祝福を受ける前に
既成家庭などというものはない
祝福の価値において違いはない
と言われたことがありますが
でも、同じではないと思っています
もちろん価値じゃなくて使命的に
お役目が違うんだろうと感じます
私の夢の中に別れた夫が
たびたび登場するのは
霊界の嫌がらせではなく
別れたといえども、霊界においては
相対なんだろうと気が付きました
祝福とは絶対的なもので
別れようと死別しようと
家庭を持たないままであろうと
歴然と霊界において
成立しているのだと思いました
だから
きっと
霊界に行くと
私の相対は
今でも
これからも
永遠に
元夫なんだ、と
知ったのであります
嫌だとか悲しいとか無常だとか
そんな私の感情はどうでもよく
それが事実なんだろうと思います
(霊界に行ってないので断言はできませんが)
祝福とはそういうもの
そうでなければ偽物だな、と
はっきり思ったわけです
また、そうであるからこそ
感謝そのものの道なのです
忘れないうちにブログにしよう
とか思って書いております
こういう事柄は世間一般では語れず
心にしまっているうちに意識が薄れ
忘れていくものです
もういくつもの大切なメッセージを
過去に忘れてしまっており
ものすごい負債感にさいなまれつつ
そのことすらも忘れていく
私oliveの人生でございます
おそらく多くの食口、元食口が
そのような体験をして
いるのではないかと思うのです
忘れてるってことではなく
メッセージを受け取ってるってことね
そういうの心置きなく話したいよね
神様のいろんな姿や顔を見たいです
※この世のあらゆる問題は
個人ではどうにもならないことで
向かう方向がどんなに
危険かを認識していても
止めるすべがない無力感
UCはこのままじゃいけないよね
分裂したままでは
善なる動きは出来ないよね
って言ったとしても
そんな簡単には動き出さないわけで
日本の皇室もこのままではいけないよね
ってわかっていても
手の届かない最たるものだから
どうにもならないよね
そして日本はこのままじゃいけないよね
って言ってもじゃあどうすれば?って感じだし
個人だけの考えや思いだけでは
どうにもならないことが多すぎる