宇宙は12面体空間か? | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

『体験する幾何学』の最後の章「宇宙の形」の部分を端折ってしまったのですが、それに関する英語の論文を数年がかりで(チンタラやってただけですが(^^;)訳しているので、そちらを紹介させていただきます。

ここ↓にastro-phの論文のURLが載っています。
http://arxiv.org/PS_cache/astro-ph/pdf/0310/0310253v1.pdf
表題は ”Dodecahedral space topology as an explanation for weak wide-angle temperature correlations in the cosmic microwave background” 。
直訳すれば「宇宙マイクロ波背景放射の弱い広角度温度相関の説明としての12面体空間トポロジー」となりますが、これでは分かりづらいですね。
意味をとって訳すと、「宇宙マイクロ波背景放射の温度相関は広角度で弱い。この事実は宇宙のトポロジーが12面体空間であるとするとうまく説明できる。」ということでしょう。
5人の共著ですが、この中で私が名前を知っていたのは数学者のJ. Weeksだけです。
ネーチャーに掲載されたそうです。

最初に、宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎが球面調和関数の合成(総和)によって表わされることを述べています。
これは音楽のキーが主音、2倍音、3倍音、・・・の合成によって構成されるのと同様です。(音楽について知らないので変な訳語になっているかもしれません。ご意見お願いします。)
球面調和関数の相対的強さ(パワー・スペクトル)は、宇宙モデルの検証のための基本的ツールです。
無限宇宙模型はパワー・スペクトルの低い方の端で観測結果と合いません(第1図参照)。
波数l=1をもつ最低次の調和関数(和音)である2重極は、太陽系が宇宙空間を運動することにより生じるドップラー効果の方が宇宙論的2重極より4倍程度強いため、観測不能です。
最初に観測可能なのは、波数l=2をもつ4重極です。
WMAPは、4重極が無限平坦空間において想定される値の1/7の強さしかないことを発見しました。
こうしたことが偶然に生ずる確率は0.2%と推定されます。
波数3をもつ8重極も、期待値の72%しかありませんが、4重極ほどドラマティックでも重要でもありません。
l=900に至るlの大きい値、つまり小規模の温度揺らぎに関しては、スペクトルは無限宇宙の予測に極めてよく従っています。

こうして宇宙論研究者たちは、小規模(高いl)における無限平坦宇宙モデルの成功を維持したまま弱い4重極をも説明できる模型を見つけなければならないという挑戦に直面しています。

マイクロ波背景放射の温度揺らぎは、主に(しかしそれだけではないのですが)初期宇宙の密度揺らぎから生じます。
なぜなら、より密度の高い領域から旅してくる光子は重力に対して少し余分の仕事をしそのためより冷えた状態で到着するのに対して、より密度の低い領域から旅してくる光子は重力に対してより少ない仕事しかせずそのためにより暖かい状態で到着するからです。

空間をまたがる密度揺らぎは3次元調和関数の和に分解できます。
これは、全天の温度揺らぎが2次元調和関数の和に分解でき、音楽のキーが1次元調和関数の和に分解できるのとまったく同じです。
低い4重極は、3次元調和振動子の波長のcut-offを意味します。
このようなcut-offは無限平坦空間では深刻な問題になります。
なぜなら、それはそれ以外の点では規模一定な空間において選好される長さの規模を定義するからです。
有限宇宙は、より自然な説明を与えることができます。
というのも、有限宇宙においては空間の規模自体が波長のcut-offを課すからです(第2図)。
ベルの振動がベル自体より大きくなることが不可能なのと同様に、空間の密度揺らぎは空間自体より大きくなることは不可能です。
可能な空間的トポロジーの大部分はWMAPの結果に適合しませんが、ポアンカレ12面体空間はぴったり適合します。
ポアンカレ12面体空間は、12面体ブロックの向かい合う2面ずつを抽象的に張り合わせたもので、そのいずれかの面を通って12面体を出ていく物体は反対の面から戻ってきます。
光も同じように各面を通過します。
したがって、もし我々が12面体の内側にいてある面を通して外側を眺めると、我々の視線は反対の面から12面体に再び入ってきます。
我々は12面体の複製を覗き込んでいるという幻想をもちます。
もしもともとの12面体空間ブロックとしてユークリッド12面体空間(1辺で交わる2面がなす角は約117°)ではなく、球的12面体空間(同じく正確に120°)をとれば、12面体の無数の複製により超球をタイルのように埋めつくすことができます(第3b図)。

これは、(完全な120°頂点をもつ)球面5角形がふつうの球をタイルのように埋めつくすのと同様です(第3a図)。
このようにポアンカレ空間は正の曲率をもち、多重連結したトポロジーをもっていて、(所与の曲率に対して)その体積は単連結している超球の体積の120分の1に過ぎません。

ポアンカレ12面体空間のパワースペクトルは、質量-エネルギー密度パラメータΩ0の仮定に強く依存します(第4図)。
8重極(l=3)は、1.010<Ω0<1.014のとき、WMAPの8重極にもっともうまく一致します。
勇気付けられるのは、その内側の区間1.012<Ω0<1.014のときに4重極(l=2)ももっともうまく一致することです。
さらに勇気付けられるのは、この内側の区間がΩ0=1.02±0.02というWMAPの最適適合範囲に含まれることです。

WMAPの結果とよく合致することは、ポアンカレ12面体空間を構成する上で自由なパラメータが存在しないために、なおさら衝撃的です。
ポアンカレ空間はガチガチなので、正12面体の幾何学的考察を必要としますが、それとは対照的に、立方体の向かい合う面を張り合わせてできる3次元トーラスは平行6面体に自由に変形でき、幾何学的構成において6つの自由度をもちます。
そのうえさらに、ポアンカレ空間は大域的に一様であり、これによりその幾何――としたがってそのパワースペクトル――は、その中のすべての観測者に対して統計的に同一となります。
これとは対照的に、典型的な有限空間(karaoke:3次元トーラスのような)は異なる場所に位置する観測者に対して異なって見えます。

もしこの宇宙が正の曲率をもつ(Ω0>1)ことが確認されれば、現在のインフレーション理論は改訂されなければなりません。
しかし、これらの変化がどの程度厳しいものであるのかについての結論は、まだ出ていません。
(略)
観測された4重極が弱いことを説明するのに、ポアンカレ12面体空間は宇宙模型は今後2、3年のうちにさらに2つの実験的検証を受けることになります。

・コーニッシュ-スパーゲル-スタークマンの「天空の円」法(コーニッシュ-スパーゲル-スタークマン、1998)は、われわれが示したものと同様の小さな多重連結空間における対応円たちに沿った温度相関を予測しています。
Ω0~1.013であるとき、地平半径は曲率半径単位で測って約0.38となりますが、正十二面体の内接球半径と外接球半径は同じ単位で測ってそれぞれ0.38と0.39です。
その結果として、物理的宇宙空間の体積は地平球の体積の83%にすぎません。
この場合、地平球は、角半径約35°の円の6つの対において自分自身に交わり、もし技術的問題(銀河前景の除去、統合Sachs-Wolfe効果、プラズマ運動のドップラー効果)が克服されるならば十二面体空間を円探査の良い候補とするでしょう。
確かに、ポアンカレ十二面体空間は、円捜索を一般の場合よりも容易にします。
その理由は対応円の6つの対が十二面体の面たちと同様に対称パターンの中に先験的に存在するに違いないので、偽りの正の量を増加させるという危険なしに探索者にノイズの許容量をわずかに緩和することを許すからです。
(この部分、自分で訳していてもよく分かりません(^^;)

・ポアンカレ十二面体空間は、Ω0~1.013>1を予測します。
来るべきプランク観測衛星のデータは(あるいは現存するWMAPデータを他のデータセットと結合したものでさえ)、Ω0を誤差1%以内の精度で決定するはずです。
Ω0<1.01であることが発見されればポアンカレ空間は宇宙論モデルとしては棄却されますが、一方でΩ0>1.01であることが分かればポアンカレ空間を強く支持する証拠が与えられたことになります。

結論
人類は古代から、宇宙が有限か無限かという疑問をもっていました。
ヨーロッパ人は、過去二千年の間のほとんどの期間、宇宙が球状の境界をもつ有限なボールであるというアリストテレス的見解をとってきました。
1608年の望遠鏡の発明は、アリストテレスが想像したよりも宇宙はずっと大きいことを示しました。
ガリレオやケプラーでさえも(k:宇宙が有限だとする)アリストテレス模型にこだわりましたが、彼らの後継者であるブルーノ、デカルト、ニュートンは無限宇宙という観念を抱いていました。(k:ブルーノはガリレオやケプラーより前なんだけど)
それにもかかわらず、若干の科学者たちは、アリストテレスの仮説的境界に満足できないのと同じくらい、無限宇宙に対しても満足できなかったのです。
1854年にゲオルグ・リーマンは、厄介な境界をもたない有限宇宙という仮説を提案することによりゴルディアスの結び目を切りました。
1890年にフェリクス・クラインは、多重連結空間というより一般的な概念を発見し、20世紀の初めの数十年間、アインシュタインたちは有限宇宙模型を選好しました。
それにもかかわらず、1930年代までに観測可能な宇宙が膨大な大きさであることが知られるようになると、振り子は無限模型にゆれ戻りました。
思索にふけった二千年以上の期間の後、いまや観測データがこの古代からの疑問に最終的に決着をつけるかもしれないのです。


★ ポアンカレ12面体空間自体については、さらに別稿を用意しています。

4次元多胞体とタイリング:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471780521.html
★★ 5月29日、結論の前の2つの・が欠落していたので、挿入しました。