日常と考察

日常と考察

人生を豊かにするのは思考の中だけで十分

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今日はお金の使い方についてもくもくと書いていく。

みなさまはどのようにお金を管理しているだろうか。

20代の時、私はあればあるだけ使っていた。それはそれでいいと思うし、貯金してる人もいると思うからそれもそれで良いと思うので特にこうしろというのはないのだ。


ただ、少し考えてみようというだけである。


なんにおいてもまずは単純に考えよう。
お金には入るものと出ていくものがある。そもそもお金がない状態で何か買うことができないように、まずは入る分を知ることが大事である。

お仕事してる人は給料だし、学生はバイト代+お小遣いのような形。

それがいくらなのか?そして貯金と合わせて、つまるところいくら持っているのか。


1/30現在、貯金が10万で手持ちが1万2千円だとする。


月末にお小遣いとバイト代が入る。
合計5万円。

つまり1/31には11万2千円+5万円だから16万2千円だ。


なにも使わなければ2/28には21万2千円。

なんと来年の1/31には76万2千円になる。長ハッピーではないか。


しかし、実際にはどうだろう。自分のようにあるだけ使う人間はおそらく11万2千円前後だと思うし、毎月きまった金額貯金してしてる人はそれよりも多いだろうが70万もないだろう。


そう、収入の他になんと悲しい支出があるからである。


今度は支出について考えよう。

以外とこちらを考える人は主婦などでないと難しいところだ。自分も家計簿などつけて支出を知ろうとした時期は度々あったがなかなか続かないのだ。


そんな支出についてだが、これも分類して考えるとわかりやすい。主に毎月の支出と月によって違う支出である。毎月出ていくお金を固定費で、月によって違う支出を変動費と言ったりする。


固定費には携帯電話料金や一人暮らしなら家賃などがあたる。

変動費には美容室や服を買うお金などがある。

大きい項目で固定費ではないものに交際費があるだろう。あとは交通費とか。
ただ1年通してだいたいどの程度かかるか知れば、それを各月の予算にできるだろう。


では先ほどの続きで考えよう。男子高校生の例。毎月かかるものに携帯代が1万円。ファミレスなどでだべることが多く、これも1万円。毎月かかる固定費としてはこんなもんだろう。

変動費として、服には金をかけるというオシャレさん。季節ごとに5万円程度の買い物をして1いる。四季あるので5万円×4(四季)で20万円。

これを1ヶ月あたりにするために20÷12(ヶ月)で1.6666なので1万7千円にしよう。

さらに美容室は2ヶ月に1回で1回あたり4000円である。1ヶ月に2000円になる。


支出の合計で3万9千円。収入が5万円なのであまりが1万1千円である。なんと寂しいことになったのだろう。1万円毎月貯金してたとしたら1千円しかのこらない。。


さてなんか寂しい気分になるが、そのなんとなくをつきつめる必要があるのだ。おそらく漠然とした不安からであろう。何かあったらどうしよう。欲しいものが出ても買えない可能性は高い。

そんな不安を払うように残った金を使う!それが人間です。不安なくせにどうにかなるだろうという甘い予測。それが自分の首を絞めてるとも知らず。。

さぁ男子高校生はどうすればいいでしょうか。


そう目標設定が必要ななのです。自分は将来どうなりたいのか?それを問う必要があります。


またなかなか浮かばなければ欲しいものを浮かべて下さい。これが欲しいという目標がない限りお金は貯まりません。一部お金が預金口座に貯まることが人生の楽しみと言う人間もいますが一部でしょう。


男子高校生は思いました。
自分のパソコンを持ってもっと自分に合った仕事が調べたい!そして勉強などもパソコンで管理したり、写真の編集などもやってみたいと。


パソコンの値段を調べます。
ここでも色々考えることはありますが、省略して。。金額など見ていると写真編集には少しスペックが高いものがいいらしい。5万円のものであれば写真編集はちょっと難しいけれど、ネットや勉強の管理などは出来そうだ。


目標は5万円。毎月1万円1千円貯まる計算だから5ヶ月後には何も考えなくても買える。ただできれば4月に新学期始まるし、準備も兼ねて3月に欲しい。現在の手持ちが11万2千円だ。これでもすぐ買えるけど、貯金は親に管理されてるから面倒だな。では自由に使えるお金が1万2千円。今日が1/30だから明日お小遣いとバイト代が入れば6万2千円になる。2/28には11万2千円だ。これからパソコンを3月に買ったとして5万円引くと6万2千円になる。2、3月の支出合わせると3万9千円×2で7万8千円だ。
6万2千円-7万8千円で-1万6千円になるこれではやはり貯金崩すしかないのか。。でもやっぱり貯金を崩すのは親に何言われるかもわからないし、親には言いたくないな。

どうすればいいでしょうか。
単純に考えましょう。収入を増やすか、支出を減らすか。それしかないのです。
この時の条件が親には言いたくないということなので、収入のお小遣いについても、前借りなどもしたくない。収入でいうと給料を増やすしかないのです。
あとは支出を抑えるか。男子高校生の場合、大きな割合を占めているのが洋服代です。これを減らせば買えそうです。もちろん服代は減らしたくないという条件をつければ、携帯代を抑えるとか、友達との交際費を抑えるとかもできるはずです。


しかし男子高校生はふはり服代を抑えることにしました。四季で5万円で今度の春に5万円分買おうと思ってましたが、1ヶ月分我慢すればかえるので我慢することにしました。つまり1万7千円余剰が出てパソコンが買えるのです。

しかも洋服代も5万円使おうと思ってたのが、1万7千円減らして3万3千円になるだけなので、すべて我慢するわけでもなく買えるのです。
計算通りパソコンも買えました。


このようにしてお金収入と支出を整理してみてはどうだろうか。
このあいだの目標設定の記事で書いた部長になることが目標のサラリーマンでいうと、それを達成するために本をたくさん買って勉強しなくてはならないし、ビジネススクールに通うのもひとつだろう。その時に何を切るか?以外ときちんと目標があると収入と支出を管理して効率よくお金を使えます。
ぎゃくにそれがないと、ダラダラある分をなんとなく使って、そんなに欲しいものでもなかったからすぐ捨てたり売ったり使わなくなったり。。


まずは目標設定してそのためにいくらお金が必要なのか?結婚するつもりなのか?子供が欲しいのか?など考えていく必要もあるでしょう。

まぁ考えなくてもどうにでもなるけど、何かの分野で成功したいならばこういった計画ができないと無理でしょう。


さよなら



今日は頭がよくなる方法について、考えようと思うよ。

なんせ自分が思ったことや疑問を解き明かすことが宿命なので。


そもそも頭がいいとはどんなことなのか?


定義とか辞書では〜と言うとかで最初に決めておくことが大事ではあるけど、その時点で思考停止している!

辞書がもはやすべて正しいと思うな!そしてみんなそうしてるからとか言って最初に定義するな!

なぜそうするかを考えるべきである。


ではなぜ言葉の意味を最初に定義するのか?という疑問を持とう。

これはその文章や本の中で言葉の意味をぶらさないためである。


例えば、理解するとわかるという似ている言葉がある。これを本の中や文章の中で区別なく使っているとこの作者はどうして同じような言葉を2つ使っているのだろう?という疑問がでてくる。どう使い分けているのだろう?とかなぜここで理解という言葉を使うのだろう?とか考えさせられる。読み手によっては言葉の意味がわからないから全然違う意味に捉えたりして、はてなんの話をしてるのか?状態に陥る。そうなっては本を読むどころの話ではない。


これを避けるためにも作者と読者は言葉を用いて同じ世界を共有する必要があるのだ。


そして今日のテーマとなる頭が良くなる方法といえど、これほど曖昧な言葉はない。


どういうふうに頭がよくなりたいのか。


クイズ王になりたいのか、昇格したいのか、会議で認められたいのかなど多岐にわたる。


なのでまずは頭がいいとはどういうことなのかを考えたい。


普段色々な人間と接していて頭がいいなぁと思う人は必ず周りにいると思う。そういう人を見て、なぜ頭がいいと感じるだろうか?


多くは発言や行動だろう。会議で出た様々な意見を集約したり、誰も考えなかった奇抜な意見を出したり、誰もしなかった行動をとってそれがのちのち、あぁあの行動で今こういう結果になってるのか。

などいろいろ抽出できるだろう。か発言や行動を通して感じるのだけど、結局は思考である。
発言するには思考が必要で、行動するにも思考が必要である。

そしてバラバラなものをまとめたり、誰も考えないようなことを考えたりする。そういった思考を頭がいいなぁと感じてるらしい。

上に挙げたものも2つにわけた。
①意見を集約すること
②奇抜なアイディア

①はでもまとめたがり屋みたいで少し違う気がしてきた。
おそらく②の方が頭がいいなぁと感じるし、そういう人の特徴のひとつとして①があるような感じがする。

すると頭がいいなぁと感じるのは奇抜なアイディアを考えつく人間となる。

うむ、私の中ではなかなかいい感じになってきた。つまり、頭がよくなる方法の中での頭がいいとは、奇抜なアイディアを考えつく人間で、そうなる方法を考えればいいのだ。

奇抜なアイディアとはなんだろうか。それは誰も考えなかったことを考えることだと言った。では色々な意見がでて、その中で奇抜と感じるアイディアを出すにはどうすればいいか。

自転車がいつも放置されてる場所で点字ブロックが塞がれている場所をどうにかしたいという課題があったとする。


この時あなたならどうするだろう?
撤去!撤去!しかも2度としないように制裁を!引き取りに1万かけよう!


これが多くでる意見ではないだろうか。なんとまぁしっくりくる!


それでなくなるかといえば無くならないだろう。あとはシルバー人材センターに頼んで監視だ!置こうとしたら注意して辱めよう!とか考えたりする。しかしやはり無くならないだろう。


ストレートに注意する、制裁を下すなどでは変わらないのだ。なぜそこに放置してしまうのか?置いてしまうのかを考えるべきである。もしかしたら駐輪場が近くにない、他の人も置いてるし。とかいうことであれば駐輪場を作るべきだし、他の人も置いてるというのであれば、やはり撤去してキレイな状態をつくることが必要かもしれない。駐輪場に置く金がないとすれば、無料駐輪場を作るべきかもしれない。

そんなわけで、なにも状況を把握してない状態で撤去!撤去とか言ってるようでは頭はよくならない。現に今までの経験上、撤去されたしとか、撤去してるの見たとかそういう経験だけとか、見たことある事だけで判断してるようでは、新しい奇抜なアイディアはでない。

知らなかったけど、駐輪場ができてた事もあるだろうし、それが無料のとこだってある。立体駐輪場で狭い空間に多くの自転車が収納できるシステムもできている。


そういうことを考えた人はきっと思考停止せずに状況を把握し、本当に他に案はないのかと考えたはず。


よく頭がいい人の特徴で判断が早いというのも挙げられるが、判断が早いのはもしかしたら過去の事例やみたこと聞いたことあることなどで、反射神経で返しているからかもしれない。
当然情報処理が早くて結果を出すのが早い頭がいい人かもしれないが。


そんなわけで、頭がいい人はいろんな条件や状況に鑑みてアイディアを出す。それは条件や状況を考えないで反射神経で発言する人間には思いつかないアイディアである可能性が高い。


つまり課題があったとして、その課題がなぜ起きているのか?という疑問を持てる人間が頭がいい人間だろう。

なぜ自転車が放置されるのか?駐輪場がないから。なぜ駐輪場がないのか?土地や金がない。なぜ土地や金がないのか?税金がない。なぜ税金がないのか?市に有名企業がないから。なぜ有名企業がないのか?魅力がないから。など繰り返していくなぜ??の中に答えはある。

だからと言ってなぜ自転車が放置されるのかという問いへの解決策に、魅力ある街づくり!とか言われたら周りの人間は混乱するだろう。そのプロセスがないから。

つまり奇抜とはただ周りの人間が思考停止している先のプロセスをいっているから奇抜に見えるだけで、当人からしてみればいたって普通のことだと思う。


撤去だ!と言う人間と同じようにしかしそれよりも長いプロセスを追って、発言するのだ。


頭がよくなる方法とか偉そうに言って長々と書いたわりに、結果は課題の状況や状態を把握して考えること。それだけ。もちろんこのあとも多々あって、本1冊書けるけども、ここで本1冊分書いても読んでくれないだろうからこの辺で。


本とかではよく、50のルールとか100の言葉とかで結果ばかりを書いている。その結果にいたるプロセスは1.2ページだろう。


だから本を読んでも変わらない人間が多いのだ。
ベストセラーのビジネス本がよくでてるのだからよほど日本には優秀な人間があふれていると思うがまったくそうではない。

結果ばかりに目を取られて、とりあえずその通りにやってみるけどうまくいかない。その繰り返しで本だけは増えるけど、そのわりに結果も出ない。色んな言葉を見たり読んだりしてるからそういう情報だけは積み重ねて、後半ができればそれを教える。どうせできるはずがないと思いながら。それもそのはず、本で結果を読んでプロセスはサラサラっと飛ばしてく。それをさらにプロセスを省いて結果だけ後輩に教えるんだから何もできるはずがない。


そしてそんな後輩がまた本を読むんだけど、これは上司が言ってたことだと思い出して、また結果だけ再確認して終わり。


そんなことで頭がよくなるわけがない。最初は時間がかかるかもしれないけど、次の会議までに状況など考えて発言すればいい。それはかならず周りの思考停止人間の先を行ってるはずだ。それが周りから見ればこいつは頭がいいと感じることなのだ。

今日は食事について。


あまり食に興味がないわたし。。いや、たまに美味しいお肉が食べたいとか、ラーメン食べたいとか思うし、それで食べに行ったりしますよ。

でも食べる時間とか作る時間とか出来るなら無くしたい。


なぜ食べなきゃならいのでしょうか?

これが今日の疑問。
食べなくて済むならたまに美味しいの食べたいなと思う時以外は食べないで済ましたい。


なんかたまには美術館に行くか!って感じのノリで。


なぜ食べなきゃならないのかって色んな人が言うには食べなきゃ大きくならないとか、死ぬとか、栄養失調になるとかいろいろ言われる。なるほど、それは嫌だって言うんで食べるわけですな。

いや、納得して食べないわけでなくて、結局食べないとお腹すくし、そうなると何も考えられなくなるし、そんなわけで結局食べることになるんですね。

そんなわけで、なぜ食べなきゃならないかっていうと、細胞がエネルギー作るのに栄養が必要だって言うんで食べなきゃならないし、食べないと身体を健康に保つために必要なエネルギーを得るためなんだろうけど、なんだかんだ結局お腹が空いてどうにもならなくなるからですね。


では第二の疑問。
食べないで済む方法はないか?

なんかたまにテレビとかで食事はもちろん、水も飲まないとか言う人がいるけど、あれはどうなってるんだろうか?あれをきちんと研究して証明してくれればきっと私も食べなくて済むのでは!?

人間の多くがそういう考えであればきっと研究も進むだろうけど、なんせこの考えは異端らしく、周りの人間に話してもポカーンとして、正気じゃない!みたいな顔で見られる。そう、誰も食事がなくなればいいなんて望んでないらしい。

その人たちの話を聞くに、生活の一部だとか、人生の楽しみだとか、ストレス解消だとか言う。最後には人生であと何百回しか食事はないから毎回の食事を楽しむときたものだ。

なるほど、捉われてるな。

おそらくそれは脳が操作してるのに違いない。身体が栄養を欲している。前述の通りないと死ぬし。そうならないために脳は色んな理由を生み出してなんとか食べさせようとしている。


その理由がさっきあげたものだ。なのでそれらの理由を聞いているとなんだか人と話しているというか、脳と話している感じがするのだ。脳が作り上げた理由を聞かされてるような。


なので、その理由が働かないようにしたらどうだろう?何かしらの方法で脳は食べたいとか食べたら幸せな気持ちになる物質がでなくなるとかで。


そしたら食べることについての意欲とか幸福感みたいのはなくなると思う。あとは細胞をどう働かせてあげるかだな。


先ほどテレビで食べ物も水も飲まない人間がいることについて記載したが、あれは本当どうなってるんだろうか?それさえわかれば、、


んーそもそも細胞がエネルギー作るのに栄養いらない説はどうだろうか?


もともとは細胞がエネルギーを作り出さないと人間は死んでしまうと。そして、それをいち早く察知して脳からたべろーという指令がでる。これはかなり深いもので、人間の欲求の中でも強いものだ。


その細胞がエネルギーを作るのに栄養がいらないとなるとどうなるだろう。他に細胞がエネルギーを作り出す機構があるのかもしれない。そうすると栄養がいらない。車がガソリンで走るのが当然だったのに電気で走ることができたように、栄養以外の手段で細胞がエネルギーを作り出すようなイメージ。

不明な点が多いので次の手段にうつろう。

繰り返しになってくどいようだが、そもそも細胞がエネルギーを作り出すのに栄養が必要なだけで、食事が必要だなんて言っていない。これに基づくと、食事以外の手段で栄養がとれればいい。

現に高齢者などで自分で食事がとれない人間に対して胃の中に直接栄養を流し込むような胃ろうや血液にそのまま溶かしてやろうっていう中心静脈栄養とかある。

あとはメリットデメリットを考えて選択すればいい。そもそも時間をとられたくないという根本的な希望があるのでその時点で胃ろうや中心静脈栄養なんかは余計時間もかかるし、感染などのリスクもある。さらになんかとりつけたりとか、検診うけなきゃとか考えると食事とってるほうがよさそうだ。


しかもいきなり病院行って食事とりたくないので胃ろうつけてくださいとか言って取り付けてくれる医師もいないだろう。

んーでも見えてきたような気がする。細胞に栄養を届けるのに、胃ろうや中心静脈栄養という手段で口にものを入れてから細胞に届けるまでの経路をショートカットするという考え。

胃ろうはただ口に入れて咀嚼して喉頭や食道をショートカットカットしているだけだ。最初からあんま意味ないな。

中心静脈栄養は血液に入れるから、さっきの続きでいうと、食道から胃にいって、十二指腸、小腸から血液に入る。ここまでショートカットだからけっこういい線だ。

もうここまできたら直接細胞に入れたらどうだろうか。全身で吸収すればいいから、光を浴びるとか、お風呂に入るとか、日常生活の中に溶け込ませる。

まぁ今のところ太陽浴びててもお風呂に入っててもお腹すくからダメだろうけど、栄養が満点に含まれた空気ができたとして、その空気が充満してる部屋にいればいいとか、栄養満点に含まれた水があればそれをお風呂にして入るとか。


うん、なかなかいいな。これをクラウドファンディングで募って研究しようか。いや、忘れてた。こんな考えを持つ人間はほぼいないということに。。


でも例え少数派だとしてもいるってことは世界中探してみたらけっこういるはずだ。世界中ってことは英語ができないとなかなか進まないな。勉強しよう。


本日の結論は英語を勉強しようってことですね。英語できる方でこの考えに賛同してくれるかたいましたら研究費用や私の英語の勉強代、旅費など援助していただける方募集してます。