バーンスタインとベルリン・フィルには一期一会の名演として名高いマーラの交響曲第9番のレコードが存在する。伝説に虚栄まみれた逸話はつきもので、ここでも『カラヤンが邪魔をして十分なリハが取れなかった』『バーンスタインはレコードと映像の販売を切望したが、カラヤンが許可しなかった』など数々の興味深いゴシップが付きまとう。史実としてこの時の演奏はカラヤンの死後に、10年以上の時を経てCDとして発売された。
成り行きは不明だが、「オケ側が崩壊寸前の演奏を遺したくないために、カラヤンと同曲の録音を条件に販売を止めた」との噂が立つくらいベルリン・フィルが非協力的であったのは、バーンスタイン自身が語っているので間違えないであろう。ただ、実際に演奏を聴いてみると、確かにミスは目立つが『崩壊寸前』という訳ではなく、バーンスタインらしい名演奏に仕上がって聴こえるから不思議である。
以下ベルリン・フィルのインテンダントであったヴォルフガング・シュトレーゼマンの言葉である。
「バーンスタインとは、1940年以来、常に接触しています。バーンスタインは、ベルリン・フィルを指揮する意志はあるが、それには二つの条件があると言っています。第一にアムネスティ・インターナショナルのためにチャリティ・コンサートとして行うこと。第二に会場はドイチェランドハレを使用すること、です。こちらの回答としては、一日だけなら希望に添うことはできるが、我々にもフィルハーモニー・ホールで正規のコンサートを行う権利がある、ということです。仮に、ニューヨーク・フィルに招聘されたカラヤンが、次のように言ったとします。『マディソン・スクエア・ガーデンでのチャリティー・コンサートは指揮しますが、本拠地のエーブリー・フィッシャー・ホールでの指揮はお断りします。』おそらく誰もが『あなたは正気か?』と言うでしょう。」
同時代を生きたスーパースター同士とあって二人を巡っては数々の逸話が存在する。ある時カラヤンの指揮するシェーンベルクの『浄められた夜』をバーンスタインが聴いた後に、楽屋でひどく興奮して
「この曲をバレエ音楽としていくども振ったことがあり、この曲ほど譜りつくしている曲はない。だが、このような演奏を聴いたことがない。」
と告げた。カラヤンは後に
「彼はとても興奮していたが、なかなか感じがよかった。彼とうまくやって行けるように思う。何かいっしょの仕事を企画したらいいのではないか」
と語ったが、これは確執の噂を払拭するための『合同演奏会』という企画になり日本への演奏旅行で開催の予定であった。その際ベルリン・フィルではなくウィーン・フィルを選んだ理由として
「ベルリン・フィルの音楽家は甘やかされすぎて、最早カラヤンを常任指揮者として望まなくなっている」
とバーンスタインが告げ、カラヤンを喜ばせたのは有名な話である。この企画はカラヤンの死によって永遠に幕を閉じた。他にもカラヤンの誕生日にバーンスタインよりバースデーカードが送られた話とか、偶然鉢合わせたホテルでバーンスタインが騒いでいるとカラヤンからシャンパンが送られた等、想像力を掻き立てられるエピソードは多数存在する。
DG 435 378-2
Gustav Mahler : Sinfonie Nr.9 D-Dur
Leonard Bernstein & Berliner Philharmoniker
マーラー交響曲第9番ニ長調
レナード・バーンスタイン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
1979年10月アムネスティ・インターナショナル

POCG-20001
Gustav Mahler : Sinfonie Nr.9 D-Dur
Herbert von Karajan & Berliner Philharmoniker
マーラー交響曲第9番ニ長調
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
1982年9月ベルリン、フィルハーモニー

UCCG-4528
Gustav Mahler : Sinfonie Nr.9 D-Dur
Herbert von Karajan& Berliner Philharmoniker
マーラー交響曲第9番ニ長調
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
1979年11月ベルリン