狂躁亭日乘・『おうし座天王星』を迎える音楽18005020730 | おととひの世界

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5月16日から始まる
おうし座天王星

おうし座
芸術美術に関係ありますからね
サルバドール・ダリ
おうし座だけどね

ヒトラーもあんなことせずに
芸術家で収まっておれば
人畜有害じゃなかったんでしょうね

前回が1935年から1942年前半
まさに世界がひっくり返った時代でしたね

欧州での第二次世界大戦1939年9月
最近では1939年9月から始まった
という考え方を変え
1938年3月とか

ヒトラーによる
オーストリアの一方的なドイツへの併合
もっと言えばラインラント進駐

ヒトラー本人が
最も肝が冷えた瞬間だったと言っている

隣国フランスが
選挙による政治空白の最中で
その時にやったんだよね
完全なベルサイユ条約違反

もしもこの時に
フランスやイギリスが
断固とした態度に出ていたら

オーストリア併合も
チェコ併合も起きなかった

ナチスドイツ
あそこで終わっていたんですよ
1936年あたりで

当時まだドイツ国防軍は
体制が整っていなかった
戦争ができる体制になっていなかった

フランス軍イギリスは
ちゃんとした軍隊ですから
勝負になりません

復活しつつあったドイツ軍は
再び解体され
ヒトラーは再びランツベルグ刑務所に
投獄されることになった

天王星おうし座
自分おうし座
ヒトラーはこの天運にかけたんですよ
1942年6月まではことごとく
ヒトラーの勝ちでした

ヒトラーはそれまでに
戦争を終わらせておく
必要があったんだけど
終わらせられなかったのが運のつき

まぁあの時代は
フルトヴェングラーの録音
ぐらいしかないか?

音楽といってもね
それどころじゃなかったし

ラフマニノフのピアノ連弾曲
『シンフォニックダンス』とか

第2楽章ワルツ
パリあたりのカフェテリアで
これからどうなるんだろう?と
食い入るように

キオスクで買ってきた
新聞を見つめる人の顔が浮かぶよう
とてもデカダンでしかも不安なワルツ

あの時のヨーロッパの気分だろうね
恐ろしい戦争始まる直前

独ソ戦が始まってから

おそらく戦争がなければ
スターリンに殺されていたであろう
ショスタコーヴィッチ

ソ連機甲師団の生みの親
『赤軍のナポレオン』と言われた
ミハイル・トハチェフスキー元帥が
ヒトラーの謀略によって

『ナチス国防軍と繋がり』があると
スターリンに讒言され反逆罪で処刑

トハチェフスキー主催
文化サロンの常連だったのが
ショスタコーヴィチだった

おそらく独ソ戦が始まらなければ
シベリア送りは免れなかっただろう
しかしそこで戦争が始まり

ドイツ憎しという本人の本意から
交響曲第7番『レニングラード』を描き

これがマイクロフィルムで
アメリカに持ち込まれ
トスカニーニ指揮でアメリカで初演された

レニングラードは
ずっと包囲されて
ショスタコーヴィチはその中で志願して
航空偵察兵として戦っていたんだね

夜間防空壕の中で作曲してたらしいよ
ソ連国民の抵抗のシンボルに
なってしまったんで

スターリンは殺せなくなったんだ

現実に戦争やりながら
作曲されたという
おそらく前例がないタイプの音楽

きいていてテンパり方が
ちょっと半端じゃないですよね
第1楽章の大勢の『間抜けなハンス』

健康優良児的で鈍感な
ドイツの若い奴のことそういうんだけど

彼らがニコニコしながら
人を殺しまくる
そしてものすごいスピードで
進撃侵略してくる
そういう恐怖感だよね

レニングラードも最後
両軍とも弾丸がなくなって
建物や部屋1つ1つの取り合い
ナイフで戦うみたいな戦争になった

作曲された時
まだ勝利してなかったと思うんだけど
ちょっと癲癇的恍惚酩酊状態だよね

ラスト4分間異様な感じ
ヒキツケ起こしながら興奮してる感じ

まあこれは現実に
戦争を戦った人じゃないと
理解できない感覚だろうな

ちょっと日常感覚から遠すぎる

むしろ
おうし座天王星の時代の
代表的な音楽

フランツ・リスト作曲
交響詩『  前奏曲   レ・プレリュード』

『前奏曲』じゃなくて
交響詩の名前が『前奏曲』なんですよ
ややこしいけど

長くて15分くらい
作曲者本人が

『大管弦楽のための交響詩』と
寄せ書きしてます

小人数のオーケストラではなく
大人数のオーケストラのため
派手な曲です

もともとコーラスの曲だったものを
リストが書き換え1854年に初演

当時のヨーロッパでは圧倒的な人気
最も上演演奏回数が多かったと
何故だったのか?

『血が騒ぐ時代』に
『血を騒がせる音楽』だったからです
ドイツ語で言うところの
『ツァイトガイスト』まぁ時代精神

不思議に世界共通して
共時的に起こるんだね
西側で若者が反戦運動で盛り上がってた時

中国国内で文化大革命
あれも若い連中の暴走だけど

フランスでは
ドゴールが学生に退陣させられた
日本でも大暴れだったね

同じ時代だけど
空間的なつながりも
人的なつながりもないはずなんだけどね
傍目には共鳴現象のように見える

1854年
ヨーロッパは騒乱のただ中にありました

1848年2月
『二月革命』が勃発
ナポレオン没落後30年間続いた
メッテルニヒ復古体制が崩壊

主役のオーストリア宰相だった
メッテルニヒは亡命

フランスでも7月王政が崩壊

ドイツ国内はまだ分裂していたが
各国で革命騒動が起きた
中部ドイツの大国ザクセンが
もっとも激しく

ザクセン王室はかつての仇敵
プロイセンに援軍を要請
ここでビスマルクが出てくるわけです

ザクセンの首都ドレスデン
現在のドレスデンシュターツカペレの
首席指揮者にあたっていた

当時35歳の大作曲家
リヒャルト・ワーグナーがなんと
無政府主義者バクーニンとともに
革命を扇動

ワーグナーはこの後
10年以上お尋ね者になります

リストとワーグナー

後にワーグナーはリストの娘と
結婚するわけですからね
リストはお尋ね者ではありませんが
同志みたいなものです

『レ・プレリュード』

『人生は死への前奏曲に過ぎない』
というラマルチーヌの詩
これがモチーフ

派手に傷ついて隠遁するけど
結局また戦いの中に
身を投じて死んでしまう

前向きに派手に死んだ方がいいだろう?
どうせ死ぬんだ!
派手にやろうや!

よろず革命というのは
そういう人が多数派になった時に
起こるもので

幕末維新がまさにそうだった

これ幕末維新の志士たち
心情吐露させれば
こんな音楽だろう

片隅で
ひっそりとではなく
大通りで戦って激しく死ぬ

どうせ死ぬは一回だと

『死のうは一定』
信長の口癖だったらしいけどね

やはりツァイトガイストで
同時代の人は同じ心情心境になるんだよね
場所が違っても

これがおうし座天王星時代の
時代精神だったんでしょうよ

死を怖がっても
馬鹿馬鹿しいだけだ
派手にやろう!

八十四年前もそんな感じ?
あの頃も昭和維新
標榜してるのはいたね

Youtubeにたくさんあるよ