『ぞわぞわした生きものたち』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

『ぞわぞわした生きものたち』1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471785550.html

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カンブリア紀前期は、大型生物の大適応放散、いわゆる「カンブリア爆発」の時代として知られています。
その時代に勢力を拡大したのが節足動物ですが、その中でも際立った繁栄ぶりを示して古生代の海を代表する指標生物とされるのが、三葉虫です。
国際層序委員会(ICU)の取決めによれば、カンブリア紀前期第2統(5億2400万年前~)の始まりは、最初の三葉虫化石が現れる層と定義されています。
これまでに知られている三葉虫は1万種以上にのぼり、その数はいまもなお増え続けています。

三葉虫の背中は、石灰質が蓄積されて硬くなった多関節の甲羅で覆われています。
三葉虫の化石は通常この甲羅の部分だけからなり、その下にある本体部分に関する情報が得られることはめったにありません。
三葉虫は頭部(Cephalon)、胸部(Thorax)、尾部(Pygiadium)の3つの部分に分かれます。
胸部は少ないもので2つ、通常は十数節の体節からなり、それぞれの体節ごとに1対の肢があります。
尾部には肢がなく、多くの場合そのまま先細りとなりますが、属によっては尾部が融合して大きな尾板となったり、複雑な装飾が発達したりすることもあります。
カンブリア紀前期の海には三葉虫に似た節足動物、いわゆる「三葉虫形類」が多数存在しました。
それらの動物たちと三葉虫を分ける重要な特徴は、後者の胸部背面が3つの領域にはっきり分けられることです。
すなわち体の長軸沿いに伸びる中央の軸環(じくかん、Axial Ring)と、その左右に張り出した肋(ろく、Pleuron)と呼ばれる領域の3つの部分(葉(よう)、Lobe)に分かれることから、三葉虫と命名されたのです。

ほとんどの三葉虫は、体長3cm~10cmまでで、30cmを超えるものはめったにいません。
いまのところ、完全標本としては史上最大の三葉虫は、どっしりした小判型のイソテルス・レックス(Isotelus rex)で、全長72cmです。
しかし、不完全な部分化石による推定値では、体長90cm以上のものも存在しているということです。

古生物に多少とも興味のある人なら、三葉虫の形は想像できると思います。
しかし、三葉虫の形態は多様性がきわめて大きく、本書には奇妙な姿の三葉虫が14ページにわたって掲載されています。
その中で私が一番気に入っているのは、ポセイドンの三叉の矛を思い起こさせる角(つの)をもったワリセロプス・トリフルカトゥス(Walliserops trifurcatus)です。
今日生息していれば大型のカブトムシやクワガタ並みに男の子の人気を集めそうです(^_^

一般に大半の三葉虫は、底性生活者だったと考えられています。
彼らの歩脚は海底の泥の上を歩くのに適しており、その口も、海底の泥を直接吸い込んで有機物を漉(こ)し取るか、せいせい泥の中のやわらかい小動物や死肉を食べる程度の用途しか果たしません。
また、当時の他の節足動物も基本的には同様だったと考えられます。
ただ、三葉虫のなかには遊泳能力を高め、積極的に外洋に進出して、海の表層から中層を泳ぎ回って暮らすものもありました。
彼らはいずれも小型で、底性の三葉虫の眼が上や側面の視野だけを確保していたのに対して、三次元方向を同時にカバーできる複眼をもち、敵に備えていたようです。
(「敵」については本書にはそれ以上の記述がありませんが、時代順にアノマロカリス、ウミサソリ、大型魚類を考えればよいのかな?)

三葉虫は古生代を通じて栄えましたが、ペルム紀末の大絶滅を待たずにほとんどの種が死に絶えました。
ただ、三葉虫と同じく典型的な古生代の生物とされていた筆石(ふでいし)が現在でも南太平洋で生存しているのが確認されたので、三葉虫も深海のどこかで生き長らえている可能性をまったく否定することはできないだろう、と金子さんは希望をつないでいます。


第3章と第4章は、鋏角類(きょうかくるい、Chelicerata、亜門)を扱っています。
鋏角類は、現生生物でいえばクモ、ダニ、サソリ、カブトガニなどを含むグループで、名前のとおり鋏(はさみ)をもっているのが特徴です。
もう少し丁寧に説明すると、
・第1付属肢が食物を口に運ぶ鋏(角)となっている
・口は単純で、独立した顎がない
・触角がない
・基本的に6節の前体(Prosoma)と12節の後体(Opisthosoma)に分かれ、後体の末端に尾剣(びけん)と呼ばれる突起をもつものも多い
・前体に6対の付属肢があり、そのうち前2対が鋏角と蝕肢となり、残りが歩脚となる
などの共有派生形質をもっています。

ウミサソリとは、鋏角類クモ上綱のなかの広翼類(こうよくるい、Eurypterida)の通称で、三葉虫と同じく古生代に栄えて絶滅した生きものです。
実は、私が本書を購入したのは、ウミサソリが掲載されていたからです。

今でこそ古生代の初め海を支配していた最大の捕食動物というと誰しもアノマロカリスを思い浮かべるでしょうが、私が小学生の頃もっていた地球の歴史の図鑑にはまだアノマロカリスの姿はなく、体長2mのウミサソリが乗っていました。
研究の進んだ今日でも、その大きさは節足動物としては例外的に大きく、体長7cm~2.5m程度もあったとされ、「史上最大の節足動物」の座を占めるのは間違いありません。
それなのにウミサソリがあまり注目されず人気が出ないのは、日本での化石発見がこれまでないことも影響しているようです。
なお、アノマロカリスとの関係に興味を引かれるところですが、生息していた時代は、アノマロカリスがカンブリア紀、ウミサソリはオルドビス紀後半~ペルム紀なので、両者は重ならず、その「対決」もなかったのです。

ウミサソリは名前のとおりサソリに似ていますが、基本的にはウミサソリは海生、サソリは陸生です。
しかし、紛らわしいことに、初期の(つまりウミサソリと同時代の)サソリはほとんどが水生ないし半水生でしたし、またウミサソリのなかには一時的に陸上に上がってエサを獲るものもあったらしく相当の巨体を推測させる足跡化石も残っています。
ただし、ウミサソリには完全に水から離れて陸上で棲息できた種はいません。

サソリのトレードマークである 1.大きな鋏 と 2.尻尾の先の毒針 については、
 1.サソリほど大きな鋏をもつものは、ウミサソリには珍しい
 2.ウミサソリの尻尾の先端はヒレ状に広がったり、剣(つるぎ)状に尖ったり、と形態はさまざまで、なかにはサソリの毒針のような形のものもいたが、そこに毒腺が備わっていたかどうかは不明
とのことです。

絶滅生物については、分子系統学の適用は不可能であり、また化石では細かい形質の確認が困難なため分岐学も適用しづらいのですが、分類・進化におけるウミサソリの位置づけを最新の研究でみると次のようになります。
ウミグモ以外の鋏角類はクモ上綱とされますが、そのなかでもっとも原始的な特徴をもち一番先に分岐したのがカブトガニです。
次に分岐したのがウミサソリです。
それ以外の、サソリ、ダニ、クモを含むグループは蜘蛛形類(後出)とまとめられますが、そのなかで最初に分岐したのはサソリだろうということです。
ですから、ウミサソリが進化してそのままサソリになったわけではありません。

ウミサソリは、スティロヌルス類(亜目)とユーリプテルス類(亜目)とに大別されます。
最後の歩脚(第6付属肢)がヒレあるいはオール状になっていないものがスティロヌルス類、なっているものがユーリプテルス類であり、後者は前者から派生したとされます。
種の数では75%、標本数では95~99%がユーリプテルス類で、スティロヌルス類は稀だということです。


蜘蛛形類(Arachnida)とは、おおざっぱにいえば、地上に棲み、歩脚が4対8本あり、通常単眼のみで複眼がなく、触角をもたない節足動物です。
それらの化石を2008年に数え上げた結果が次の表です。
    化石鋏角類の種の数(種数が10に満たないマイナーなものを除く)
  地質時代   古生代  中生代  新生代
 サソリ      79   16    16
 ワレイタムシ   71   -    -
 ムカシザトウムシ 30   -    -
 クモ       18   31    930
 ダニ       15   15    253
古生代にもっとも栄えたのはサソリであり、次がワレイタムシ(後出)であることが分かります。
また、ザトウムシは小さな玉状の体から糸のように細い、極端に長い肢を伸ばし、田舎の家の天井などを逆さになってゆらゆらとか細げに歩く生きものですが、ムカシザトウムシは現生のザトウムシよりずっとクモに似ているということです。

サソリとウミサソリ(の一部の種)はよく似ていますが、その相違点をより細かく確認しておきます。
・ウミサソリのなかで鋏をもつのはプテリゴトゥス上科の数属だけだが、彼らの鋏は鋏角(第1付属肢)が巨大化したものであるのに対し、サソリの鋏は蝕角(第2付属肢)が巨大化したもの
サソリの第1付属肢も鋏状になるが、小さく縮んで現生種では口元をよく見ないと分からない
・ウミサソリには中体と後体が一体となったものが多いが、サソリは後体が明瞭な尾となり、それを高く巻き上げて歩く
・サソリは例外なく尾の先に毒針をもち、種によっていはヒトに対しても致命的な効果がある
・サソリの腹面には書鰓(しょさい)が変化した櫛状板と呼ばれる感覚器(らしきもの)がある
これらの特徴を備えた最初のサソリは、シルル紀中期(4億2820万年前~4億2290万年前)に現れています。

古生代のサソリのうち複数の化石を合わせて体全体が復元可能な種では、体長が35cm程度のものが最大です。
しかし、鋏の可動部の化石のみ発見されているものでは推定体長が90cm以上と推計されるものもあります。

現生のクモは、一般に、体が前体(頭胸部)と後体(腹部)の2部に分かれ、8本の歩脚と2本の蝕肢をもつ動物です。
蜘蛛形類からサソリを除いたグループ(クモ、ダニなど)は単系統をなすとされますが、その祖先ないし祖先にもっとも近いとされるのは、クモによく似た古生代の絶滅動物ワレイタムシ(Trigonotarbi)です。
ワレイタムシはシルル紀後期に姿を現わし、デボン紀、石炭紀を通じて繁栄しましたが、石炭紀後期に絶滅しました。
その特徴は次のとおりです。
・体は頭胸部と腹部に分かれ、頭胸部の背甲は後方にせり出して腹部第1節を覆うことが多い
・多くの種で頭胸部前縁中央が前方に突出する
・中央前面よりに単眼が2個あるが、一部の種では消失する
・蝕肢は長く、歩脚状で、一見歩脚が5対あるように見える。その基部はシンプルで、口器の構成要素をなさない
・腹部は縮小傾向を見せ、原始的な属で11節、通常8節である
・腹部も背甲が発達し、この背甲(背板)の縁に沿って明瞭な溝が走り、背板が中央と左右に割れているように見えるのがワレイタムシという和名の由来

第4章の最後では、史上最大のクモが何であるかという疑問に対して、肢を広げて30cm弱となる現生のタランチュラである南米産のルブロンオオツチグモ(ゴライアスバードイーター)だという結論を出しています。

-------------- 続 く ---------------

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