『図解 宇宙のかたち』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
松原 隆彦 著 『図解 宇宙のかたち』 光文社 光文社新書 280頁 2018年10月発行 本体価格¥920(税込¥994)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334043742
副題は「「大規模構造」を読む」。

松原隆彦さんは1966年生まれなので、今年53歳。
宇宙論の専門家で、以前から宇宙論のテキストをネット上で公開していました。
アマチュアの宇宙論好き(私以外に何人いるかは知らないけど)でも、松原さんの名前を知らなかったらモグリと断言できます。
2017年3月までは名古屋大学教授でしたが、現職は高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所教授です。
宇宙論の研究者なのに、素粒子の研究所に勤めているというのは、ちょっと不思議ですよね。

著書は、専門書としてはサイトの内容をまとめた『現代宇宙論』、『宇宙論の物理(上・下)』(いずれも東大出版会)、『大規模構造の宇宙論』(共立出版)、
本書と同じ光文社新書として『宇宙に外側はあるか』、『宇宙はどうして始まったのか』、『目に見える世界は幻想か?』を出しています。
『宇宙に外側はあるか』の書評は次をご覧ください。
https://blogs.yahoo.co.jp/karaokegurui/65089908.html
『現代宇宙論』は買ったのですが、難しすぎて書評が書きませんでした(T T
また、『目に見える世界は幻想か?』は、今回調べてみるまで知りませんでした。

本書の目次は次の通り。
 まえがき
 第1章  宇宙の階層
 第2章  大規模構造の発見
 第3章  大規模構造の形成
 第4章  宇宙の初期ゆらぎ
 第5章  大規模構造の定量化
 第6章  大規模構造の形状
 第7章  赤方偏移空間
 第8章  バリオン音響振動
 第9章  ダークエネルギーと大規模構造
 第10章 宇宙の性質と大規模構造
 第11章 宇宙はどこまで解明できるのか

本書は、初心者向けの啓蒙書を書き尽くした松原さんが「その先」について展開しているので、縦書き右開きの新書とはいえ、半端ではない内容です。
本来数式で表すべき事柄を、無理やり日本語の文章で表現していると感じるところもあります(以下の要約では言葉の式にしている)。
また、「図解」と銘打たれている通り画像やグラフも豊富に含まれていて、しかも一部はカラーなのですが、この書評では残念ながら当然再現できません。
ただそれらは、どちらかというと、分かりやすい絵解きというよりも、それ自体読解を要する代物が多いです(^^;


 第1章 宇宙の階層
第1章は、私たちの身近から始まって、天の川銀河、大マゼラン雲・小マゼラン雲、アンドロメダ銀河、局所銀河群と視野を広げていきます。(この辺の記述は常識的なので略。)
「局所銀河群」の図とは別に、「天の川銀河を取り巻く矮小銀河たち」の立体図が出てくるのが丁寧だと思います。

私たちの一番近くにある銀河団は、おとめ座銀河団です。
約1300~2000個ほどの銀河の集団で、大きさは差し渡し1500万光年ほど、中心は地球から5400万光年の距離にあります。
一般に、銀河団は数十個程度から数千個程度の銀河の集まりであり、大きさは数百万光年~数千万光年ほどです。
(と書いてありますが、数十個程度なら銀河群だと思うけど。)
それより大きい銀河の集団は超銀河団と呼ばれます。

私たちが住んでいる局所銀河群は、おとめ座超銀河団の一部です。(「超」が付いていることに注意。)
おとめ座超銀河団は銀河団や銀河群を100個以上含んでいて、差し渡し1億光年ほど、おとめ座銀河団はその最も大きなメンバーです。
ただ、超銀河団は銀河の集団といっても、重力的に束縛された天体ではありません。
約1億光年より大きなスケールで比較的銀河が密集しているところを超銀河団と呼んでいるのです。

地球から見ると天の川に隠された方向に、周りの銀河が引き寄せられている大きな重力源が存在し、グレート・アトラクターと呼ばれています。
グレート・アトラクターは地球から2億光年ほどの彼方にあり、じょうぎ座銀河団という銀河団を中心とする場所にあるようです。
グレート・アトラクターを中心として、おとめ座超銀河団や付近にあるいくつかの超銀河団や銀河団などをまとめて、ラニアケア超銀河団という名前で呼ぶことが提案されているとのことです。


 第2章 大規模構造の発見
それでは、超銀河団より大きなスケールで宇宙はどのような構造をしているでしょうか。
宇宙全体を俯瞰してみたとき、単に超銀河団が点在するだけではなく、複雑な姿をしています。
この複雑なパターンを宇宙の大規模構造といいます。

銀河分布の3次元地図をみると、1億光年以上にも及ぶ銀河のほとんどない、もしくは極めてまばらにしか存在しない領域が存在します。
このような領域を「ボイド」といいます。
また、銀河、銀河群、銀河団は、孤立して存在しているわけではなく鎖状につながっています。
このような鎖状の構造をフィラメント構造といいます。

米ハーバード・スミソニアン天文物理学センター、通称CfA(Center for Astrophysics)において、特定の天域における銀河の後退速度を系統的に観測するプロジェクトが進められました。
これをCfA赤方偏移サーベイといいます。
赤方偏移サーベイとは、多数の銀河の赤方偏移を系統的に調べてそれらの後退速度を決定する観測のことです。
CfA赤方偏移サーベイの最初の結果は2400個の銀河に対する後退速度を調べたもので、1982年に発表されました。

こうした研究によると、ボイドを取り囲むように多数の銀河がシート状に分布していて、シートが交わるところがフィラメント状になり、さらにフィラメントの交わるところが銀河団や超銀河団になっている、という像が描けます。
このような様子を、宇宙の泡構造と呼びます。

1985~1995年に行われた第2次CfA赤方偏移サーベイでは、最終的に約1万8000個もの銀河の後退速度が調べられ、銀河地図の範囲が広げられました。
地球から約2億光年離れた位置には、視線方向に大きく広がったグレート・ウォール(CfA2グレート・ウォール)と呼ばれる構造が発見されました。

ただ、CfA赤方偏移サーベイでは、銀河の赤方偏移を一度にひとつずつ測定し、また使った望遠鏡も口径1.5mと当時でもあまり大きくないものだったため、作成された銀河地図の奥行きは約10億光年程度にとどまりました。
このような広い天域を浅く調べる観測手法に対して、逆に狭い天域を深く調べる観測手法をペンシル・ビーム・サーベイといいます。
このやり方では、あまり時間をかけなくても、遠方銀河の赤方偏移サーベイが可能です。
1990年に発表されたペンシル・ビーム・サーベイでは、天の川銀河の円盤に垂直な2方向、北銀極と南銀極に向けた直径0.5度の狭い天域で観測を行い、6億光年に及ぶ大きなボイド構造があることが分かりました。

その後、1996年に最終結果が発表された奥行き20億光年のラス・カンパナス赤方偏移サーベイ、同2003年発表で奥行き36億光年の2dF銀河赤方偏移サーベイなどが行われました。

現在のところ、史上最大の銀河赤方偏移サーベイが、 スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)です。
全天の4分の1の天域にある100万個近い銀河の赤方偏移を測定して、宇宙地図を作ることを目的とした国際協力プロジェクトです。
米ニューメキシコ州にあるアパッチポイント天文台に、口径2.5mの専用望遠鏡を建設してこのサーベイの目的だけに使っています。
赤方偏移サーベイ専用望遠鏡は、これが初めてです。
SDSSは、2000~2005年観測のSDSSI、第2期として~2008年観測のSDSSII、第3期として2008~2014年観測のSDSSIII、さらに2014~2020年観測のSDSSIVと続けられています。
通常の銀河だけでなく、LRG(Luminous Red Galaxy)という明るく赤い銀河やクェーサーという非常に明るくて遠方にある天体の赤方偏移サーベイも行い、宇宙地図をつくっています。
SDSSにより発見された構造の一つであるスローン・グレート・ウォールは、地球から約10億光年離れたところにあり、その横方向の長さは約14億光年にも及びます。
形はCfA2グレート・ウォールに似ていますが、大きさは2,3倍大きいことが分かります。

SDSS以降、また将来の銀河赤方偏移サーベイもいくつも紹介されていますが、ここでは省略します。
(別途、まとめてご紹介するかもしれません。)


 第3章 大規模構造の形成
前章でみたSDSSなどの銀河赤方偏移サーベイで分かったことは、「泡構造を超える広い範囲で宇宙を平均してみれば、宇宙には目立つ構造がない」ということです。
ただ、だんだん小さなスケールに目を転じるにつれて、泡構造、超銀河団、銀河団などの構造が目立つようになっていきます。
これらの構造がどうやってできたのかが、本書の重要テーマです。

初期の宇宙は物質が混ざり合った状態でほぼ均一に広がっていたため、目立つ構造はありませんでした。
また、今の宇宙は絶対温度で2.7K(ケルビン)(-270℃程度)という極低温ですが、宇宙膨張に伴い宇宙の大きさに反比例して温度が低下してきているため、昔の宇宙に遡れば宇宙の温度は高かったことが分かります。
宇宙年齢40万年頃、宇宙の大きさは今の1/1000で宇宙の絶対温度は1000倍、2500℃ほどでした。
宇宙が始まってから0.00001秒くらいまでは、さまざまな素粒子がバラバラの状態でほぼ均一に宇宙空間に満ち溢れていました。
そして、0.00001秒時点で1兆℃と非常に高温だったのです。

宇宙誕生から0.00001秒後ころ、クォークが結び付いて陽子や中性子がつくられました。
そして宇宙誕生から4分後、温度は8億度くらいのときに、中性子がすべて陽子と結びついてヘリウム原子核(2個の陽子と2個の中性子からなる)ができるようになりました。
陽子と中性子の違いにより、陽子の数が中性子の数の7倍ほどあったので、割合としては、14個の陽子と2個の中性子から1個のヘリウム原子核と12個の水素原子核(陽子そのもの)ができたことになります。
水素原子核とヘリウム原子核の割合は、数では12対1ですが、質量では3対1です。
宇宙開始から数分後の世界にあったのは、水素原子核、ヘリウム原子核、電子、ニュートリノ、光子で、これらが空間にほぼ一様に存在していたのです。

宇宙年齢が28万年ころには、水素原子核やヘリウム原子核に電子が徐々にくっついて、中性の水素原子やヘリウム原子ができてきました。
それまでは、電子と光子が相互作用するため直進できなかったのですが、自由電子が少なくなると光が直進できるようになりました。
これが宇宙年齢38万年ころのことで、「宇宙の晴れ上がり」といいます。
このとき存在していた光のほとんどは、晴れ上がり後直進を続け、現在のわれわれの周りにも降り注いでいます。
ただし、晴れ上がり直後は可視光が主成分でしたが、その後宇宙の膨張とともに波長が約1000倍に伸びて、今は絶対温度2.7ケルビンに相当する電波として観測されます。
これは宇宙マイクロ波背景放射と呼ばれ、宇宙のどの方向からも同じようにやってくることを宇宙マイクロ波背景放射の等方性といいます。
宇宙マイクロ波背景放射は地球を中心とした半径約460億光年の球面(k:粒子的地平面)上からやってきたもので、その等方性は宇宙全体が晴れ上がり時点でどこも同じような状態だったことを示しています。

宇宙が晴れ上がり時点でどこも完全に同じ状態だったならば、その後の宇宙に今のような構造はできません。
しかし、最初にわずかな物質量の濃淡(密度ゆらぎ)があれば、その濃淡は重力によって時間とともに拡大していきます。
このことを密度ゆらぎの重力不安定性といいます。

宇宙晴れ上がりの時点でわずかな密度ゆらぎがあったために現在の宇宙の大規模構造ができたのであれば、宇宙マイクロ波背景放射も完全には等方的でなく、温度の非等方性として現れるはずです。
宇宙マイクロ波背景放射の温度は正確には約2.7255ケルビンであり、この温度を平均値として方向により温度が典型的には0.00003 ケルビン程度ゆらいでいます。
つまり、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎは10万分の1程度です。
ただ、密度ゆらぎは温度ゆらぎの原因ではあるが、両者の関係は比例関係のような単純なものではないということです。

光には重力不安定性は働かず、宇宙の晴れ上がり以前は、通常物質(k:宇宙論ではバリオンと呼ぶ)は光とぶつかり合うので、密度ゆらぎは大きくなれません。
しかし、宇宙には通常物質以外に、ダークマターと呼ばれる正体不明の物質が通常物質の5倍程度存在します。
ダークマターは光と衝突しませんが、初期にはダークマターよりも光やニュートリノ(通常物質とほとんど反応せず、ほぼ光速で飛ぶ)のエネルギーの方が大きいので、ダークマターの密度ゆらぎも発達できません。
宇宙膨張の結果、ダークマターのエネルギーが光やニュートリノのエネルギーを上回る宇宙年齢5万年頃から、まずダークマターの密度ゆらぎが発達し始めるのです。
そして晴れ上がり後、それまでダークマターが集まっていたところに、通常物質が急速に集まってきて、通常物質の密度ゆらぎもダークマターの密度ゆらぎの大きさに追いついてきます。
つまり、宇宙の密度ゆらぎは主にダークマターが作ったことになります。

宇宙初期のわずかな密度ゆらぎから、重力不安定性によって宇宙の大規模構造が作られた様子を視覚的に分かりやすく示すのが、コンピュータ・シミュレーションです。
コンピュータ上に仮想的宇宙を構成し、物質のある場所をN個の粒子で表して、それらの間に働く力を計算し、粒子の場所の変化を追っていくのです。
この方法をN体シミュレーションといいます。
粒子の数Nは大きければ大きいほどよいのですが、コンピュータの計算能力によって制限されます。
最初はほとんど一様に物質が分布しているように見えますが、わずかな密度ゆらぎが仕込まれていて、密度の濃淡が徐々に大きくなっていき、宇宙年齢138億年の現在の宇宙では、泡構造などの大規模構造がはっきり形成されます。
複雑なネットワーク構造をもつこのような宇宙の様子は、コズミック・ウェブ(cosmic web.宇宙の蜘蛛の巣構造)と呼ばれています。

ダークマターの密度の濃い部分に集まってきた通常物質は、ダークマターよりさらに凝縮して星や銀河ができます。
一方、ダークマターは重力だけを感じることができ、ダークマターどうしや通常物質、光ともそれ以外の作用を及ぼし合うことはありません。
このため、通常物質と違って、一か所にまとまることはできないのです。
したがって、銀河の周りにはダークマターが銀河より大きく広がっています。
また、銀河団の中にはダークマターが満ちています。
ダークマターの中に星や銀河があるのです。

アインシュタインの一般相対論によると、物体(質量)の存在が生み出す時空間の曲がりは物体を引き寄せる(重力)だけでなく、光の進路も曲げる効果をもっています。
これを重力レンズ効果といいます。
銀河団などに付随するダークマターの塊は、その奥にある多数の銀河からの光の軌道を曲げ、光はダークマターの塊をすこし迂回する経路を進んできます。
ダークマターの量が多いと、光の進路が大きく曲げられて、奥にある銀河の像が2つ以上に分裂したり、大きく引き伸ばされて見えたりすることがあり、これを強い重力レンズ効果と呼びます。
それほど効果が強くなくて、奥にある銀河の見かけ上の形がすこし歪んで見えることを、弱い重力レンズ効果といいます。
遠方銀河の重力レンズ効果による歪みを測定し、それを分析することにより、その間にあるダークマターの様子を調べることができるのです。

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『図解 宇宙のかたち』2:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471791093.html


★ 今年2冊目の書評ですが、かなり長くなりそうです。