おととひの世界

おととひの世界

リンクも何もなくただひたすらに綴る一人称の世界。
写真も絵もなく。ひたすらテキストのみ。

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東京奠都(てんと)
今朝はこの話です

実は東京は正式な首都ではない
首都機能はあるけれども
首都ではないという

奇妙な都市なんです

江戸が改まり東京になり
徳川将軍がいなくなった江戸城に
明治天皇が生活基盤を移す

これをもって『東京遷都』と
日本史教科書にも書いてあるわけだけど
実はこれは正式なセントではない

東京奠都(テント)
テントと言うと仮住まいみたいだけど
本当にテントなんで

古来正式な『遷都』は
『遷都の詔』
つまり正式な詔勅が発布されて
いなければならないけれど

明治以降一度も発布されていない
実はこのことを知る人はあまりいない
専門家でさえ知らない人が多い
事実上の首都ではある

誰がどう見たって東京は
日本最大の都市ですからね

現実に皇居は存在している
しかも行政の中心がある

名古屋と大阪を合わせても
規模で東京にはかないません

明治の初めには
必ずしもそうではなかった
例えば大久保利通は当初
『大阪遷都』を主張していた

実はそういう意見
ヨーロッパ留学組の中にかなり

そのため『大坂』の文字が改まった
『土にカエル』は縁起が悪い
そのため現在のこざとへんに

あれは遷都のための準備だった

ヨーロッパ留学組は
ヨーロッパの首都が概ね
河川で内陸に入ったところに
存在していることに気がついていた

ロンドンもパリもそう
これはなぜかと言うと
バイキングが怖かったから

海岸沿いの都は
あっという間に攻め込まれる
その危険があった

ロンドンはローマ人が作った町
ローマ人もまず防衛を先に考えた

スペインやポルトガルが
そうなっていないのは
もはやバイキングの脅威が
なくなった時に都ができたから

おそらくなにわの都よりも
平城京そして平安京になったのも
当時同じ事情があって

まず瀬戸内海が防衛ラインになって
そこからさらに河づたいに
行かないといけない
この事情はあった

瀬戸内海は潮の流れが激しいし
小島がたくさんあって
よそ者には航海が危険な海

この辺りの水先案内人は
すべて海賊ですから
水軍で押し寄せるわけにはいかない

南から入るにしても
潮流の変化はとても激しい
瀬戸内海から奥まったところに
都を置けば

外から攻め込まれる心配はない

薩長同盟軍も同じことを考えた
江戸はとても大きな後背地を持ち
江戸湾という巨大湾があるが

間口が広すぎて防衛できない
そこを黒船につけ込まれた

薩長軍は全員そのことをよく覚えてます
同じことが繰り返されたら
亡国に直結します

防衛を考えれば大阪
発展性を考えれば江戸東京
あえて両にらみということで
正式遷都は見送った

当時は飛行機はありませんでしたから
外国から直接攻め込まれる
としたらまず軍艦です

軍艦がのり付けられず
大砲の砲弾も届かない

本来首都はそういう場所に置くべき
天皇の住まいもそういう場所に
なければならない

なぜ東京になったか
というのはいくつも理由がありますけど
圧倒的な 後背地の広さはもちろんのこと
逆の立場から

外国人がそれを望んだ
という説も有力なんですよね

幕末に欧米人は
日本で恐ろしい思いをしています
尊王攘夷のテロが吹き荒れたし
何度も戦争を目の当たりにした

何かあれば一目散に
船に乗って避難する必要がある
そのためには航海の難しい
大阪よりも

間口の広い東京湾の近くの方がいい
考えてみれば当然かも?
江戸湾東京湾であれば
船に乗ってしまえば簡単に逃げられます

大久保利通の危惧は
西南戦争の際に現実になりました
あの時東京は大変なことになると
大騒ぎになりました

西郷軍が軍艦も奪い取って
現実に鹿児島には船がありましたから
大兵力を東京湾に一気に持ってきたら
東京防衛はとても困難になります

当時はレーダーも何もありません
それを海上防衛するのは至難の技
京都でテロにあって
死の床にあった大村益次郎は

最後までそれを心配していたと言います
何時か薩摩が大反乱を起こす
そのためにまず大阪の防備を固め
ここに大きな兵站基地を
置かなければならない

最後の弟子:児玉源太郎ら
後の日露戦争の大参謀ですけど
彼らは大村益次郎の遺言を
つぶさに書き留めています

これは西南戦争の時
現実にイカされました

しかし西郷
そういう戦略を採りませんでした

というより西郷隆盛
あの時に何も言わず何もしなかった

若い者が説明するのを
目をつぶって聴いていただけだった
と言います

西郷隆盛は歴戦の経験者です
いくつか船を乗っ捕って
それで東京湾から攻め込んだ方が
早いくらいのことはわかっています

何もしなかったんですよ

ここで彼らを道連れに死ぬことが
自分の役割だと思っていた

だから無謀な熊本鎮台攻略
みたいな話に
敢えてしたがって死んだ

山本権兵衛のような
将来のあるものは説得して東京に送り返し
あえて紹介状のようなもの
大久保利通にまで託している

村田新八のような例外もいたが
ほとんどは時流に乗り遅れた者たち
彼らを抱えてここで死ぬことが
自分の役割だと思っていた

あの時西郷が本気で
東京湾まで攻め込んだら
東京は大変なことになってました

西郷の死から1年後
大久保利通が暗殺された時

大久保の懐には
大切に油紙に包まれた
西郷からの手紙が
たくさん入っていたそうです

この二人は最後まで敬意を失わなかった
敵味方になっても信頼関係は
残っていたんですね
たいしたものだと思います

この二人のおかげで東京の平和は守られた
かなりきわどい瞬間だったんですよ

明治初期の段階で
そういうことが起こり得ることは
大久保利通にはわかっていたし
西郷隆盛はもっとでしょ?

だから大阪か東京か?
かなり歴史的な偶然です

皇居が東京に移され
東京に行政の中心が置かれて後すぐ
大問題が発生しました

東京でコレラが流行した
新政府は真っ青になりました
天皇陛下も庶民も飲んでいる水
水源は同じだからです

江戸はほとんどが荒川水系です
どうしても水源を分散する必要があった

だから旧武蔵国を超え
鶴見川水系さらに多摩川水系まで
手を伸ばし水源を拡充した

分散しないと危険だから

世田谷区や狛江市
そして飛び地の町田市まで
東京都に編入されたのは
それが理由です

現在の町田市
どう考えたって神奈川領域
『なんちゃって東京都』

皇室及び東京都民の
水源確保のためだったんですよ
現在も一部そのままです

しかし後に鶴見川水系には 
エルトール ogawa 型という
弱毒性コレラ菌がいることが分かり
あまり意味がないことに
なっちゃったんですが

しかし3.11のあと
場合によっては東京からの
首都機能移転も考えないわけには
いかなくなりました

現実に一部始まってますよね
文化庁は京都にだとか
京都御所は今も御所なんですよ

元御所ではありません
天皇家が留守にしておられるというだけで
留守番役は正式に冷泉家になってます

天皇皇后両陛下をはじめ
京都におこしになった時に必ず
冷泉家の方にあわれるのは
そのためですよ

しかし京都御所はご存知の通り
濠もありません
警備は大変難しい

江戸時代
庶民の子供が皇居に入り
天皇と将棋を指したなどという話
たくさん残ってるわけですから
再び戻られることは
現実的ではありません

京都御苑に
迎賓館が新しく作られましたが
おそらくその準備でしょうね

しかも京都は決定的な弱点があります
若狭湾の原発銀座から近すぎます
再び京都にすることは不適格

かといって平城京では
また便利が悪すぎる

そこで平安京平城京にも近く
しかも東西南北どの方向にも
たちどころに逃げられる場所

京都奈良の県境付近
研究学園都市の近くに
自衛隊の駐屯地があります
この辺りなら故事来歴から言っても
防衛上の理由からも

そして空くことになっている
『伊丹空港』

新大阪から近く
しかも万国博覧会の時開発された
広大な居住区もあり

伊丹空港のそこそこ広大な敷地はそのまま
首都機能移転に使えます
水源インフラも確保されている

大阪万国博
そのための準備だったかどうかは
わかりませんが
けいはんな学園都市構想は明らかに
首都機能移転を意識したもの

関東は地震や原発以外に
何が危ないかと言うと

箱根火山が噴火した場合なんですよ
これは鎌倉幕府以来
関東に住んだ人間が経験していない

有害なガラス質をたくさん含んでいて
石綿アスベストと同じぐらい危険
そういう火山灰を噴出する

そこそこの規模の火山活動が起きたら
関東のかなりな部分が
居住不能になります

関西は地震は起きても
火山の心配はあまりしなくていい
それが大きな理由なんで

いずれにせよ1年後に代替わり
その辺りから慌ただしくなります
とても由緒があって
縁起の良い地名が1つありますから


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     アシモト見やがったアノ野郎め!

      いつか覚えてやがれ !

      絶対に 吠え面かかせてやる!


私はハラ立てても 
根性がないんで

 恨みとか怒りをいつまでも覚えている
とかいう忍耐力がないんですよね

持続力ないんで 

ところがアメリカなんかあるわけですよ

 やられたことは絶対に忘れないし
いつまでも覚えていて
必ず仕返ししてきます

 ニクソンショックって
いつでしたっけ?

 1971年昭和46年8月15日

 お盆の中日ですよね 
しかも敗戦記念日です

 銀行も役所もみんな休みです
 その日を狙って行ってきました

 この日この時をもって 
アメリカ合衆国は 

ブレトンウッズ体制を一旦終わらせる
 第37代合衆国大統領 
リチャード・ニクソン 

その後の大統領と違って
あの頃の大統領の発言
重みがありましたからね

大騒ぎになりましたよ 
今の総理の 大おじさんにあたる
佐藤栄作 さんの内閣の時 

まず何が起きたのか?
みんなわからなかった 

ニクソンショックまで 
円とドルの交換レートは固定で360円です

 みんなそれを基本に
貿易もやってたわけ

 日本が黒字が出て出て
しょうがなくなったのは
 東京オリンピックあたりつまり
1964年からで

 まず繊維とか軽工業から始まった 

日米繊維交渉
なんてのが貿易摩擦の始まりですよ
 ちなみにあの時アメリカアメリカ
ということでしゃしゃり出て

ことごとくこじらせていたのが
宮沢喜一さんだったんですよね 

そして 裏方裏口から出発し
 そういう人の 後始末を
きっちりやっていたのは

田中角栄さんだった
 田中角栄さんだけは
ニクソンショックがどういうことなのか?
がよくわかっていたはずです

 オロオロする大蔵省
 瞬く間に 国の富が消えていく 

田中角栄さんがいなかったら

もっと損失はひどかったはずですよ
 田中角栄さんまもなく
総理大臣になりましたが
当然でしょうね

アメリカは Memorial Day に敏感です

東京大空襲第1回目は何日でした?

 3月10日でしたね
 2度目はいつでした?
 5月27日でした

 東京大空襲は二度あったんですよ
 それも日本人は忘れている

3月10日は日露戦争
 陸上最後の大会戦 :奉天陥落の日です

5月27日も日露戦争 
バルチック艦隊が壊滅した 
日本海海戦の日:海軍記念日です

日本がそれぞれ陸と海で
 ロシアを打ち負かした日に
大空襲をやってきた

 なぜアメリカはそんなことをした?

 連合国同盟国である旧ソ連に
 対日参戦を促すため 
ご機嫌をとったんですよ 

この二日間で
 数十万の都民が
ロシアのご機嫌取りのために
アメリカに殺されたんです
アメリカはそういう国です

当時アメリカは

 つまり
ベトナム戦争の頃のアメリカですけど 
ということはつまり
ニクソンショックの頃のアメリカ

すぐ終わるはずだった
ベトナム戦争は泥沼化しています
ベトナム戦争は地域の局地戦争ではない
ベトナム一国にも限っていない
 ラオスカンボジアまで

あの辺り一帯で ベトナム戦争の10年間 

第二次世界大戦で
地球上全体で使われた爆弾以上の量の 
大量の爆弾 が使われたんですよ

軍事常識で考えれば
 アメリカが負けるはずがないんですよ
しかし結果は ああ なりました

ケネディ暗殺後の
民主党政権を引き継いた
リンドン B ジョンソン

数学的手法を用いて 

デトロイトの合理化を断交した 
経営合理化の鬼

 ロバート・マクナマラを
国防長官に招き
伏魔殿ペンタゴンを動かし
 数学的手法縦横無尽に駆使して
行われたはずの戦争でした

 戦前日本の失敗とは異なり
 合理的判断上の間違いは
ひとつもない戦争だったはず

 しかし結果はあの通りです
 合理的にポイントを押さえて勝っても
全体では負けているんです 

アメリカにとって
 誤算 の連続どころではなかったはず
 第二次世界大戦の爆弾総量を上回る
と言いました

 つまりそれだけ
『大金がかかった戦争』なんです
アメリカの財政難は実に
ベトナム戦争から始まったんです

第二次世界大戦は
圧倒的にアメリカの勝利に終わります
なにせ本土は無傷だったんですから

アメリカはルーズベルト政権下で 
全国民が金を個人的に
所有することを禁止します

 そして全米のゴールドは
安値で強制的に国家が買い上げ

 これを ケンタッキー州に
新しく建設した巨大な金庫に

 これがフォートノックスです

 そして全世界から集まった金を 元手に
 1トロイオンス35ドル固定の
 金本位制ドルとし 

これを世界の基軸通貨とした
これがブレトンウッズ体制です

この頃のアメリカは寛容です
 アメリカが最も良かった時代 1950年代
なにせ金はあるし 工業力は圧倒的 

自動車摩擦も繊維摩擦も
影も形もありません
ヨーロッパは相変わらず不安定

 1956年 ハンガリー動乱が起きる
これを契機に多くの 東欧住民がアメリカに
ハンガリーには優秀な音楽家が多く

 その多くはアメリカの
メジャーオーケストラに
シカゴ交響楽団やクリーヴランド管弦楽団
フィラデルフィア管弦楽団

 アメリカのオーケストラの能力が
飛躍的に高まったのもこのころでした

東西冷戦の激化とキューバ危機 
この頃ベルリンの壁が建設される

一体だったはずのベルリンは分断される

 この時ケネディは
西ベルリンに降り立ち

不安に怯える同盟国西ベルリン市民に 
ドイツ語でこう語りかけました

    “  Ich bin auch ein Beriiner!”
   私もまた一人のベルリン市民である!

東ドイツとソ連に包囲された
西ベルリン市民は我に返り感動します

この辺り Kennedy
 かっこいいしスゴいです

たった一言の 演説で 相手をぶっ倒す
 カエサルやナポレオン並みですよ

ところが稀代のカリスマ
ケネディは倒され
 泥沼のベトナム戦争が始まり 

計算違いの連続の中で
アメリカはのたうちまわります

アメリカの戦線は
ベトナムだけではありませんでした
元々強力な工業国であった
ドイツと日本が復活してきます

まず弱い部門から
対米 輸出に食い荒らされるようになります
日本とはまず日米繊維 摩擦
そして次第に半導体

早々にコンピューター自主開発は
諦めていた欧州と異なり
日本は食い下がってましたからね
パソコンなんてまだ影も形もない時代


ドイツは 最初から強い
自動車産業がありましたからそっち
真綿で首を絞められるようにアメリカ
 貿易財政両方で 追い詰められます

これを脇で見ていた国がありました
ドゴール将軍の フランスです

ヒトラーにより
フランスが占領され 

ドゴール将軍はロンドンに亡命しました 

1944年8月パリに凱旋はしたものの
自力で勝ったわけじゃありません 

あくまで連合軍 のお神輿
 現地フランスで戦っていたのは
レジスタンスの人達ですから 

必ずしも凱旋将軍として
歓迎されていたわけじゃありません

 ドゴールもそれがよくわかっていた
 だからあまり大きな顔はしていません

ドゴールが
『フランスの顔』として
再登場してきたのは50年代 末

フランスはもともと 
アフリカの西北1/4を 植民地化している 
植民地帝国です

 内向きには民主主義の
本家本元みたいな顔してるけど

 ドゴール時代も
 アフリカ諸国とのいざこざで
100万人以上殺してますからね

 アジアでも同じ事やってました

 カンボジアからラオス ベトナムは
フランス領インドシナ

 しかしのこのこ帰ってみると
もう支配力がなくなっている
 これじゃ困ると
現地ベトナムで戦争を始める

ベトナム戦争の始まりは
フランスなんで 

ところが 日本との戦いで
力をつけている上に

 中国や旧ソ連の支援もあって
 さらには 現地に止まって
戦い方を教えている日本人将校が
たくさんいた

 昔のおとなしい
東南アジア人ではなかった

 結局ディエンビエンフー空港で
フランス軍は包囲され大敗します

 一万人以上が捕虜になり
生還できたのは半分以下
 栄光のフランスが現地人に敗れる 
屈辱的な大敗

 続いてアフリカのアルジェリア
 さらにはシナイ半島エジプトでも
似たような 

スエズ運河を
 エジプトのナセル将軍が占領した時

 イギリスと共に大軍を差し向けたものの 

旧ソ連の恫喝に 引き下がります 
水爆を落とすぞと脅された

 こうして戦後のフランス
恥のかき通し 
もはや国が成り立たなくなりつつあった 

そこでドゴールが再登場

 大統領になったドゴールは
憲法を停止 これを改正し
第五共和制を始めます 

これが現在のフランスです

『ベトナム戦争』

 最初にやりだしたフランスは逃げ出す 

実際にそうだったかどうかはともかく
後を継いだのがアメリカだったわけで
少なくとも 西側のチャンピオンとして
アメリカはそのつもり

ところが全然うまくいかない
 勝てるめども立たぬまま泥沼に突入
あろうことかこの戦争

 責任当事国の一つであった
そのはずのフランスがなんと

アメリカ合衆国のベトナム戦争遂行能力
中でも財政能力に疑問符を付けた
ドゴールは凄腕の軍人ですから

 戦争の規模を見れば
どれくらいカネがかかるものか判る
ベトナム戦争に投下されている
爆弾量を見ただけで

大変なものであること
すぐにわかったはずです

フランスは金融帝国です
 パリロスチャイルド家がありますからね
ナポレオンがヨーロッパ中から
ぶん盗ったカネ

おそらくウィーン会議で討議され
 大半が 返還 されてませんね
それをさせるとまたフランスが貧乏になり
またナポレオンが出てきて
戦争を始めるだろう

だからもう返さなくていいから
それで売り食いして暮らせと
一足飛びに金融帝国になったフランス

ドゴールはそういう国の人
逆に言えばフランス
金融資産が飛んでしまったらアウトなんで

アメリカに預けていては危ない
 ドゴールはそう考え 

恩義のあるアメリカに
 前例のない無礼な要求をします

『 貴国アメリカに
      国債購入という形で 投資中の 
     フランス資産は 今後 
      新規発行国債への 転換は求めず

      元本利息共に 公定価格の 金塊にて
      償還されることを望むものであります』

お前の国債も ドル札もいらないから 
ゴールドに換金 転換して返してくれない?

明らかに 苦境にあえぐ
アメリカの足許を見たヤリカタ
表沙汰にはなっていないし
記録も残っていないけど

怒り狂っていたに決まってます

かつて
金も運搬していた巨大客船 
『タイタニック』がどうなったか?
を良く識る フランス

アメリカへの金塊受け取り
軍艦を差し向けました
受け渡しも全てフランス軍人です

こうして『ドル危機』が表面化していった
アメリカは万座の前で
フランスに恥をかかされた

そしてニクソンショック以後 
これがドル暴落に繋がっていく
フランスが投げ出した
ベトナム戦争を引き継いた結果

アメリカはとんでもないことに
しかもフランスはあのような真似をした 

これをアメリカが見逃すと思いますか?
NATO が必要なうちは何もしないが
既にマクロンとの大喧嘩の末

 トランプは 米軍の
ヨーロッパ撤収を公言し始めています
一方ヨーロッパでは これを受けて
 まさに売り言葉に買い言葉で

マクロンと ドイツの メルケル
 ヨーロッパ連合軍を言い始めた

どこを敵に想定しているのか?
ロシアとのコネクションは既に
トランプ側は十分に持ってますよ

ロシア 敵視を煽ったのは
いささか病的な反ロシア ポーランド人
ブレジンスキとその弟子 ヒラリーオバマ

その流れの連中は
国務省から既に外されている
アメリカも新規まき直しをしたい 

そのための 国際緊急事態経済権限法
IEEPA1977 
International emergency economic
 POWERS ACT

合衆国の安全保障上
並びに国民の資産に対する
重大な 国際的脅威が生じた場合

 合衆国大統領は
 在米外国人全資産を 国家管理のもとに置き
 これを 接収 することができる

 その後の管理については
 各国との協議によるものとし 
期限は特に設けていない

アメリカがあっけらかんになって
これをやるんではカッコが悪すぎ
単なるネコババですからね

かといって ロシアや中国もリスキーです

しかしロシアも中国も 
憎たらしいドイツも

そして何より 恩知らずのフランス
同時に苦しめることができる
まとめて畳んで仕返しできる

フランスのクーデター騒動
第五共和制崩壊

これに勝るチャンスってあるでしょうか?
いつやるのって?今でしょ!

繰り返しますが
アメリカはやられたらやり返すし
やられたことは絶対に覚えています 

そういう国ですよ



テーマ:
前任者 フランソワ・オランド 元大統領

空前の不人気大統領と言われた
 確かに支持率は歴代最低
 覚えとかなきゃならんのは

能力は間違いなくあった人だよ
少なくとも学校の勉強レベルではね 
安倍晋三さんと一緒にしちゃいかん人

 国立行政大学院 ena 
OB その年次卒業 同窓会

有名人の名前がつくんだけど 
オランド大統領の歳は
ヴォルテールだった

 不人気を理由に
 2期目は出馬しなかったでしょ

 そのオランド政権で
経済相をやっていたのがマクロンだ

 多分4日後には 41歳
 1977年生まれだったからね
 若いね 

トランプから見れば
せがれくらいの年
 思春期から 今の嫁さん

 親よりちょっと若いくらいの歳の人
 別にそれはいい 

ロスチャイルド銀行に
勤めていた事も大目に見ても

 何が悪かったかね ?

まず順番を間違えた 
こんなことになるとは思っていなかった
証拠に 軍の人事に手をつけてしまった

 反発を買うことは必至

 戒厳令布告ともなれば
軍の手を借りなければ絶対に不可能

 しかしその時
栄光のフランス軍が動くのか?

 マクロンは軍歴がない 
しかも生意気にも 就任早々
 軍幹部人事 に手を 突っ込んだ男 

もし戒厳令を布告し
軍が動かなければ 

それ自体がクーデターと同じことになる

 統治不能ということになって 
ヘタをすると軍に幽閉され
軍法裁判にかけられる

 冗談抜きにギロチンも 
もっともギロチン死刑は
廃止されているので
それを復活させなければならんがね 

1791年 の大革命以来
 一時期を除きほとんどが
共和制だったフランス

 王政帝政時代も
 国民の支持あらばこそ

 国民の8割9割が支持せず 

しかも国民に武器 むけた政権に
加担することは 自殺行為だ

そんなことはありえない
 オプションとして最初からありえない

 すでにそういうことを
公言し始めている軍人が現れている
ということ自体

クーデターが近いことを意味している 
そもそもクーデターという言葉フランス語

軍がクーデターを起こさずとも
 大統領 マクロンが戒厳令を布告

 その命令に 軍が従わなければ
自動的にそうなる

 すでにそういう宣言を
公的になした軍人が数多く現れ

 イギリスの野党系新聞は すでに
次期フランス政権はつまり

マクロンが倒れた後の
フランス政権

 軍人 首班による
 臨時ドゴール政権のような形になり
 その時中心になるのは誰か?
という下馬評まで上げ始めている

 核を持った大国で
クーデターが起こる

 あるとすれば1991年8月の
 旧ソ連末期のクーデター未遂事件
以来のことになる

 若い人はよく見といた方がいいよ

 1930年代にも似たようなことがあった
 結局その時は左翼政権ができて
ナチスに負けてしまう

 それでなくても
困難の 時局になる 
火の中の栗を拾いたがる 奴は
そうそういない 

実際あの フランス 極右政党の
ルペンも黙っている 

どちらも反対はしないはずだ 
このまま行けば 

つまり マクロンが悪あがきを諦めれば

 マクロン退陣 
そして臨時軍事政権成立の流れに
なる可能性が高い 

おそらく今度は左には振れず右に 
ただし極右とも違う

 要するにドゴール タイプになる 

一時的にヨーロッパは大混乱になるし
 これは海を渡ってアメリカまで
波及する可能性がある 

トランプだって非常事態 宣言
出したくてうずうずしているんだからね

国内の分裂は
もはや内戦と言ってもいいぐらい 
修復不能な状態なのはむしろアメリカ 

フランスはとりあえず 
反マクロンでまとまるけどね
イレギュラーな政権交代があった場合

国民は溜飲を下げるかもしれないが 
国家 経済への信用はガタ落ちになるから

 瞬く間に副作用が
あちこちに現れる

まず金利 interest だろうな
例えば 大きな金融機関が破綻する
ようなことが起きて

金融恐慌が始まると

 金融機関同士の貸出金利である
コールレートが急騰する

 同じようなことが国債でも始まる 
もうすでにそれはアメリカから
始まっているよ

 慎重に報道されないように
してるけどね 
もう隠しようがなくなる

 しかし今回は
先にフランスでそれが起これば 

アメリカがあまり
責任を問われずにすむ
『国際経済緊急事態』ということになる

 そうすれば 例の
 International emergency economic
 POWERS ACT 発動の要件が整う

 アメリカはそれを望んでいるはず
 自分が原因で引き金は引きたくないからね


テーマ:
アメリカでは
ストウ夫人の『アンクルトムの小屋』

 この登場人物が 
文化史上に残る 最初の例か?

 この著書
リンカーンの奴隷解放宣言に
大きな影響を与えているわけだけど

ロシア 帝国 では
全く別の形で 

ロシア宮廷内 における
高い地位を獲得していた黒人がいた
しかもロシア軍の司令官になっている

アブラム ・ペトロヴィッチ・ ガンニバル
Abram ・Petrovich・Gannibal  1694~1781

ロシア皇帝ピョートル大帝によって
アフリカから連れてこられた元黒人奴隷

Wikipedia によれば
 ロシア帝国軍における最終的 階級は少将 
Tallinn 総督にも抜擢

ピョートル大帝 は
あの通り開明的な人
 身分を隠して 長期ヨーロッパ見学をし

 オランダでは 船大工として働き

 造船所ストライキでは
船大工労働者 組合長として 
団体交渉

イギリスでは 大貴族の屋敷を借りきり

 夜毎の大広間で 
仲間や取り巻きと火薬樽を爆発させ大騒ぎ 

メイドや使用人が
全員逃げ出すという凄まじさだった

 屋敷を引き払うとき
ピョートル大帝 

『ご迷惑をおかけしました』と言って
 汚い新聞紙に包まれた 

赤ん坊の頭ほどの
何か塊を置いていった 

巨大な黒ダイヤ原石だったという
おそらく歴史上最も巨大な
黒ダイヤだったのではないかと言われる

もともと理系頭の人 

文化やマナーにはほとんど関心がない

 イギリスのパーティーでも

 女性の尻を触りまくり
 手づかみで食事を食べる
 飲み放題でどんちゃん騒ぎ
 顰蹙を買うどころではなかった 

しかしピョートル大帝の
非凡な才能に注目している人がいた

 老アイザック・ニュートンだった 

どれほど難しい数学や物理の概念でも

 海綿が水を吸うように
あっという間に理解吸収してしまう 

『この道に進めば
   ひとかど以上のものになったであろう』

 滅多に他人を褒めない
ニュートンがそう言った

 ピョートル大帝も
ニュートンをロシアに招こうとしたが
これは無理

 優秀な弟子をたくさんよこしてくれた
ピョートル大帝が見学した
 西ヨーロッパと トルコ

オスマントルコは何度も
ウィーンを包囲するほど盛んな国だった

 もちろんまだ 
フランス大革命が起こる前

しかしイギリスは既に
ピューリタン革命と名誉革命を経験
次第に能力主義の時代に突入していた

明らかに 主流のアングロサクソンとは
違う毛色の連中がいる
どこに行ってもそうだ

多少行儀が悪くても
能力さえあれば
彼らは 高い給料で 使われている

 余 の ロシア帝国 もそうならねばならぬ

この後は ロシア
海に出なければならない 
そのような時に 

門地出身を 
あれこれ言っておるようでは
人がいくらあっても足りん

それに世界の海は広い

 いつもロシアから
人間を調達できるわけではない 
場合によってはその場で
調達しなければならんかもしれん 

実験が必要に なろうな 
それならばやってみようか ?

まずは 最も難しいところから始めてみよう

さすれば見当がつこうというもの
いずれ誰かが手をつけなければ ならん

ならば余が始めるまで!

そう言ってトルコの 奴隷 市場から
出生がよくわからない
エチオピア出身らしい黒人を連れてくる

彼は期待に応えてよく働き 
もちろん前例のない大出世をした

周りからやっかまれて殺されることもなく 
それなりに 寿命を全うしている
貴族に列せられもしている

この人が ロシア国民文学の祖 
アレクサンドル・プーシキンの 
曽祖父だった

このエピソードは後に
プーシキン本人が

『ピョートル大帝の黒ん坊』

現在差別用語だから 
『ピョートル大帝の黒人』という
タイトルになってるけど
有名な短編にしている

 自分のひいじいさんの話
プーシキンの肖像画 

大体
白人ぽい顔に描かれているのが
普通なんだけど
 仲間が 描いた ポートレート
明らかに黒人の肖像になってるよね

ロシアでは現在でも
大変尊敬されていて

色々な音楽家
チャイコフスキーだとか 
ムソルグスキーだとか 
オペラ原作になってもいるから 

ロシアっていうところ
強調されてるけど

 ロシア人文豪
 文章がだいたい粘着的で長い人が多いよね

 ドストエフスキーが最も強烈だし
 それなり 情緒的 情景描写が多い 
ツルゲーネフでもちょっとね 

トルストイだって 

チェーホフは別よ
あれ 芝居書き だから

 プーシキンの文章
際立って違うよね 

短い文章で
 音楽的なリズムを保っている

 明らかに他の
ロシア文豪とは異質な文章 

これって黒人の血がなせる技
かもしれない ?

そういう声はよく聞くよね 
ベートーベン以上に
そういうことあったかもしれないね

 プーシキン
売られた喧嘩で決闘して
死んでいるんだけど

 美人の奥さんがいて
 黒人系のプーシキンをよく思っていない
嫌な貴族がいて
 みたいな話だった可能性

ずっと言われてるけどね


テーマ:
昨日のベートーヴェンから
今日はスターリンですか

まぁいて座の 極端なこと
守備範囲広いね

 現在フランスで
窮地に陥っている大統領
 エマニュエル・マクロンも 
12月21日生まれの射手座だけどね

 めざせ独裁者なのかね

射手座って
まあごく一般的な星座占い的
カテゴライズで言うと

最も代表的な人物
ウィンストン・チャーチル 
ということになっていて

 陽性快活で ベタベタしない 
カラッとした毒舌家で よく失敗する
 勇敢でみんなを勇気づける

 スターリンとチャーチル

直接何度も会って話をしている
 生まれと育ちは天地ほど違う

 だって チャーチル
現実には ほとんどなかった けれども 
王位継承順位が一応 あるにはある
 ぐらいの大貴族

 一方スターリン
1878年12月17日生まれ 1954年3月5日死亡
Churchill より4歳年下 hitler より11歳年上

 本名 ヨシフ
   ・ヴィサリオノビッチ・ジュガシヴィリ

 グルジア人
 現在ジョージア人と言っているが 
あれは指導部がアメリカに
媚びてつけた名前だから
また元に戻るだろうと思うが

その中の グルジア人の中の 
比較的主流派の
 ロシア全体から見れば少数民族の

 そんな生まれ
ウラジミール・レーニンが
もともと モンゴル系であったこと
だいぶん前に

 負けず劣らずの
 帝国内では支配民族であった
ロシア人から見れば

『どこの馬の骨だい?』
みたいなそういう生まれの人

『 ソヴィエト 連邦』と言う
 多民族国民国家ができなければ
絶対に表に出て来れる人ではなかったね

ヨシフ ・ヴィサリオノビッチ
・ジュガシヴィリ

ビッチというのは 
ロシア語圏 さらにはバルカンの
ユーゴスラブ族 の間で
 ミドルネーム辺りに

 ヴィサリオンの息子
 という意味だね

ビッチは息子ということ

英語圏でビッチと言うと売春婦だから
よくこれをからかうわけだよね

サノバビッチとか言って
ロシア系の人 からかわれやすかったり

元々の 姓ジュガシヴィリ 

グルジアの宗教は
グルジア正教会だけど 

イスラム教徒もユダヤ教もいた

 しかし正教会以外は
きっちり管理されていて
分かるような名前にされていたから

 ジュガシヴィリは『ジュウの子孫』
つまりユダヤ教徒だったのではないか?

確かめようがないが
あっても不思議ではない話 

もっともスターリン本人
大のユダヤ人嫌い

 今ではユダヤ人差別と言うと
ナチスドイツが一番ひどかったことに

おそらくトータルの人数では
ロシア人だからね 

街中で普通にぶち殺されたりしていた
本当の話だよ

 グルジアなんか
もっとひどかったんじゃないか?

 ともかく暴力的なところ
 スターリンの父親は靴職人だった

 そこそこの腕の職人だったが
極めて暴力的な男

スターリンの母親や
スターリン本人にも度々暴力を振るった

 父親は後に
それが元で殺されてしまう
 スターリンはもともと
 眼の据わった可愛げのない子供

 八つぐらいの頃
天然痘わずらい死にかかったが九死に一生 

しかし天然痘痕は残り 

長く本人のコンプレックスに
醜く愛されない子供だった

 また子供の頃 2度
馬車にはねられ重傷を負い 

腕に大きな後遺症

 スターリンは 政治犯として
投獄中に徴兵されている 

この時徴兵検査で不合格 
その大きな理由が

 右手と左手の長さ
かなり大きく違っていた事

 スターリンは 一生涯 
このことを隠す 仕草をしていた 
写真に映る時両手を伸ばしてないでしょ?

 必ず片腕を曲げている

 手の長さが
左右不揃いであることを隠すため
だったと考えられている

これが事故のせいなのか?

 はたまた
生まれついての奇形だったのか?

ちょっとよくわからない
 ロシア帝国側の徴兵検査記録には

 奇形みたいに書かれていて
 しかも 両手両足の指の間の 
水かきが 異様に大きすぎ

 銃が使えないのではないか?と
 スターリンはおそらく
 ロシア帝国のために軍役に着くのは
嫌だったろうが

 兵士として
一人前未満とみなされた
 COMPLEXは 一生涯

 一度も軍歴がない
にもかかわらず年がら年中
軍服を着ているおかしな男

 このスターリン独特の スタイル

 後にプーチンが
大統領就任式の時真似している 

プーチンは別に
そういうことはないけど

 おそらく 
『強いスターリンの再来』

イメージを
国民に喚起させるため
わざとやったと思われる

グルジア Georgia 
グルジア語 公用語で

 ヨシフ少年も
それで暮らしてきたが

 頭がいいことを見込まれた ヨシフ少年 
神学校に推薦される

 ロシア正教会だから
 ロシア語以外認められない 

大きな言葉のハンデを
 少年スターリンは 克服

 もしこの時の経験がなければ
独裁者スターリンはなかったかもしれない 

彼はこの時
 学校の印刷所に 入り浸り
 正式な学校新聞とともに 

 帝国各部署に侵入しつつあった
共産党系の 印刷物を
担当するようになっていた

 後にこれが元で
 退学 になるわけだけど
 学費も払わないし 

電波メディアが
なかった時代の活字メディアの
重要さに気づく 

すでにいっぱしの
 プロパガンダ 専門家になっている

 ボリシェヴィキと
 メンシェヴィキ の対立が始まっていた頃 

ロシア帝国秘密警察 オフラーナ

 組織内部にたくさん
スパイを潜入させていた

 どうやらスターリン
自分の身を守るために
二重スパイをやっていたらしく

 後に公式に記録が見つかって
事実だったと考えられる

 この事実を知っていたものの多くは
 後にスターリン本人に殺されている

バクーで石油を採掘していた
ロスチャイルド系の石油会社でも働き
そこでも盛んに破壊工作をやっていた

実行力をレーニン本人に認められ
大掛かりな銀行強盗事件は何度も

 強奪した資金を
レーニンに渡し
ココでも大きな信頼を得ている
 実行力は抜群だったわけだ

仲間を売ったり
殺したりする冷酷さ
実はヒトラーも 一次大戦中から
その独学の博識を認められ 

軍情報部から
東部戦線から帰ってくる兵士が
 共産党かぶれになっていないかどうかを
チェックする

スパイをやっていたんだけどね
その点 スターリン に似ている

 いざとなれば 
殺人を伴う銀行強盗も全く躊躇わない

 宣伝プロパガンダの
プロフェッショナルとしての 経験と能力 

人が嫌がる仕事を
積極的に引き受ける

 大卒のインテリが多かった共産党幹部
そういう人間がおらず

 気がつけば
下っ端の仕事は全部
スターリンが 押さえていて

 この中には
 通信宣伝業務も全部含まれていた 

旧ソ連の最初の幹部
何を喋っているかは
全部スターリンに伝わっていた

 下から押さえていくことで
独裁者になった

 レーニン後は 跡目争いに

 しかし ライバルだった
トロツキーが出る幕は
最初からなかったわけだ

 レーニン死後 
すでに幹部だった メンバーの中で 

スターリン以後も残されたのは 
軍の最高幹部ヴォロシーロフと 
外交担当のモロトフ
 秘密警察 幹部のベリア 

おそらくスターリンの
弱みを握っていた カガノビッチ
 というユダヤ人 

ぐらいしかいない 
実行力のありすぎる冷酷非情な男 

分かっているだけで
2度結婚しているが

 最も愛した2番目の妻は若くして自殺 
その娘が 後に西側に亡命して
えらいことになるわけだけど

 知られていない息子もいて
 最初の妻の息子は 独ソ戦で捕虜になり
収容所で死亡

 2番目の愛妻の息子は
ドラ息子だったようで

 スターリン死後 良い目に遭っていない

なかなか 理解も共感もしにくい 
怪物的な権力亡者の男だけど

 最も愛した
美人のインテリ 

歳の離れた2番目の妻
 彼女が自分に抗議して自殺したことは
大変ショックだったようで

 本人の葬儀には出なかったが
 クレムリン内にあった彼女の墓には 

スターリンの命令で
 大きな彼女の 
ポートレートレリーフが彫り込まれ

 夜中墓参に
スターリンは 年中 訪れ
 ひとりで墓石に手をつき泣いていたという

 ちょっとこの話
ヒトラーに似ている 

ヒトラーはゲリ・ラウバルという
 実の姪と 

今 我々 から見れば
近親相姦関係にあって
 愛人にしていたんだけど 
自殺されている

 ヒトラーはこれをずいぶん悲しみ

 もう自分は立ち上がれない
とまで言っていた

 立ち上がらなければ良かったんだけどね

 自殺直前にヒトラーは
 愛人エヴァ・ブラウンと
結婚しているわけだけど

 彼女は ゲリ・ラウバルの
代用品に過ぎなかったんだ 

ちなみにヒトラー本人も

 歳の離れた叔父と姪夫婦の息子 
現在の日本ではおそらく
婚姻自体が認められない近親結婚 

奇形が生じやすいというのは
知られているが

 ヒトラー本人の
異常な性格の偏り
これに起因しているという研究

なぜかないね 

スターリンも
そんなだった可能性はあるけどね
なにせ近親縁者が多い地方の結婚だから

テーマ:
1770年生まれ 1827年没

ドイツ語の発音は
『ベートホーフェン』

フランス革命勃発時21歳
ナポレオンの クーデター当時 29歳
ナポレオン死亡当時 50歳

ナポレオン・ボナパルト
1769年8月15日生まれ
1821年5月5日死亡

ナポレオンとベートーヴェン
 ほぼぴったり同じ世代
ベートーヴェンも強く
運命的な結びつきを
感じていた時期があった

ナポレオンは一歳年上
まさにベートーヴェン 
頭角を顕し始めていた頃

巨大彗星のように
燦然と輝き始めたのがナポレオン
ベートーヴェンよりやや年上 ゲーテ

『 古今未曾有の大 才』
 ナポレオンのこと
そう言ってたからね

天王星の発見と
ほぼ同時期に生まれていたのが
モーツァルトだった
1756年 1月27日 水瓶座生まれ

 天王星は即座に
水瓶座の星とされた
革命の時代の到来を告げる星

実際 Mozart
 フランス革命 から 始まる 
革命の時代の到来を告げにやってきた
ある種の使い

しかし フランス革命の精神
 当時の西ヨーロッパ
東ヨーロッパまで轟きわたらせたのが

誰あろうナポレオンだったわけで

ナポレオンこそ
『生きた革命精神』
だったとすると

それを
音楽という新芸術に
具現化したのがベートーヴェン

ナポレオンを持ち上げ
そして殺してしまうあの『エロイカ』
Symphony No.3だけど

唯一のオペラ『フィデリオ』

無実の政治犯 Fidelio こそ
当時の全ヨーロッパ市民

そして Fidelio 救済に立ち上がる
貞淑な妻 レオノーレ

あれが『自由の女神』だよね

Fidelio そのままより
途中の間奏曲 
『レオノーレ序曲第3番』

むしろベートーヴェン

絶対に聴いて
おかなければならないのは
この曲だよね

これがベートーヴェンが
 鼓吹してまわった革命精神そのもの
いちばん噛み砕いた表現になっている

大哲学者イマヌエル・カント
『 まじないに近い 俗悪な 芸』
彼は音楽に全く無理解で
そういうことを言っていた

しかしそれは
かなりの ヨーロッパ人の
 共通認識だったんだ

もちろん理解があった人いたけど
哲学をよく知っているような
インテリの間では

必ずしもそうではなかった
カントみたいな人も大勢いた

そこでベートーヴェンは考えた
当時ヨーロッパ最先端の哲学は
ヘーゲル哲学だった

テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ

日本語では『正・反・合』なんて言う

まず命題があり
それと相矛盾する命題があり

両者は『止揚・ アウフヘーベン』

することで 別のものに融合

これが弁証法だけど

ともそも音楽で長調と短調
二分して見せたのがバッハ平均律

ベートーベンはこれを一歩進め

長調と短調 相反するものとし
これが最後 

長調 に合一することで解決する

 ヘーゲル哲学の
弁証法のアナロジーとしてみせた

それが『交響曲第5番』

初めて 明確に哲学思想
音楽にしてみせた人こそ
ベートーヴェン

Symphony No. 5 in C minor 
 それほど中身のある音楽とは

しかし意味がある音楽

宗教音楽を書いた人は大勢いた

しかし思想そのものの
 音楽化に成功した人

これはベートーヴェンが最初

事ここに至って
 西洋の文化史上 初めて
 音楽は他の芸術と
どっこいの立場になった

これは革命的なこと
忘れられているけど

ベートーヴェン
自分の持つ音楽によって
 音楽の芸術力によって

 ダヴィンチやミケランジェロと

どっこいの立場になった

彼がいなかったら 
その後の音楽家も
低級芸術家 の立場に甘んじていた

19世紀前半にまずベートーヴェン

それより三十歳近く 若いけど
ほぼ 同時代人のシューベルト がでた

ベートーヴェン死亡の
翌年になくなっている

シューベルトの役割 

それまで
詩人が担ってきた役割の
かなりの部分を 

音楽に引き継いだこと

 詩人は古代
何でもやっていたからね 

詩歌から
演劇を分離したのがギリシャ人

 そしてポエムから 
役割の2/3くらいを
音楽に 引き継がせたのが
シューベルトだった

 音楽の方が向いている
それをシューベルトか証明して
 後に続く人あまたに

やって見せられるだけの
音楽家がそれまで出なかった

ベートーヴェンとシューベルト

ショパンが『ピアノの詩人』
なんて言われてるけど 
それができたのは
シューベルトがいたから

今ではかつての
西ドイツの首都
ボン生まれということで

ドイツ人にされちゃってるけど

旧西ドイツの首都
『ボン』だったのは

ベートーヴェン が生まれた
場所だったから

ヒトラー時代
あまりにも酷いことをドイツ人がしたんで

全世界が間違いなく
 尊敬するドイツ人
ということで
ベートーヴェンが選ばれ

その生誕地が首都になった

しかし厳密には
彼はベルギーオランダの人

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

ドイツ人だったら 
Herbert von Karajanみたいに

フォンVonが
つかなければおかしい

Van ゴッホと同じように
ベートーヴェンの先祖は両方とも 
フランドル人の 血統だけど

ドイツ系の血も入っている

両親ともかつて
 地中海アフリカで商人を

おそらく現地アフリカ人と混血している

特徴的な浅黒い肌 
平たい獅子っ鼻
突き出た頬骨とあご 分厚い唇

そして
もじゃもじゃの縮れ毛
全て黒人の特徴だよね

黒人の遺伝形質
1/72になっても
突然発現することがある

彼の場合はおそらく隔世遺伝

音楽の霊的な深さ
そしてダダダダダダと
たたらを踏むようなリズム

これもひょっとするとだよ 

アメリカの 黒人系
ジャズミュージシャンはよく
そういう話を好んでするけど 

白人はとても嫌う
特にドイツ人は嫌うね

 しかし南アフリカ共和国の
かつての国家

ベートーヴェンの第九だったのは 
そのことを意識して
 だったらしいから



テーマ:
今朝方 Twitter で流れてたね 

そうは言ったってさ

 ドイツ国内第2位の
 コメルツ と合併させようとか

 なんだよ?
それって?感じな 

コメルツ っての
世界的に見たら小さい銀行ではないよ 
しかしドイツでは圧倒的に
ドイツ銀行が 巨大 

たとえは悪いけど

 かつての北海道 
20世紀末までの北海道だけど

 圧倒的に
北海道拓殖銀行だったんだよね

 あの頃10 大銀行 と言っていたけど
北海道拓殖銀行は 北海道の銀行だけど

地方銀行ではなくて
都銀と同じ扱いだった
 渋谷の駅前にも支店があったりしたよ

 こちらから見ていると
 やっぱり地方銀行だけど

むしろこちらから見ていると
地方銀行のトップである横浜銀行が
都銀ないことの方がおかしい感じ

扱いはそうじゃなかった
 拓銀の人からもらった名刺
まだ持ってるけど 

英語の名前
何だったか知ってるかい ?

    Hokkaido Colonial Bank 
拓殖と言うと分かりにくいけど

 要するに 北海道植民地銀行

蝦夷地が北海道という
植民地になった名残が
『たくぎん』だった

こう言っちゃ悪いけど
 都会にまで 支店を出させて
あれだけ厚遇した

それが『たくぎん』の
寿命を縮めたと思う よ
不動産融資競争に

 それも都会の不動産の
融資競争に北海道の銀行 巻き込むって
どう考えたって間違いだろ?

これは旧大蔵省の完全な行政ミスだよ
何度も言ってきたけど

 80年代まで日本の銀行
自力で判断して商売をやるなんてこと
一度もやったことがないんだよ

戦前はもちろん
 戦後 だってそう 

まだ力があった頃の通産省
 海外も国内も徹底的にリサーチ

 次はどのような産業が有望で
これを育てるという SEED 化 をやる

 そして大蔵省と協議し
 大蔵省は大蔵省で

 当時はまだあった
日本開発銀行をはじめとする
 政府系金融機関を通じて 

これみよがしな小口融資をやる
 はっきりこれを育てるという
サインを出すんだ 

ただの融資ではない
 20年単位の超長期融資で 
しかも超低金利だ 
それを見れば

日本 国が次に
どの産業を育てようとしているかは
一目瞭然だ

 すると 現在の
 メガバンクにあたるところ

当時はその中に 
北海道拓殖銀行 も入っていたんだけど
 複数の銀行が協調融資団を作る
コンソーシアムというやつだ 

政府系金融機関に準じた 
これまた超長期の超低金利融資

他の企業とはっきり差別している

 これは本来
資本主義の銀行金融機関が
やることじゃないよな

 社会主義政策だよ

 旧ソ連がやっていた
5カ年計画みたいなもの
あまりうまくいったことがないんだけど

 日本の旧通産省や
大蔵省がやった政策は
例外的にうまく行ったんだ

むしろ 社会主義の本家本元
ソ連 よりもうまく行ったと言っていい

 完全な計画経済 

日本の戦後高度経済成長は
民間の力だけでと言っていた人がいたけど

 明らかに間違いだ

 銀行からの融資を受ける段階で
 他国と差がついていること
明らかだろう?

 俺たちは国の世話になんか
なっていないという
本田宗一郎さんの言い分

間違いなんだよ

北海道はさらに
何もないどころか
マイナスからのスタートだからね

まず炭鉱その他
地下資源 
森林資源開発 
農業はまだまだだった 

北海道出身の女優
高橋恵子さん

 自分たちが子供の頃

 高橋さんは1950年代生まれだけど 

北海道米というのは 
日本本土の米よりもずっとまずかった

 ところが今になって 
北海道産米がブランドになっている 

どさん子高橋さんから見ると 
驚天動地の出来事だという 

そうなんだよね 
北海道の大地は泥炭層が多い 
泥炭というのは 

まあ死んだ植物が 
腐り損なってたくさん 
栄養価が低い状態で積み重なっている
そういう状態だ

 石炭 にもならないし
かといって土にもならない 

これを開拓して
土を増やすのは大変な 事業 だ
日本はそれを100年かけてやったんだよ

 そして高橋恵子さん
 50歳を超えてやっと
 本土よりも美味しい米が作れる
ようになったんだ 

まさに北海道コロニアルバンク 

それなくしてこんなことはできなかった 
北海道はまさに計画経済の大地だ

 寒冷地で泥炭層で土地が悪い 
実はドイツはまるごとそうだった

 行ってみるとすぐわかる

 ともかく泥の粒子が細かくて
 粘土の一歩手前
 水ですぐドロドロになって固まると
岩のように硬い 

しかも泥炭層がたくさんあって
痩せている 

麦を作ったって
なかなかましなものができない 
当然国民は飢える 

三十年戦争では9割の人口が死んだ
 ドイツ人の9割が死んだんだ
 ペストの流行もあったが
大半が餓死だよ 

しかし近世に
 スペイン人とポルトガル人
 南米からじゃがいもを 持ち込んで

やっとなんとか
 本当に食うや食わずの土地だったんだよ
 ドイツが豊かになったと
言えるようになって

 たかだか200年もない

ドイツはそういうところだ 
1870年やっと近代ドイツが統一

 日本とよく似た開発独裁をやった 

その片腕がドイツ銀行だ 

かつての北海道拓殖銀行は
北海道では圧倒的なステータスだった 

ドイツ銀行
そのドイツ版だと考えればいい 
スケールは全然違うけど
 銀行としての役割振る舞い

かつての拓銀に似ているんだ 
つまり国家と表裏一体だってこと 

ドイツは赤字国債がない
とかいう話あるでしょ ?

ドイツ政府に債務がないだけだよ
 債務の付け回し先があるんだ
それがドイツ銀行だ

 安倍晋三があちこちで
小切手を切って かれこれ
 100兆円近くだろ ?

ドイツ政府
 東ドイツを吸収
 ヨーロッパ連合 劣等生国家を救うため
どれだけ小切手を切ってきた?

 そのために無理をして
デリバティブ 財テクで補おうとした結果が 7500兆円 の借金だよ 

ドイツが財政赤字ゼロ
というのは全くの間違いだ 
小切手帳ドイツ銀行に 
つけまわししてきただけだ 

日本の2/3程度の 国民総生産で
 ヨーロッパ全部の面倒を見ているんだから
それくらいの借金は溜まるだろう 

もう救えないのは明らか

 拓銀は結局
北洋銀行みたいな地方銀行と
一緒にされたんじゃなかったか? 

リーマンショックの時
ドイツ銀行のやつ
なんて言ってた? 

コメルツからの電話は
ろくな話じゃないから
全部切れって言ってたんだよ 

そのコメルツとドイツ銀行

合併させてどうなる?

 土地バブルに踊り狂った 
かつての富士銀行    第一勧業銀行 
そして日本興業銀行 

合併してみずほ銀行になった

 外資系銀行はこれをあざけり
 ドブに落ちた酔っ払い三羽烏と言った

 ドイツ銀行 Plus コメルツなんて
悪い冗談もいいところだよ 

すでにドイツ銀行 
株価6ユーロくらいじゃないか? 
それでも合併話で上がった 

つまり仕手株になっちゃったわけだ

テーマ:
ストラスブールで銃乱射

 犯人と思われる男が射殺 

どうやら アラブ系移民の
イスラム過激派だった 模様

 これだってさ
 わかったもんじゃないわけだ
 おりもおりだからな 

権力側が
この場合はマクロン政権側だけど
 渡りに船ってこのことだよ

 ピンチになると 大規模テロ
だなんだかね 

ストラスブールって所がミソだ

 東の国境付近
 綴りで分かるように 
ドイツと行ったり来たりしていた地域

フランスとドイツ

 フランスとスペインみたいに

ピレネー山脈みたいな
自然国境線がないから 地続きだ 

アルフォンス・ドーデの有名な短編 
『最後の授業 』
『月曜物語』という短編集の
第1作目なんだけど 

これは 1870年の普仏戦争敗北後
 フランスは アルザスロレーヌ地方を
 プロイセンドイツに割譲

 長い間 
つまりこれから 1918年まで 48年間 
この辺りはドイツ領だった 

公用語もドイツ語になっていた
 みんな普段フランス語だけど

 ヨーロッパそんなもんだ
国境付近はグラデュアルに 
人も文化も変わっていく

 国境をまたいだら
ガタンと変わるというわけじゃない 

銃撃事件があったストラスブール
この地方の中心地だ 

シャルル・ミュンシュ
という大指揮者ご存知かな?

 小澤征爾さんの
 海外での音楽的 師匠にあたる人

 ボストン交響楽団常任を
長いこと勤め 60年代末期 

ドゴール政権と 
その文科相だった作家
アンドレ・マルローの 発意により

 国立パリ音楽院教授で編成されていた
 『パリ音楽院管弦楽団』が解散

公募 メンバー も入れて 発足した
『 パリ管弦楽団 』

最後はその常任で
 旗揚げコンサートを
アメリカでやっている時
ボルチモアで客死している 

ジャン・マルティノンが 
典型的にそうだったけど 

フランスの秀才型音楽家
特にアメリカ辺りで成功しにくい

 あまりにもフランス第一を言うから

 けれど ミュンシュ 
不思議な人で

 ストラスブール出身なんだよね

 つまり 彼が生まれた時
 ドイツ人だったんだよ

 おそらく名前からして
先祖もそうだったんじゃないか ?

第1次世界大戦が終わるまで
 カール   ミュンヒが正式名

 戦争が終わって
晴れてフランス領になり
フランス人になった

 そのせいもあり
 ミュンシュ という指揮者
 ドイツオーストリアの音楽も 
フランス音楽同様にとても得意だった 

アルザスロレーヌとか
ストラスブールとかいうところは
そういうところなんだ

EU 圏は行き来が自由になっている 

犯人はドイツ側に逃げる
こともできたけれど
 手回しよくフランスが捕まえ射殺 

これで マクロン政権
 非常事態宣言からステップアップして
 戒厳令 に持ち込む口実ができた

 ところが
どの軍の将軍が 言 ったのか
よく分からないんだけど 

大統領マクロンに
 公開質問状を出した人がいると言う
 ネットで既に出回っている 

内容については
ちょっとまずいことが書いてある

 私これ見た段階で眉唾だな
と思ったんだけど

 催涙ガスじゃなくて 別のものまで
 つまり 致死性かどうかはともかく

毒ガスの類を
使ったんじゃないか
 もしそんなことになれば

 直接使った連中はもちろん 
命令したマクロンまで
 裁判にかけられる

 軍全体がどうのという話じゃないが
 こういう話がちらほら
出てきていること自体

軍隊が一枚岩じゃないということ
 危ないな

いよいよ 前にも言ったけど

 マクロン
 大統領就任早々
 軍改革に手をつけ

 そもそもこれが危ないんだけど 

軍の改革は就任早々
やるようなことじゃないよ
 一番慎重にやらなければ
いけないことなのに

それがこの男わかってないわけだ 

しかし行って言うことを聞かない
うるさ型の将軍を何人も更迭している 

この状態で

戒厳令布告できるのか?

 やってもし軍の一部
少しでも動かなければ 
それは反逆同然になるから 

別の軍を差し向けて
潰さなければならないが

そうなれば内戦になる
 アメリカは9.11から
そういう事態を想定して
いろんなことをやってるけど 

国土安全保障省なんてのは
そのためにいるから

 しかしあれだって
アメリカ軍を抑えることは絶対に無理だ

 旧ソ連現ロシアの 国境警備隊
最大50万人

 これだって ロシア軍を
抑え込むのは無理だろう 

フランス軍に立ち向かえる組織は
フランス国内には存在しないよ 

つまり戒厳令が見えてきた段階で
いよいよマクロンも終わり

 頭に血が上っていたって
 馬鹿でなければ逃げ出す 
マクロンはそこまで馬鹿ではないだろう

 そこまで行くかどうか?
今のところ分からないが

その危険が出てきたことは確かだ 
おそらくそれを察した軍の誰かが

 マクロンが血迷ったことをやる前に
 つまり パリ もしくは フランスの
どこかの市民に手を挙げる前に

『 やめろ!』という
警告を出したんだろう

万が一そうなればその時点で
ドゴール 元軍人大統領が作った
 第五共和政は崩壊する 

あのドゴールだって 
1960年代末期の 学生 による 
アンチ ドゴール 運動 で
辞任したんだからね 

あの時は5月革命と言われた
 現状はそれ以上のことに
既に 発展してしまっている

その次はどうなるかわからんな
 選挙やればおそらくルペンが勝つだろう 

しかしルペン大統領に 従う 
グランゼコール出の 高級官僚や
軍人がいるとは
ちょっと思えない

行き詰まりは目に見えている

反対する奴は
国民にも 同じくらいいる

 結局また誰か
軍人の大統領が立つことに
なるんじゃないかな

 まだ気が早いけど
 そういう場合も想定しておく
段階に入ってるよ

テーマ:
( 本年9月の記事だけど
      間違いなく 安倍晋三
      約束してるんだよね 

      そしてそれはこの人物が 
     すでに海外にばらまいてきた
      数十 兆円 の行方と結びついている

     おそらくそれは
      あまり注目されていない 
     一体何をしに行ってるのか
      よく分からない 日程と関係している
    
      About に言っておくとこれは
      逃げ込み先の問題

       ネタニヤフ本人も 
       現在やばいことになってるんだけど 

        もっと大きな問題だと 

       それを 託したんだ 

         それがどこかってこと 

         ユーラシア大陸ではない 
        オセアニアでもないよ

       極東にユダヤ人国家をという話は
    戦前からあったけれどそんな話でもない 

       ぜんぜん別の場所で
       安倍晋三にコネがあるところ

       分かる人はこれだけ言えば
        ピンとくるはず  )

『Rosh ‐Hashana 』=ユダヤ新年
今年は9月11日と12日
つまり 今日と明日

日本人で初めて
全米オープンテニスを制した

『大坂なおみ』選手
    Naomi  Osaka

『なおみ』は
日本人名であると同時に
『NAOMI=ナオミ』
旧約聖書の重要な登場人物 
もちろん女性

そしてその女性は
 安倍総理夫妻が
イスラエルの
ベンヤミン・ネタニヤフ首相から
     Benjamin  Netanyahu
馳走になった際

    Moshe Segev シェフが
そのデザートを Instagram にアップして
  大炎上した

   あの『靴に盛られたデザート』
                 Shoes  of  dessert

これに大きく関係してくる 
ちなみに靴は鉄製

かつて息子ブッシュ大統領が
イラクで投げられた靴 

あの時の『靴』とは
いささか文脈が異なる

ネタニヤフのメタファー
強烈なメッセージが含まれていた
それは

『ワタシはこの男:Shinzo Abe に
   大きなものを支払いましたよ!』

そういうメッセージだったんだ 

ネタニヤフは
外交的重大リスクを冒してでも
それを全世界へ向けて
アピールする必要があった

或いは契約履行義務の
強烈な督促状かも?

問題は  果たしてそれが何か?ってことだ

ネタニヤフの友人
 アデルソンの カジノみたいな

ケチなものではおそらくないだろう
 ちょっと考えてもらいたい


旧約聖書  ルツ記    第4章

  1.     ボアズ は町の
       門の所に 上がっていってそこに座った
           すると先に ボアズ が( 中略 )

    親戚の人が通り過ぎようとしたので 
     ボアズはその人に言った

     『 友よ、こちらに来て
          ここにお座りください (中略 )

  3 .   ボアズは親戚の人に言った 

    『   モアブの家から帰ってきたナオミは
         我々の親族 エリメレクの地所 を
         売ろうとしています  (中略)

  5.    そこでボアズは言った 
     『  あなたがナオミの手から 
             その 地所を買う時には 
       死んだ者の妻であった モアブの女
      ルツをも買って、 死んだ者の名を起こし

     その嗣業をも伝えなければなりません 』

   6.    その 親戚の者 は言った 

         『      それでは私には
             あがなうことができません 
    そんなことをすれば私の嗣業を損ないます
                   あなたが私に代わって
              自分で あがなってください

        私はあがなうことができませんから  』

    7.      むかし  イスラエルでは
       物をあがなうことと 権利の譲渡について
         万事を決定する習わしはこうであった 

       すなわち    その人は   自分の靴を脱いで 
                       相手の人に渡した 

   これがイスラエルでの証明の方法であった

   8.    そこで親戚の人が ボアズに向かい 
      『   あなたが自分であがないなさい  』
             と言ってその靴を脱いだので

   9.    ボアズは長老たちと
          すべての 民に言った 

         『   あなたがたは今日
        私がエリメレクの 全てのもの及び 
        キリオンとマロンの すべてのものを 

          ナオミの 手から
        買い取ったことの証人です
            (中略)

  16.    そこでナオミはその 子をとり 
             懐においてやしない育てた

  17.    近所の女たちは ナオミに
           男の子が生まれたと言って
    彼に 名を付け その名を オベデ と呼んだ 

 彼はダビデの父である
エッサイの父となった

    18.    さて
         ベレズの子孫は次のとおりで ある

         ベレズからヘヅロンが生まれ


    19.     ヘヅロンからラムが生まれ
             ラムからアミナダブが生まれ

     20.     アミナダブからナションが生まれ
              ナションからサルモンが生まれ

     21.      サルモンからボアズが生まれ
              ボアズからオベデが生まれ

      22.    オベデからエッサイが生まれ
                エッサイからダビデが生まれた


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