約束の免疫【4】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

約束の免疫【4】

 

 

 何故だか体がだるかった。毎日同じことを繰り返すだけなのに、どうしてこんなに疲れるのかが分からない。
 
 (夢のせい……?)
 
 瞼を開ければ忘れてしまう夢をこのところ毎日見ている。忘れてしまうのに目覚めた瞬間、 「ああ、夢だったのか」 と思ってしまう。その欠片を探ろうとベットの中で考え込んでも蘇ることはなかった。ただ、夢の中でも私は 「わたし」 を生きていて、そのせいで二重に疲れているような気がする。部活を休むと告げると友人は心配そうに声を上げた。 「大丈夫」 何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
 
 「風邪なんじゃないの?」 と言う彼女の言葉ををゆるく聞き流した。頭が重い。もはや重いのか痛いのかも分からなくなっていた。考えることが億劫だ。ひどく体がだるい。話すことも面倒で、首を弱く振るった。早く帰りたかった。帰って寝てしまいたい。彼女を見もせず、机の中から教科書を取り出しては鞄につめていく。

 

 「もうすぐ県大会なんでしょ? 大丈夫なの?」
 「え……」
 「部活だよ。バスケ……ねぇ、本当に大丈夫? ……熱があるのかもね」
 
 そうかもしれない。体中がぼんやりとしている。指先の感覚も鈍かった。
 
 「宿題もって帰らなくていいの?」
 
 白い綺麗な指が机を指差す。数学の教科書とノートが置かれたままだった。言われるままに鞄に詰め込んで額を触った。熱は無い。触れた箇所はむしろ冷たくて、熱の出る前触れかもしれない。
 
 「じゃあ、伝えておいてあげる」
 
 朦朧と首を傾げると、彼女は笑った。
 
 「休むんでしょ? 部活」
 
 駄目だ。何も考えられない。視界がゆらゆらして、友人の顔までが揺れている。風邪だ。風邪を引いたんだ。私もマスクをしていればよかった。溜息と一緒に目を閉じると彼女の四角いマスクの残像だけが、ふやけたように瞼の裏で残っていた。


 風邪を引いたと認識したとたんに熱を帯びた気がする。今や全身の感覚も曖昧で、歩いているのか浮いているのかも分からない状態だ。足の踏ん張りがきかないまま、気がつくと体がぶつかっていた。何テンポも遅れて、手から離れた鞄が前方に飛んで中身が出ているのを目で追った。
 
 機械仕掛けに謝罪の言葉を口に宿して、顔を上げると空はもう暗かった。けどそれよりも先に男と目が合う。ぶつかったのはあの男だった。今日も帽子を被っている。へんな帽子だと少し笑っていると、男は鞄と零れた教科書を拾い上げていた。
 
 「落としましたよ」
 「あぁ……」

 言葉は薄く途切れた。彼の声に身体が飲み込まれるようだった。彼が、あの彼が、目の前に立っている。私を見ている。傍にいる。
 
 「今日も塾に?」
 
 自分に話しかけている。上ずるようにこくりと頷いた。現金なやつ、と友人は笑うだろう。だるい、きついとうなだれていたくせに彼の言葉が私の心を引き上げた。今は何をどう話せば、少しでも多く私を伝えられるのかと、もごもごと口を動かすばかりだ。
 
 「わ、私、少し体調が悪くて……塾は休むんです。あの、えっと。部活も休んだくらいで」
 
 ぺらぺらと聞かれてもいないことが口から出てきて、ますます頭がおかしくなる。そんな私に彼は 「大丈夫?」 と優しい声で囁いた。少し低くて、だけど透明感のある綺麗な声。
 
 「部活?」
 「ええ……はい。私、バスケ部、で」
 「……そう」
 
 掠れるような頷きに私は彼を見上げた。私はまたくだらない言葉を口にして、だけど音にならなかった。のどが引きつるような感覚。痛みは無いのに声が出ない。風邪を意識したとたんに病原菌が急速に体を支配したのだろうか。
 
 (それとも……意識しているのはこのひと?)

 

 差し出された鞄と教科書をおずおずと受け取りながら、静かに 「また、会えた」 と呟いた。もちろん声は出なかった。だから男には届かない。静かに私の手の中の教科書を見ている。見ているはず。けれど今日もまた、男の目は深い影に隠れていて、直接目を合わせることは出来ないでいた。

 
 

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