日本民族は言霊(ことだま)を生み出しました。

正確には言霊道と言うべきもしれません。

 

【万葉集】に、日本は「ことたまのさち(幸)合う国」であるとされています。

 

ことだま、という日本語、そして日本語の核をなしている、やまとことば、さらには五十音図と日本語の文法、発音の最初の骨格、つまり日本民族のことだまの道は、約9000年前には成立していたと推定されています。

 

昭和初期の言語学者の一人、小笠原孝次氏は、約8000年前に中央アジアの高原地帯に生まれた聖(ひじり)の一団が東に向かい、日本列島に到着して、ここに人類の正当文明を立てた、それが日本民族そして皇室、皇朝の起源であるとされました。

 

聖とは、宇宙の真理を認識し、かつそれを表現する言葉を生み出し、会得した人々の意味です。

 

この小笠原氏の説は、ツラン(天の子)民族が北回りで日本に移住して、縄文文明を生み出し、日本語を完成させたということです。

 

ツラン平原から南下した仲間達がメソポタミアにシュメール文明を育てていたのと同じ時期に、北回りで日本に来た仲間達は縄文文明を産み育てていたのです。

 

シュメール文明と縄文文明と、どちらがツランにうまれた人類最初の正統の文明を、より純粋に継承していたのでしょうか?

 

縄文日本人の精神をもっともよく体得し実行した英雄の一人、西郷隆盛は

「文明とは道の普く(あまねく)行はる〃を賞賛せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず」『南洲遺訓』より

 

と定義しています。

 

縄文人は荘厳な宮殿をつくらず、美麗なる礼服で飾らず、外観の浮華を自慢しませんでした。

 

日本民族にとって歩むべき道とは、人間の営み(人工)が、自然を破壊してはならない、自然と調和し、人工がむしろ自然をより豊かに、より美しく繁栄させるものでなくてはなりません。

 

そのような方向に人間が進んで行く、それを「道」となづけるのです。

 

人間の営為(人工)が、このように積み重ねられてゆく有様を、「文明」と称するのです。

 

これこそ、ツラン文明→縄文日本人→日本民族、と受け継がれた根本概念なのです。

 

 

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