『続・相対論の正しい間違え方』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

 書評です。

木下 篤哉 著 『続・相対論の正しい間違え方』 丸善出版 A5判158頁 2020年8月発行 本体価格¥2,000(税込¥2,200)

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303747.html

 

 木下篤哉(あつや)さんは、気象庁勤務。

 島根大の物理学科卒で、主な研究分野は環境気象関連一般とのこと。

 通常は年齢も調べるのですが、ネット上でやり取りさせていただいた記憶がないわけでもないので、余計なことは止めておきます(^^;

 

 まえがきの冒頭に次のように記されています。

 >本書は丸善出版の物理学月刊誌『パリティ』に2017年4月~2018年1月まで連載された講座「新・相対論の正しい間違え方」をもとに再編成したもので、2001年に刊行された『相対論の正しい間違え方』の続編にあたる。

 

 前著『相対論の正しい間違え方』の書評は次をご覧ください。

https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471776757.html

 (同じ私の文章ですが、今から20年ほど前に某業界誌に載せたもので、だいぶ圧縮してあり文体も異なっています。原稿料ももらっています。ただ、こういう文章だと、記憶力の弱い自分のためのメモとしては役に立たないので、今のような要約スタイルに変えました。)

 こちらは宇宙物理の専門家である松田卓也さんと木下さんの共著で、間違いなく物理学分野の名著です。

 私は何となく、木下さんは松田さんのお弟子さんのように思い込んでいたのですが、本書のまえがきに30年前に松田さんのサインをもらったことがあると書いてあるので、違いましたね。

 

 書名の由来ですが、どんな分野でも学ぶときに多くの人が間違えてしまう急所があり、相対論に関するそういう由緒正しい間違いを“正しい間違い”として解説したのが前著と本書ということです。

 本書は、実際には続編ではなく応用編で、前著を読まないでも分かるように配慮したが、相対論の基礎知識はある程度必要だとしています。

 私の印象では、前著よりだいぶ数式が増えているように思います。

 

 やはり、前著を読んでおく方がよいと考えます。

 と書いてからアマゾンを見たら、値段が跳ね上がっているようですね。

 Rakutenブックスだと税以外は以前の価格のままなので、今から入手される方はお気をつけください。

 

 目次は次の通り。

 宇宙論編

  ビッグバンはいつ起きたか?

   【正しい間違い1】 宇宙はビッグバンで始まった

  ビッグバンはどこで起きたか?

   【正しい間違い2】 ビッグバンは宇宙内で起こった大爆発である

  絶対静止系は存在するか?

   【正しい間違い3】 宇宙背景放射が等方的にみえる座標系こそ絶対静止系である

  銀河は膨張しているか?

   【正しい間違い4】 宇宙は現在も膨張しており、銀河もわずかずつ膨張している

  宇宙の大きさは138億光年か?

   【正しい間違い5】 宇宙の大きさは現在138億光年程度である

 ブラックホール編

  ブラックホールで光は止まるか?

   【正しい間違い6】 ブラックホールの事象の地平面で光が止まるのは、光速度一定とした相対論に反する

  ブラックホールは星を砕くか?

   【正しい間違い7】 ブラックホールの事象の地平面に近づくと、潮汐力でバラバラに壊れてしまう

  ブラックホールは蒸発しているか?

   【正しい間違い8】 ブラックホールはホーキング放射でいずれ蒸発する

 加速度運動編

  10光年先の星に10年未満で行けるか?

   【正しい間違い9】 10光年離れた星に到着するには、10年以上かかる

  10光年先の星は超光速で落下するか?

   【正しい間違い10】 10光年離れた星に数年で到着するなら、星は超光速で接近している  長大宇宙船はローレンツ収縮するか?

   【正しい間違い11】 加速度運動中の物体も速度に応じたローレンツ収縮をする

  長大宇宙船をローレンツ収縮させるには?

   【正しい間違い12】 等加速度運動する物体の加速度はどこも同じである

 

 ご覧の通り、本書は宇宙編、ブラックホール編、加速度編からなります。

 宇宙論とブラックホールは、一般相対論の2大応用分野です。

 加速度は、積分を使えば特殊相対論でも扱えるので、特殊と一般の間の領域となります。

 

 本書は、それぞれの【正しい間違い】について数式を用いて説明しているのですが、以下ではそれを消化した上でできるだけ私なりに言葉で解説することにします。

 したがって、矛盾はしていない(ように努めた)が必ずしも忠実な要約にはなっていない点をご了承ください。

 ただし、加速度編で出てくる数式はそのまま写しています。

 以下、全体の2/3程度を要約します。

 

 

 【正しい間違い3】 宇宙背景放射が等方的にみえる座標系こそ絶対静止系である

 

 絶対静止系とは、もともとニュートン(I.Newton)が述べた概念で、宇宙という入れ物全体に対し静止している唯一の座標系のことです。

 アインシュタインより前は、光(電磁波)はエーテルという媒体を伝わるものと考えられていました。

 そこで、エーテルに対して静止している座標系が、ニュートンの絶対静止系と考えられました。

 しかし、アインシュタインの特殊相対論は、エーテルと絶対静止系を不要のものとしてしまいました。

 このため、相間さんたち(相対論が間違っていると主張する人々)は、絶対静止系を発見できればアインシュタインと相対論を否定できると思い込んでいるようです。

 

 宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)とは、灼熱のビッグバン時代の名残として全宇宙に充満している光(電磁波)です。

 ビッグバンから約138億年経った現在、その光は冷え込んで約2.7Kの黒体放射に相当する光として観測されています。

 もちろん目に見える可視光ではなく、波長1.9mm、周波数160GHzにピークのある電磁波(マイクロ波)です。

 

 CMBが一様で等方にみえる座標系(CMB静止系)は確かに存在します。

 全天からやって来るCMBを観測すると、天球上の赤経11.2度、赤緯-6.0度の方向のCMBの温度が3.35mKだけ高く、反対側がその分低くなっています(ダイポール非等方性)。

 CMB静止系からみて地球はその方向に630km/s程度の速度で運動しているとされます。

 

 しかし、CMB静止系を、ニュートンの絶対静止系と考えるには2つの問題があります。

 一つは、CMB静止系であろうと他の慣性座標系であろうと、光速度はどの方向でも同じなので、CMB静止系の存在は特殊相対論に対する反証とはなり得ないことです。

 

 それでも、CMB静止系は大局的な座標系の基準とはなり得るのではないか、という主張もあるでしょう。

 しかし、そうとも言い切れないというのが2つ目です。

 CMB静止系にいる観測者がどちらを向いても同じ風景を観測するというのは、“見えている範囲内”の宇宙という注釈が付きます。

 観測可能な宇宙の外側まで一様で等方的であるという保証はないのです。

 

 木下さんは触れていませんが、私はもう1点挙げておきたいと思います。

 CMB静止系は地球近辺では一通りに定まるのですが、宇宙膨張が無視できないほど遠方、つまり数億光年以上離れた銀河におけるCMB静止系は、どの方向のものも地球近辺のCMB静止系に対して宇宙膨張速度で遠ざかる運動をしています。

 したがって、CMB静止系が絶対静止系となり得ないことは宇宙膨張の点からいっても明白だと思います。

 

 

 【正しい間違い4】 宇宙は現在も膨張しており、銀河もわずかずつ膨張している

 

 宇宙は現在も膨張しており、しかもその膨張は加速しています。

 それでは、その宇宙の中に存在する銀河も太陽系も地球もわれわれ人間もすべて膨張しているかというと、そんなことはありません。

 銀河団以下の規模の天体は、重力によってまとまっており、宇宙膨張の影響を受けてはいません。

 ただ、これは今現在の状況であって、今後宇宙膨張のさらなる加速により、遠い将来、銀河団や銀河が解体することも十分あり得ます。

 

 日本では宇宙膨張は風船を膨らませることに例えられますが、もし銀河が風船の表面に描かれた絵柄だとすると、宇宙膨張とともに膨張することになります。

 そうではなく、風船の表面にしがみついているアリさんと考えるのが正しいです。

 一方、欧米では、宇宙膨張をブドウパンを膨らませることに例えることが多く、銀河をパンの中のブドウ粒とすると、膨らまないのは自明です。

 しかし、その比喩だとパンの表面が宇宙の限界ということになってしまいます。

 比喩というのはやはりどこかで無理をしているので、いずれも一長一短がありますね。

 

 

 【正しい間違い5】 宇宙の大きさは現在138億光年程度である

 

 宇宙は、今の宇宙論によると約138億年前に誕生したので、現在観測可能な宇宙の範囲は地球を中心として半径138億光年の球の内側だと考えたくなります。

 しかし、その場合の138億光年とは単に138億年かけて光が走ってきた距離を表しているだけであり、138億年前にその光を発した天体(物体)が今現在どのくらいの距離離れているかを意味していません。

 138億年前にその光を発した天体は、現在約473億光年離れています。

 したがって、現在観測可能な宇宙の範囲は半径約473億光年の球の内側となります。

 (473億光年という数字は、宇宙年齢138億年という現在の宇宙論で計算したものということです。)

 

 しかし、それはあくまでも観測可能な範囲であって、宇宙全体ではありません。

 現在の宇宙論では、宇宙は誕生直後のインフレーションのときに急激な膨張をしたと考えられ、それが(観測可能な範囲の)宇宙の均一性と等方性の理由であるとされます。

 観測可能な範囲を超えた宇宙がどうなっているのかは、今のところ原理的に知ることができません。

 

 

 【正しい間違い7】 ブラックホールの事象の地平面に近づくと、潮汐力でバラバラに壊れてしまう

 

 ブラックホールの事象の地平面は、いったんその中に入ったら二度と戻れない境界です。

 しかし、そこに入っていく宇宙船やその乗員にとって特に何か存在するわけではなく、事象の地平面を通るからといって致命的な現象が生じることはありません。

 

 宇宙船やその乗員にとって致命的なのは、ブラックホールの潮汐力です。

 潮汐力は重力から派生する力で、重力源方向の上下には引っ張る力として、その垂直方向では圧し潰す力として働きます。

 宇宙船がブラックホールに自由落下するとき、重力の一次の力は消えますが、それでも潮汐力は消えません。(これは潮汐力が巨大質量によって生じる時空の歪みそのものだからです。)

 

 ただし、ブラックホールの潮汐力は事象の地平面で特別に強いというわけではありません。

 潮汐力の大きさは、ブラックホールの質量に比例し、宇宙船の長さに比例し、ブラックホールの中心からの距離の3乗に反比例します。

 事象の地平面の半径はブラックホールの質量に比例するので、事象の地平面付近の潮汐力は質量の小さいブラックホールほど大きくなります。

 比較的小さなブラックホールでは、事象の地平面よりずっと手前で潮汐力は致命的となります。

 一方、銀河中心に存在するような巨大ブラックホールであれば、潮汐力が致命的となるのは事象の地平面より内側です。

 ただ、銀河系中心の巨大ブラックホールであっても、シュヴァルツシルト半径は約900万kmなので、落下する宇宙船は数十秒でこの距離を駆け抜けてしまいます。

 木下さんは、この程度の“延命”ではまったく嬉しくないとコメントしています。

 

 (k:なお、木下さんは銀河系中心の巨大ブラックホールの質量を太陽質量の300万倍程度としていますが、400万倍程度の間違いだと思います。それでも数値は多少変わりますが、本書の議論に大きな変更はありません。)

 

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