俺は先程まで『Doppel』の中に居たのか。しかし、ほとんど記憶がない。
 なんだか体の調子が大分良くなった。頭もすっきりとしている。これなら人と話せそうだ。
 ……『Doppel』を聴き、夏帆を探してみよう。きっと心配をかけてしまっただろう。無言であいつの前から姿を消したのだから当然だ。
 いつものようにヘッドホンを装着し、再生ボタンを押した。意識が別世界へと飛び立つ。

 『Doppel』の世界に着いた時の、特有の浮遊感が体を覆う。
 あいつは何処に居るだろう。自分の家か、かつて精神鍛錬を行った学校か、きっとその二択だ。虱潰しに見回るしかない。
 俺は自室の窓に手をかけようとして、気付く。色彩があまり歪んでいない。
 たしかヒノビウスが言っていた。心の歪みを無くせば、『Doppel』内の景色が現実のそれと変わらなくなると。
 しかし目を凝らすとまだ異常がある。窓ガラスは黒っぽく、寝具は緑がかかっている。まだ俺は立ち直れていないのか。
 ともかく、今は夏帆を探そう。早く会って謝らなければ。
 俺は窓を開き、ベランダから空へ飛び立った。


 *


 僕ら五人は円になり、地面に座っていた。
 ドッペルゲンガーの二人と、僕と、それから見知らぬ二人の姿。
 片方は目付きの悪い女の子。もう片方は小学生ぐらいの男の子。
 彼らは誰なのだろう。僕が眠っている間に、何があったのかさえ分からない。
 「あの、あなたの名前は?」
 「私は古城。それと、この小さい男は私のドッペルゲンガーなんだ。名前はクリフト」
 「どうもっす」
 丸くて可愛い赤目と青色の髪をもつドッペルゲンガー、クリフトくんが僕にぺこりと頭を下げた。その仕草はなんだか可愛らしかった。僕の声よりも愛くるしく聞こえるその声音がちょっとだけ羨ましい。
 「平沢さん?」
 「は、はい?」
 声のした方へ向くと、紺眼のドッペルゲンガーが涙目で僕を見ていた。その深い瞳は潤み、今にも泣き出しそうだ。
 「どうしてあんな無茶をしたんですか。心配かけて、もう……」
 「あ、えっと、ごめんなさい……」
 「謝らなくてもいいんです。むしろ、平沢さんの行動は素晴らしいと思いますよ。まさか捨て身に出るとは……」
 「ありがとう。でも、むちゃくちゃしすぎたなーって今でも思うんだ。僕があの世界で死んだら、恭司くんがもっと悲しんでたかもしれないのに……僕は馬鹿だよ、本当にさ」
 生きていてよかったと思う気持ち、自分の行動の浅はかさを責める気持ち。その二つが入り混じって、僕の心はふらふらとぐらつく。
 「いや、すごいよあんた」
 僕の苦悩を見透かしたようにコジョウさんが言った。その茶色がかかった瞳にはある種の真剣味が宿っている。灰色のぼさぼさの髪を弄りながら、コジョウさんは続けた。
 「あんたと……恭司ちゃんだっけ? 最初見た時はよほど仲の良い奴らなんだろうなぁと思った。普通あんなツール見たら逃げるだろ? 私だったら盛大に漏らしてるぞ」
 「えええ…………」
 心底引いたようなクリフトくんの声。思わず笑ってしまった。
 「あはは、二人とも面白いなぁ……」
 僕の反応を見て、コジョウさんは満足げにニヤリと笑った。
 「面白いけど、こいつらは一体誰なんだろう。そんな風に思ってるだろ? 夏帆ちゃんよ」
 「ええ、まぁ」
 「あんたは弓矢で恭司ちゃんと戦ってたんだ。でも、途中で接近戦に持ち込まれて殺されかけてたんだよ。それは思い出せるか?」
 「鮮明に思い出せます。もうダメかと思いましたもん……」
 「だろうな。私たちの到着があと一歩遅かったら、あんたら三人まとめて終わりだったかもしれないんだぞ」
 「やっぱり……」
 「ああ、でも、あの女が強かったからな。たぶん平気だったかも」
 そう言って、コジョウさんはメディシンの方を見やった。
 「ぼく、強いかな? でもきみ達の方がぼくより強いはずだお」
 「だお、じゃないですよもう。他人事ながら心配したんですから……」
 「うい。ありがとう、クリフト少年」
 「礼には及びませんよ、メディシン少年」
 「誰が少年だよ! せめて少女だろ!!」
 「ごめんなさい。超可愛いメディシン少女」
 「やかましいわアホ」
 仲睦まじく談笑していた僕たち。
 上から迫る異様な気配を一番に感じ取ったのは、クリフトくんと僕だった。
 二人、空に目を向ける。
 刺々しい黒い鎧。右手に握られた黒い大剣と、左手には大きめの盾。
 ――恭司くん、だ。

 金属音と火花を散らし、剣が跳ね返される。
 彼の体を包む鎧に僅かな傷が付いた。しかし、その痕は一瞬で塞がってしまう。
 ――自己再生。攻撃すら通らない。僕に勝ち目はあるのか? 彼を救えるのか? 
 心に絶望と恐怖が滲み、視界が涙で歪む。それを乱暴に拭った瞬間。
 闇に塗り潰された目の前で、眩しい光が舞った。光の弾丸と線が乱れ飛び、黒い茨みたいなツールを背中から横腹の部分まで破壊していく。
 恭司くんの背後に二人が居た。一人で無謀な行動をとった僕を見捨てずに。
 流れ弾や光線がたまに僕の体を掠めるが、僕には効果がないみたいだ。
 二人の攻撃は、彼に致命傷と言えるほどの傷を与えているはず。しかし、やはりツールの崩壊は一瞬で癒える。
 それに少しでも歯止めをかけるべく、僕はめちゃくちゃに剣を振るった。漆黒の鎧を断ち、黒い剣に幾つもの傷を刻む。
 僕らの攻撃を受ければ受けるほど、彼のツールは禍々しくなっていくようだ。
 恭司くんの右手は黒い大剣となり、左手は攻撃の直撃で崩れ去ってしまった。感情のない灰色の瞳がゆらめくように僕を見ている。
 その目が僅かに細まった直後、突き出された黒い剣が僕の胸を狙って飛んできた。
 あまりの速さに防御が遅れ、盾を掻い潜った刃が僕の体に近付き、僕の視界は深い黒に染まり――突かれた?
 いいや、違う。
 背中の布が強くはためく感触。メディシンがくれた黒い布が僕の体を包み、剣を跳ね除けてくれた。しかし心臓のあたりに鈍い痛みが残る。攻撃を完全に防げるわけじゃないのか。
 彼はもう声すら発さない。ただ機械のように剣を振り回し、僕をみるみる追い詰めていく。
 防戦一方。布が所々裂かれ、大盾は砕けて吹き飛び、握りしめた剣には幾つもの傷。
 二人の援護射撃が無ければ、今頃僕は斬り殺されているだろう。
 僕は今まで剣を握った事すらない。素人が振った剣など、彼のツールには少しも通用しないのか――。
 上から迫る魔剣を、ぼろぼろの白い剣で辛うじて受け止める。
 「平沢さん!」
 横から飛んできたのは紺色の瞳の少女だった。その両腕に装着されているのは白い六角形の盾。両手には白色の短剣が一本ずつ握られている。
 その細い両手が閃き、黒い刃に二本の小剣がぶつかった。鉄が削れる音の後、雷の落ちたような音がして、恭司くんの体が痙攣する。
 「無理です……! 今すぐ現実に戻ってください! 目をしばらく閉じていてください!」
 「どうして?」
 「そうすれば現実に戻れます! あなたがこの世界で彼に殺された場合、どうなるのかさえ分からないんですよ!」
 「僕が現実に帰れば、恭司くんは助かるの? それなら僕、ずっと目をつぶってるよ」
 「……今はまだ、分かりません」
 「そっか……ごめんね、助けてくれて本当にありがとう。一つだけ、僕の一生のお願いを聞いて」
 心に芽生えた罪悪感を拭い、声の限り絶叫する。
 「二人とも……ありがとう! でも、悪いけど、僕に構わず逃げてくれ! 僕は今すぐ恭司くんを助けたい! ダメージを受ける前に、二人はここから離脱して!!」
 右手の中。今にも壊れてしまいそうな白い剣。柄から心臓の音みたいな感触がする。
 恭司くんの右手と同化した剣が僕とヒノビウスちゃんの方へ突進してくる。
 僕は空を蹴ってそれを思い切り迎え撃つ。持てる力を全て込めた、最後の一撃。 
 僕の剣と彼の刃がぶつかる。衝撃。轟音と共に彼の剣先を弾いた。でも、とうとう僕の剣は砕け散ってしまった。
 右手を見る。もはや剣の形はなく、白い欠片が少し残っているだけ。
 心が激情に支配されているのに、頭だけは妙に冷静だ。
 僕は瞬時に考えた。ツールは自分の意思で自由に生み出せるものだ。またツールを作れれば、あるいは……。
 僕は両手を握りしめ、念じた。――感情よ、力となれ!
 思わず目をつぶりそうになるほどのまばゆい光が右手に生まれた。そこから噴き出したのはいくつもの白い矢。
 それの放出が終わると、その光は流線形の何かに形を変える。
 剣よりもずっと僕の手に馴染む……これは、弓だ。
 ふよふよと僕の周りを漂う白い矢。同色の弓。
 これが僕の二つ目のツール。