根本山神社 奥宮
天台宗の良西法印が修験者として修行を納め、桐生川の流れを遡り、さらにその源流部の根本沢を遡った。根本沢の源流部を根本山神社の奥之院とし、開山祠を置き祀った。江戸も後期になると参拝者がふえ、鳥居や御神橋等を整備、籠堂を建立。さらに中腹に釣鐘堂、本社、本社上屋を建てた。飛駒口 大学院は根本山と十二山の鞍部に十二山根本山神社の拝殿・本殿等を建立した。双方の参拝者は、両方の神社を参拝していた様だ。明治になると神仏分離政策により双方とも仏をはなれ、宝寿山大正院は「根本山神社 桐生里宮」となり、奥之院は「奥宮」となった。
明治35年、通称足尾台風が当地を襲い、籠堂や鳥居等を流してしまったが、尾根筋にあった本社、上屋、鐘堂は残った。
根本山神社 奥宮本社
根本山の標高は約1200m、かつて籠堂のあった周辺は約900m、本社は約950mとなる。本社は尾根筋の高台にあったのと、上屋があったので台風による壊滅的な損害は免れた。
奥宮本社は天保二年(1831) 野州佐野天明講中から寄進されたと記録され、「木造 檜皮葺の八棟造 天地総透彫」と紹介されている。柱の間口が約0.7mであるので、大きさは桐生里宮とほぼ共通、大床が四方と三方の違いがあるくらいで比較的小型の社である。
「八棟造」とは棟が八つあるのではなく多いという意味である。この社は春日造が基本になっている春日造とは切妻屋根の建物妻側に軒を付け向拝にした形である。この妻側の軒に隅木をいれ入母屋風とし、その延長を向拝としたものを隅木入り春日造としている。この社は背側にも隅木を入れ入母屋形式とし、屋根に反りを付けているさらに反りを付けた屋根に千鳥破風を付け、四方から千鳥破風屋根が見える形とし、それぞれの軒を唐破風としている。珍しいこった造りであるが、さらにこの軒天井に浮彫の彫刻を入れてある。軒裏に彫刻を入れたのは群馬でもに月夜野神社と中之条の大國魂神社の二例あるだけで双方とも県の重文に指定されている。
兎毛通は正面が鳳凰で奥の軒唐下は犀と思われる。水引虹梁上の中備には子引き龍が彫られていたが今はない。子引き龍は常八主信が得意とするもので弟子たちも盛んに彫っている。
右(東側)胴羽目は男女が魚釣りをしている構図から「神功皇后の鮎占い」ではなかろうかと思える。日本書記によると、神功皇后が肥前松浦の小川で飯粒を餌にして釣りをし、そこで新羅征伐を占ったところあゆが釣れたそうである。でも、良く見ると和やかな感じもあるし、海辺の様な気もすることから、おめでたい作品かもしれない。
兎毛通、右は雷神、左は上屋の下り壁で見えない。背面は応龍(飛龍)であろう、尻尾が尾鰭の様になっている。龍の顔に特徴があるが劣化により髭の類が取れてしまったのかも知れない。
背面胴羽目は天岩戸、左に手力男命、中央が天細女命という配置で楽しそうに踊って、歌っているところでしょうか。主役の天照大御神は太鼓の後ろに居ます。
腰羽目は唐獅子牡丹の子供版である。桐生里宮も同じ題材で彫ってある。地覆部分の羽目板には亀を彫り、花輪系統の特徴の一つである地紋彫りも豊富に彫られている。こんな小さな社であるが、床板の中央部に斗組を入れ、大床を支えている。
左(西側)胴羽目は須佐之男命八岐大蛇である。左は残された脇障子を入れた。何か関係があるのかもしれない。他の物と比べると画面が画面だけに迫力があり、別人でもおかしくない出来栄えである。羽目板を飾る彫刻は直接宮大工とは関係ないところから同門の兄弟弟子に頼んでもおかしくない場所である。
左から右軒唐下、背軒唐下、左軒唐下になる。背は雲であろう、瑞雲を意識したのかもしれない。左右は鯉の出世の仮の姿で龍になる前ともいわれる姿であろう。背面の兎毛通の応龍になる前の姿ではないかと思われる。池の鯉に羽と角が生え応龍となって雲に昇る、そんなものを彫ったのかもしれません。
本社は岩山の上に乗り上屋に覆われている。上屋にはコの字型に回廊が廻され拝観が出来るようになっていたが、劣化が激しく危険なので立ち入り禁止となっている。今回は特に現宮司の了解のもと、桐生文化史談会の会員で登山経験の豊富な方4名の協力を得たうえ、本社の撮影ではザイルで安全を確保して行いました。
もう少し詳しい説明は史談会発行の「桐生史苑 65号」に掲載する予定ですので興味ある方はそちらをお願いします。(発行後「根本山神社」の抜出し冊子を作る予定もあります。)
神社名 根本山神社 奥宮 本社・上屋(ねもとさんじんじゃ おくみや・うわや)
所在地 栃木県佐野市
御神体 根本山
主祭神 大山祇命(おおやまつみのかみ) 大山咋命(おおやまくいのかみ)
(群馬県桐生市と栃木県佐野市の境界は桐生川、上流部では根本沢の右岸と左岸で分かれます。奥宮は左岸にあるので佐野市、里宮は右岸にあるので桐生市となります。かつては境界なんか関係なく協力しあっていた様なので、これからも行政区分を越えて、大切に取り組んでもらいたいものである。)
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寺社彫刻の盗難について
(彫工の作品は建物の一部であるため取り外しは出来ず、出来ても、一点ものです。したがって商品として取引されるものではなく、正当な持ち主以外が持っていたらそれは、「ほぼ盗品」です。例え落ちていたもの拾っても、窃盗に問われる場合もあるし、知らないで買ったり貰ったりしても、罪に問われる場合があります。
最近はほとんど無くなりましたが、万が一、盗難に遭ったしまったら、必ず警察に通報してください。写真等が必要な場合は全面的に協力いたします。盗難が犯罪であることは間違いありませんが、盗難品を買ったり、貰ったりする場合も犯罪です。新聞、週刊誌等に載せて貰うのも効果あると思います。この時、懸賞金の類は絶対に出してはいけません。また、警察を名のる人間は信用できません、返品される場合でもお金の類は出してはいけません。どんな場合でも必ず警察を通してください。むしろ犯人が返品しない場合は罪が重くなるとしてください。処分が出来なくなり、犯人は捕まり返品するほかなくなる状態に成ります。)
















