消えたバリオン問題決着か | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

・「消えたバリオン」問題に決着か、高温の銀河間ガスを検出
アストロアーツ6月26日付記事、元は欧州宇宙機関(ESA)で、中野太郎さんの署名記事です。
http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/9991_missingbaryon

概要>20年近く未発見だった、銀河間を満たす希薄な高温ガスがX線観測でついに見つかった。宇宙に存在する「普通の物質」の内訳をこれですべて説明できるかもしれない。

>宇宙の物質やエネルギーのほとんどは、正体不明の暗黒物質(ダークマター)とダークエネルギーで、それぞれ宇宙の25%と70%を占めている。恒星や銀河、惑星、人間の身体など、私たちの目に見える普通の物質は「バリオン」と呼ばれるが、このバリオンは宇宙のわずか5%を担っているにすぎない。しかし、この5%のバリオンですら、それが宇宙のどこに存在しているのかをすべて突き止めるのは非常に難しい。

ダークマターとダークエネルギーは、どちらも全然分かっていない未知のものという意味で「ダーク」ですが、そのうちダークマターの方は物質であることが分かっているだけでもまだだいぶマシです。
まったく検出できていないので、正体は不明であるものの、現在は素粒子の一種だろうと考えられています(一種ではなくて何種もあるのかもしれませんが。)。
というわけで、われわれになじみのある普通の物質は宇宙のエネルギー・物質全体のわずか20分の1に過ぎず、後はわけが分からないというのですから、「宇宙論のセントラル・スキャンダル」と言ってもよいくらいです(私の命名なので、よそでは通用しませんけど(^_^)

バリオンとは3つのクォークから成る複合粒子で、その代表は原子核を構成している陽子と中性子です。
普通の物質は原子からできており、原子は原子核と電子から成りますが、原子の質量のほとんどは原子核が担っているので、宇宙論ではその原子核を構成するバリオンで普通の物質を代表させます。
(なお、電子の質量は陽子や中性子の約2000分の1です。)

>バリオンが宇宙の5%を占めるという数字は、ビッグバンから38万年ほど経ったころの熱放射の名残である宇宙マイクロ波背景放射を観測して見積もったものだ。初期の宇宙で作られたバリオンは、恒星や銀河などに形を変えて今の宇宙にも存在していると考えられる。しかし、宇宙誕生から約20億年後までのバリオンの進化の様子を観測から調べると、初期宇宙にあったバリオンの半分以上が、現在の宇宙ではどこかに消えてしまっているように見える。

宇宙マイクロ波背景放射は電磁波の一種で、「ビッグバンから38万年経ったころ」は赤外線でした。
それまでは負の電荷をもつ電子と相互作用を繰り返して直進できなかったのですが、38万年後前後に「宇宙の晴れわたり」と(日本では)呼ばれる現象があり、陽子と電子が結合して中性の水素原子となったことから、相互作用がなくなって直進できるようになったのです。
以後は、運悪く天体や塵、再電離したプラズマなどに衝突しない限り直進を続け、その間に宇宙膨張に伴う赤方偏移を受けて波長が約1100倍伸びて今はマイクロ波となっています。
(マイクロ波は電波のうちもっとも波長の短い領域で、放送、携帯電話、レーダーなど広範囲で使用されていますが、電子レンジにも使用されています。)
背景放射というのは、全天のあらゆる方向からやってくるので、星などの天体の後ろからやってくるという意味です。

>これは「消えたバリオン(またはダークバリオン)問題」と呼ばれ、現代の宇宙物理学における最大の謎の一つとなっている。銀河に存在する恒星や、恒星の材料となる星間ガスの量も勘定に入れても、存在するはずのバリオンの1割にしかならない。さらに、銀河を取り巻くハローのガスや、銀河同士が重力で集まっている銀河団の高温ガスまで考えても、バリオンの合計は想定されている「全宇宙の5%」の2割以下にしかならないのだ。

「最大の謎の一つ」ということですが、ダークバリオンより前にダークエネルギー、ダークマターがあるので、せいぜい3番目以降です(笑)

ここで、アストロアーツに円グラフが2つ掲載されており、宇宙論にとって重要だと想うので、文字だけ訳しておきます。
a.宇宙に存在する物質やエネルギーの割合
・普通の物質   : 5%
・ダークマター  : 25%
・ダークエネルギー: 70%
b.宇宙に存在するバリオンの内訳(k:aの5%に相当)
・銀河の星々        : 7%
・銀河の低温ガス      : 1.8%
・銀河の高温ガス      : 5%
・銀河団の高温ガス     : 4%
・銀河間の低温ガス     : 28%
・銀河間の中間的な温度のガス: 15%
・銀河間の高温ガス     : 40%弱   (k:今回発見された)
k注 低温はcold、高温はhot、中間的な温度はwarmの訳だが、それぞれが何度くらいかは記載がない。

本文に戻って、
>だが、これはさほど不思議なことではない。宇宙では、暗黒物質とバリオンは細いフィラメント状に連なって宇宙全体を網の目のように埋め尽くしている。銀河や銀河団はこうした「宇宙の大規模構造」の網にできた結び目のようなもので、物質は濃く集まっているものの、宇宙全体でみればレアな場所だともいえる。よって、未発見のバリオンの大半が隠れている候補地としてベストというわけではないのだ。

立体的な網の目の、線の部分が「細いフィラメント」、結び目の部分が銀河団です。

>研究者たちは、銀河や銀河団ではないフィラメントの部分に「消えたバリオン」が潜んでいるのではないかと考えてきた。しかし、フィラメントは銀河や銀河団より希薄なので、観測するのはより難しい。これまでに様々な手法を使うことで、フィラメント部分にある物質のうち、温度が低い成分や中間的な温度の成分についてはかなりの量を検出できるようになった。これによって、宇宙のバリオンの6割までは見つけることができたが、残り4割についてはいまだ謎のままとなっている。

観測は通常、可視光をはじめとする電磁波で行われます。
温度が低い成分は電波、それより少し高い成分は赤外線、その上は可視光、さらに紫外線で観測が行われてきました。

以下が、今回の発表のポイントです。
>今回、伊・国立天体物理学研究所のFabrizio Nicastroさんたちは、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のX線観測衛星「XMMニュートン」を使って、40億光年の距離にあるクエーサーを延べ18日間にわたって観測した。X線で観測すれば、消えたバリオンの正体と考えられている温度100万ケルビン以上の銀河間ガス「中高温銀河間物質(warm-hot intergalactic medium; WHIM)」を検出できる。遠くのクエーサーから出たX線を手前のWHIMが遮ることでできる吸収線スペクトルを見つけるのだ。

クエーサーは活動的銀河核の一種で、母銀河の中心部に位置する巨大ブラックホールに物質(ガス)が落ち込んでいく途中で降着円盤をつくり、降着円盤が摩擦熱で黒体放射を行います。
降着円盤では内縁がもっとも高温になって、X線を放射します。
X線は、紫外線よりもさらに波長の短い、高エネルギーの電磁波です。

「温度100万ケルビン」というのは絶対温度表示ですが、これくらい高温だと摂氏で100万℃といってもほとんど違いはありません。

>「得られたデータを組み合わせたところ、地球とクエーサーの間で距離の異なる2か所にWHIMがあり、そこに含まれる酸素の吸収線を見つけることに成功しました。これは、酸素を含む大量の物質がちょうど予想通りの量で存在していることを示すもので、これによってついにバリオン量の理論と観測のギャップを埋めることができました」(Nicastroさん)。

X線領域での酸素の吸収線というのは何かというと、酸素の内殻電子が特定波長のX線によって弾き飛ばされるという反応です。
その波長のX線がそこで吸収されるのです。

地球とクエーサーの距離は40億光年もあるので、2か所のWHIMの間隔も数億光年あるいは数十億光年もあるはずです。
そうすると、宇宙論的赤方偏移の効果で酸素の吸収線の位置がだいぶずれてきます。

「酸素を含む大量の物質がちょうど予想通りの量で存在」というときの予想とは、宇宙の化学進化に関する理論による予測のことです。

>今回の成果は新たな探索の始まりだ。今回の発見と同じようなWHIMが宇宙の他の場所にも存在するかどうかを確認し、その物理状態を詳しく調べるためには、別の場所にあるX線天体でも同様の観測を行う必要がある。Nicastroさんたちは今後、XMMニュートンやNASAのX線宇宙望遠鏡「チャンドラ」でより多くのクエーサーを調べる計画だ。だが、WHIMの分布や特徴を詳しく調べるには、2028年に打ち上げが予定されているESAの次世代X線宇宙望遠鏡「Athena」のような、より感度の高い観測装置が必要になるだろう。

X線は地上まで届かないため、X線の連続スペクトルに刻まれる酸素などの吸収線を調べるためには、専門のX線宇宙望遠鏡を使う必要があるのです。

>「銀河間空間に広がる高温の霧という形で隠れていた物質をXMMニュートンが検出でき、非常に誇りに思います。これらのバリオンがもはや『消えたバリオン』でなくなった今、この物質をより深く研究できる日が待ち遠しいです」(ESA XMMニュートンプロジェクト研究者 Norbert Schartelさん)。

これはこれで大発見ですが、それでもようやく全体の5%が分かったにすぎません。
あとの95%についてはどなたが突破口を切り開くかは分かりませんが、さらなる飛躍に期待しましょう(^_^