漢詩「黎明観天空珍事」 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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學士會会報2017-VI No.927
裁錦会詩草 第268回 (2017年7月18日(火)開催)


  黎明觀天空珍事  玉理 竹中淑子
通宵待月半空中  通宵 月を待つ半空の中
雲去當觀造化功  雲去り当に観るべし造化の功
忽見玉弓懸太白  忽ち見る 玉弓太白を懸け
恰如一帆泛玄穹  恰も一帆の玄穹に泛ぶが如し
(註) 2015年秋、金星、火星、木星が接近する現象があり、10月9日夜明け前の東の空で、金星が弦月の端に掛るという珍しい現象が見られた。


竹中淑子さんのことは、後で。

黎明(れいめい)は夜明け、明け方。
通宵(つうしょう)は一晩中、夜どおし。
半空(はんくう)は天のなかほど。
造化(ぞうか)は天地万物を創造し育てること、また、それをなす者、造物主。
玉弓(ぎょくきゅう)は玉でできた弓で、ここでは弦月の美称。
太白(たいはく)は金星の伝統的中国名で、詩仙と呼ばれた李白の字(あざな)でもあります。
玄穹(げんきゅう)の玄は黒、闇。穹はドーム型と捉えられた大空のことで、合わせて真っ暗な夜空かと。
「一帆の玄穹に泛ぶ」で、天地反転して暗い空を海と見なし、弦月をその海に浮かぶ帆船(ほぶね)に例えています。

  れいめいにてんくうのちんじをみる  ぎょくり たけなかよしこ
つうしょう つきをまつ はんくうのうち
くもさりまさにみるべし ぞうかのこう
たちまちみる ぎょくきゅうたいはくをかけ
あたかもいっぱんのげんきゅうにうかぶがごとし

意味は次の通り(例によっていい加減なのはご容赦を)。
 夜どおし空に月が見えるのを待った
 雲がなくなって、さあ見よう、大自然の偉業を
 直ちに見えてきたのは、玉でできた弓のような弦月に明けの明星が掛かり
 まるで一艘(そう)の帆船が暗い大空に浮かんでいるようなさまだ

脚韻は、中功穹が上平声一東。


さて、学士会会報の同じ号に作者竹中淑子さんの次の文章も載っているので、併せてご紹介します。
・東北月沈原での祖父と父と ― 一枚の写真に寄せて―
分量は5ページで、最初に竹中さんの近影も載っています。
月沈原にはゲッチンゲンという振り仮名があります。

副題の「一枚の写真に寄せて」の意味ですが、
神田神保町の学士会館一階の談話室の隣に「七大学展示コーナー」という部屋があり、その東北大学広報の大きなパネル写真「アインシュタインと物理学科教授陣」の四人の教授の一人として、竹中さんの祖父である日下部四郎太(くさかべ・しろうた)も写っているというのです。
日下部四郎太は、今から百年も前に49歳の若さで亡くなっており、祖父といっても当然面識はありません。
「岩石の弾性」の研究で学士院賞をとっています。
残念ながら私はこれまで日下部四郎太の名前を知りませんでしたが、年代的に宮沢賢治がその著書を勉強した可能性はあろうかと思います。

>1907年、仙台に理科大学を新設し、これと札幌農学校を改組した農科大学を併せて東北帝国大学の設立が公布された。仙台が日本の科学の未来を賭ける新天地に選ばれたのだ。・・・大学の開設まで4年の猶予があったため、未来の教授達の多くはヨーロッパ留学の度に出ることになる。
・・・
>ゲッチンゲン大学は1737年に、今までの宗教的色彩の一切を排除して理性に基づく自由探求の精神を理念として開設された初の近代的な大学である。祖父が訪れたころのゲッチンゲンは人口3万人余りの田舎町ながら、世界中から2千人もの学徒が参集する学園都市で、研究業績は著しく、のちのち40数名のノーベル賞受賞者を出している。・・・
>留学を終え帰国、仙台に参集した新任教授たちの共通の思いは、杜の都は科学都市ゲッチンゲンの風光に似ていることから、新しい東北帝大を中心にして仙台を日本のゲッチンゲンにしようということであった。こうして東北月沈原に東北ルネッサンスと言われる一時期が出現することになる。
・・・
>東北月沈原で若い時をすごした人達は多いだろうが、私の亡父(北川敏男)もその一人で、中学まで北海道小樽で育ち、1926年ここ仙台の第二高等学校理科に入学している。

というわけで、竹中さんのおじいさまである日下部四郎太の名前は知らなかったのですが、御父上の北川敏男さんは数学者、統計学者、情報科学者として有名であり(九州大学名誉教授)、私も編著の一冊くらいは持っているような気がします(エクセルの蔵書データベースを入れたUSBを二、三年前に紛失したため、気がするだけで、確認できませんが(T T)

竹中さんご自身について、wikiの情報も併せて整理しておきます。
・1940年福岡で生まれ、同地で育った
・九州大学理学部数学科を1963年卒業
・理学博士
・慶應義塾大学名誉教授(経済学部教授を務めた)
・ご専門はおそらく「線形代数的グラフ理論」かと
・夫は横浜市立大学医学部長を務めた同大名誉教授の竹中敏文氏(wikiに単独の記事なし)
・弟は、統計数理研究所長と大学共同利用機関法人情報・システム研究機構長を務めた数理統計学者の北川源四郎氏(父上の跡を継いでいますね)
・高校生のお孫さんがいて、物理実験に熱中している

まさに華麗なる学者一族です。


竹中さんの漢詩では、以前「重力波報道夜」を取り上げています。
天文・科学技術の漢詩から:https://blogs.yahoo.co.jp/karaokegurui/69615929.html

号については、
>玉理の玉はヒスイなどの宝石を指し、理はそれに入ったひびのことですが、宝石のように優れた理論・理性という読み方もできるかもしれません。
まさに、文理両道に秀でた女性にふさわしい美しい号だと思います。